写真
以前、鉄道系旅行会社とのタイアップ企画で〝愛知県を観光するIDOLiSH7〟という設定で専用のパンフレットやCM撮影の仕事をしたことがある。そのパッケージツアーが好評だったからか、今度は京都府へという仕事が舞い込んできた。もちろん、紡から話を聞いたメンバーは今回も皆一様に「旅行だ!」と「京都!」と大はしゃぎ。またしても、遊びじゃないんですからという一織の言葉は空気中に溶けて消えるだけだった。そして、はしゃぎ回るメンバーに溜息をつく一織が心の中では浮かれているのも、前回と同じだ。
(東京から京都……となると二時間半弱といったところか)
季節は春。花粉の多い時期だから、陸の体調にはいつも以上に気を配らなければ。そう思って紡に視線を送ると、彼女もわかっていたようで、こくりと頷いた。どうやら、スケジュールについては陸の体調を最優先に考えたものにしてあるようだ。
前回同様、新幹線で京都に向かう道中からカメラが回されている。愛知県に向かうよりも少しだけ長い旅だからか、皆が持ち寄った菓子の数は多かった。特に、環のバッグの中身は着替えよりも菓子がその面積のほとんどを占めているありさまだ。これがオフなら諫めるべきところだが、カメラの前では多少セーブしなければならない。マイクに拾われない程度の声で「間食はほどほどに」とひとこと進言するだけに留めた。
一織は自分から場を盛り上げるということが苦手だ。盛り上がっている場の端で、空気が乱れないよう見守っているほうが性に合っている。車両ひとつをまるまる貸切にしておこなわれている撮影の盛り上げ役は三月と環、ナギ、そして陸が中心となる。話に置いていかれないよう注意を払いつつ、車窓の外に流れていく景色をぼんやりと眺めていた。
「いーおりっ」
「……なんですか、これ」
肩をつつかれて振り向いたと同時、頬に指先が押し当てられる。今時そんなの、はやらない。随分と使い古されたいたずらだ。
新富士駅を通過したところで休憩となった。次は、岐阜羽島駅を通過したら撮影が再開される。この間はカメラも回らないし、撮影スタッフも車両内の一番離れた席で待機している。朝早くに出発してから、ようやくひと息つけるタイミングになったというわけだ。
「撮影中はちゃんとしてたけど、隙あらばぼーっとしてるんだもん。どうした? 元気ないとか?」
一織がおとなしいなんて熱でもあるのかななんて言いながら、躊躇いもなく一織の額に伸ばされる手。それまでなんてことなかったのに、陸の手が触れた途端、一織の全身は火がついたようにかっと熱くなった。
「やめてください、なんでもありませんから」
顔を背けて手を振り払ってから「しまった」と気付く。今の返しはよくなかった。
案の定、陸はむっと唇を尖らせ、一織を睨み付ける。
「なんだよ、その態度。人がせっかく心配してやってるのに」
「すみません」
「……一織が素直に謝るとなんか変」
訝しみながらも、一織の隣の席に腰掛ける。車両ごと借りているため、カメラが回っていない間は各々が自由に座っていた。二人の間を遮断する肘置きは陸の手によって、座席の間、背もたれ側に沿うように、早々に収納されてしまった。二人の間を邪魔するものはなくなったといわんばかりに、陸がぐいぐいと身体を近付けてくる。
「失礼な人だな……いえ、今のは私が悪かったと思ったので。というか近い、近いです」
小声で諫めつつ、素早く周囲を確認する。少し前に二人の関係はメンバーの知るところとなったが、マネージャーや、事務所で雑務に追われているであろう万理、日頃は穏やかな微笑みをたたえていることの多い音晴は知らない。車両内の離れたところで歓談しているスタッフに勘付かれるようなことがあってはいけないのに。
「大丈夫、なんとでもいいわけできるから」
一織の顔に抜け落ちた睫毛が付いていて、それを取ってやったとか。そう言って笑う陸をやんわりと引き剥がし、ゆるゆると溜息をつく。
「まったく……。本当に、たいしたことはないんです。明日の撮影について考えていただけで」
「明日?」
京都に着いたあとは七人でCM撮影用の観光地巡りをしたあと、早々にホテルに行って休むことになっている。前回、二日目以降の撮影では七人がばらばらになって愛知県内の観光地を紹介したのだが、今回は一織と陸・環と壮五・大和と三月とナギの三グループに分かれ、以前にも増して〝オフの日の旅行〟らしい撮影をすることになっているのだ。
「この、互いに写真を撮り合ったり、普段のオフの日に話している会話で盛り上がってみたりという点ですよ」
あぁ、と合点がいく。陸にとってはなんてことないのだが、一織はなにを思い悩んでいるのだろう。
「そんなの、いつものオレたち通りにすればいいじゃん?」
「ですから、それが問題なんです」
「なんで?」
一織とはいつも一緒にいるし、話題にはこと欠かない。写真だって、一織が陸を撮ることは滅多にないけれど、陸は毎日のように一織の写真を撮っている。主に、寝起きや帰宅してすぐの、気の抜けたところを。
「その……仕事とはいえ、七瀬さんと二人で出かけている最中に、互いに写真を撮るなんて」
「……もしかして、照れてる?」
「照れてません!」
そう言いながらも、耳まで真っ赤だ。かわいい。そう思い、すかさずスマートフォンでかしゃりと撮影する。
「ちょっと!」
「へへ、照れてる一織の写真増えた」
今のスマートフォンは便利だ。指先のスワイプ操作一つで簡単にカメラアプリが起動してくれる。万理が「昔の携帯は待受画面に戻ってカメラボタンを押してから、実際にカメラが起動するまで一瞬の間があったんだよ。咄嗟の撮影なんて無理無理」なんて言っていた。それを聞いていた音晴は「僕が初めて携帯を持った時はそもそもカメラ機能なんてなかったけどね。写メができるようになったときは画期的だと思ったよ」と笑っていたものだ。そこに万理が「社長、今は写メって言わないんですよ」なんてうっかり言うものだから、事務所内の体感室温がぐっと下がってしまった。
「やめ……消してください、今すぐに!」
「だめ。オレのスマホのカメラフォルダ、一織集めしてるから」
「格好いい六弥さん集めじゃなかったんですか」
以前、寝起きのナギを撮影し、三月と一緒になってはしゃいでいたことがある。
「それはそれ、これはこれ。……それに、一織の写真はほしいじゃん」
「な」
うっすらと頬を染める陸に、今度こそ発熱しているのではないかと思うくらい顔が熱くなる。なんてかわいい顔をしてくれるんだ。そう思うが早いか、一織はポケットからスマートフォンを取り出し、カメラフォルダにたくさん残しているという一織の写真を眺めてふにゃりと笑う陸を。
(東京から京都……となると二時間半弱といったところか)
季節は春。花粉の多い時期だから、陸の体調にはいつも以上に気を配らなければ。そう思って紡に視線を送ると、彼女もわかっていたようで、こくりと頷いた。どうやら、スケジュールについては陸の体調を最優先に考えたものにしてあるようだ。
前回同様、新幹線で京都に向かう道中からカメラが回されている。愛知県に向かうよりも少しだけ長い旅だからか、皆が持ち寄った菓子の数は多かった。特に、環のバッグの中身は着替えよりも菓子がその面積のほとんどを占めているありさまだ。これがオフなら諫めるべきところだが、カメラの前では多少セーブしなければならない。マイクに拾われない程度の声で「間食はほどほどに」とひとこと進言するだけに留めた。
一織は自分から場を盛り上げるということが苦手だ。盛り上がっている場の端で、空気が乱れないよう見守っているほうが性に合っている。車両ひとつをまるまる貸切にしておこなわれている撮影の盛り上げ役は三月と環、ナギ、そして陸が中心となる。話に置いていかれないよう注意を払いつつ、車窓の外に流れていく景色をぼんやりと眺めていた。
「いーおりっ」
「……なんですか、これ」
肩をつつかれて振り向いたと同時、頬に指先が押し当てられる。今時そんなの、はやらない。随分と使い古されたいたずらだ。
新富士駅を通過したところで休憩となった。次は、岐阜羽島駅を通過したら撮影が再開される。この間はカメラも回らないし、撮影スタッフも車両内の一番離れた席で待機している。朝早くに出発してから、ようやくひと息つけるタイミングになったというわけだ。
「撮影中はちゃんとしてたけど、隙あらばぼーっとしてるんだもん。どうした? 元気ないとか?」
一織がおとなしいなんて熱でもあるのかななんて言いながら、躊躇いもなく一織の額に伸ばされる手。それまでなんてことなかったのに、陸の手が触れた途端、一織の全身は火がついたようにかっと熱くなった。
「やめてください、なんでもありませんから」
顔を背けて手を振り払ってから「しまった」と気付く。今の返しはよくなかった。
案の定、陸はむっと唇を尖らせ、一織を睨み付ける。
「なんだよ、その態度。人がせっかく心配してやってるのに」
「すみません」
「……一織が素直に謝るとなんか変」
訝しみながらも、一織の隣の席に腰掛ける。車両ごと借りているため、カメラが回っていない間は各々が自由に座っていた。二人の間を遮断する肘置きは陸の手によって、座席の間、背もたれ側に沿うように、早々に収納されてしまった。二人の間を邪魔するものはなくなったといわんばかりに、陸がぐいぐいと身体を近付けてくる。
「失礼な人だな……いえ、今のは私が悪かったと思ったので。というか近い、近いです」
小声で諫めつつ、素早く周囲を確認する。少し前に二人の関係はメンバーの知るところとなったが、マネージャーや、事務所で雑務に追われているであろう万理、日頃は穏やかな微笑みをたたえていることの多い音晴は知らない。車両内の離れたところで歓談しているスタッフに勘付かれるようなことがあってはいけないのに。
「大丈夫、なんとでもいいわけできるから」
一織の顔に抜け落ちた睫毛が付いていて、それを取ってやったとか。そう言って笑う陸をやんわりと引き剥がし、ゆるゆると溜息をつく。
「まったく……。本当に、たいしたことはないんです。明日の撮影について考えていただけで」
「明日?」
京都に着いたあとは七人でCM撮影用の観光地巡りをしたあと、早々にホテルに行って休むことになっている。前回、二日目以降の撮影では七人がばらばらになって愛知県内の観光地を紹介したのだが、今回は一織と陸・環と壮五・大和と三月とナギの三グループに分かれ、以前にも増して〝オフの日の旅行〟らしい撮影をすることになっているのだ。
「この、互いに写真を撮り合ったり、普段のオフの日に話している会話で盛り上がってみたりという点ですよ」
あぁ、と合点がいく。陸にとってはなんてことないのだが、一織はなにを思い悩んでいるのだろう。
「そんなの、いつものオレたち通りにすればいいじゃん?」
「ですから、それが問題なんです」
「なんで?」
一織とはいつも一緒にいるし、話題にはこと欠かない。写真だって、一織が陸を撮ることは滅多にないけれど、陸は毎日のように一織の写真を撮っている。主に、寝起きや帰宅してすぐの、気の抜けたところを。
「その……仕事とはいえ、七瀬さんと二人で出かけている最中に、互いに写真を撮るなんて」
「……もしかして、照れてる?」
「照れてません!」
そう言いながらも、耳まで真っ赤だ。かわいい。そう思い、すかさずスマートフォンでかしゃりと撮影する。
「ちょっと!」
「へへ、照れてる一織の写真増えた」
今のスマートフォンは便利だ。指先のスワイプ操作一つで簡単にカメラアプリが起動してくれる。万理が「昔の携帯は待受画面に戻ってカメラボタンを押してから、実際にカメラが起動するまで一瞬の間があったんだよ。咄嗟の撮影なんて無理無理」なんて言っていた。それを聞いていた音晴は「僕が初めて携帯を持った時はそもそもカメラ機能なんてなかったけどね。写メができるようになったときは画期的だと思ったよ」と笑っていたものだ。そこに万理が「社長、今は写メって言わないんですよ」なんてうっかり言うものだから、事務所内の体感室温がぐっと下がってしまった。
「やめ……消してください、今すぐに!」
「だめ。オレのスマホのカメラフォルダ、一織集めしてるから」
「格好いい六弥さん集めじゃなかったんですか」
以前、寝起きのナギを撮影し、三月と一緒になってはしゃいでいたことがある。
「それはそれ、これはこれ。……それに、一織の写真はほしいじゃん」
「な」
うっすらと頬を染める陸に、今度こそ発熱しているのではないかと思うくらい顔が熱くなる。なんてかわいい顔をしてくれるんだ。そう思うが早いか、一織はポケットからスマートフォンを取り出し、カメラフォルダにたくさん残しているという一織の写真を眺めてふにゃりと笑う陸を。