片想い
今日は、陸が単独で表紙を飾る雑誌の撮影だった。予定より三十分ほど早い帰宅に、撮影が順調に終わったのだろうと推察する。
「おかえりなさい。……予定より早いですね。これは、出来栄えにも期待できそうだと思っていいんでしょうか」
「ただいま! 再来月の発売だから一織も読んで! すっごくばっちりって褒められたから!」
「……いつも読んでいるでしょう」
陸が掲載された雑誌はきちんと確認している。他のメンバーのものも確認しているが、陸のものは何度も繰り返し読んでいる。それは、彼をスーパースターにするため現状把握につとめるという目的と、それから……。
「知ってる。たまにしか褒めてくれないけど」
「実際にこの目で見た七瀬さんのうっかりエピソードを雑誌で読んで、どこを褒めろというんですか」
先月発売された雑誌だって『最近一番楽しかったことは』と尋ねられたのに対し、寮でのうっかりエピソードを答えていた。ファンとしてはアイドルのプライベートを知ることができたと満足するかもしれないが、巻き込まれて被害に遭った身としては素直に喜べない。
「撮ってもらってる時の表情がいいとか言ってくれてもいいじゃんか」
マスクをしていても、頬を膨らませているのがわかる。
「……善処します」
どの媒体の表情も、被写体が陸というだけで、一織の心を惹きつける。視界に陸の表情が飛び込んできた瞬間に見惚れ、時間があっという間に経過してしまう。ありとあらゆる賞賛の言葉が頭の中に浮かんでくるのに、本人を前にすると、それらの言葉は跡形もなく姿を消してしまう。その結果、いつもいつもこんな言葉で返すしかなくて、陸の頬を膨らませる結果になっているのだ。ちなみに、唯一頭に残っている〝かわいい〟は意地でも口にしたくない。これは一織のプライドが邪魔をしている。
ぷんぷんと膨れている陸をよそに、一織はゆるゆると溜息をつく。自分はどうして素直に相手を褒めることができないのだろうか。本当に、自分の性格が邪魔しているだけ?
(……多分、違う)
自分の性格が素直でないことは痛いほどわかっている。兄にもそれとなく指摘されていることだし、他のメンバーが誰かと話している時の様子を見て〝自分ならそこはこう答えるのに〟と浮かぶ言葉はたいてい素直じゃない。
陸に対しては、自身の素直でない性格に照れが加わっているのだ。
〝七瀬陸は聖人君子ではない〟と思っている一織だが、自分自身も聖人君子ではないと思っている。カメラの前で、ステージの上できらきらと輝く陸を見て、彼のことを誇らしく思うと同時、この輝きはどうして自分だけのものにできないのだろうと歯噛みしてしまうのだ。カメラの向こうでも客席でもなく、その笑顔はこちらにけ向けていてほしい。そんな感情に苛まれている自分を自覚するたび、罪悪感が襲ってくる。心に翳りを抱えたアイドルだが、カメラの前やステージの上ではその気配を誰にも悟られることなく振る舞わなければならない。同業者はファンに対してだけではなく、アイドルである自分自身にも、自分の翳りを悟らせるわけにはいかないのだ。
――少し、自分の思考の渦に呑まれていたのだろう。気付けば、陸がこちらを心配そうに見ていた。
「どうした? 最近忙しかったし疲れてる?」
「大丈、……いえ、言われてみればそうかもしれません」
言いかけて訂正したのは、大丈夫と言ったところで疑いの目で詰め寄られることが容易に想像できたからだ。
「だよな。オレたちは仕事だけだけど、一織と環は仕事に加えて学校もあるし。早く寝ろよ」
「お気遣い感謝します。……では、お先に失礼しますね。おやすみなさい」
「おやすみ!」
共有のリビングをあとにし、振り返ることなく自室へと向かう。
(……ばればれなんだけどな)
一織はあれで隠しているつもりなのだろうか。
一織が陸のことを特別に気にかけているように、陸もまた、気にかけてくれている一織のことを他の人以上に気にしている。鈍いだのなんだの言われるけれど、自分の歌を一番好きだと言ってくれている彼のことは、彼の兄の次くらいに鋭いつもりだ。
陸が笑いかけるたび、近くに座って距離が近くなるたび、わずかに染まる一織の頬。いくら人付き合いに不慣れとはいえ、他の相手にはそうならないのに陸にだけそうなのだからわかってしまう。きっと、自分だけではなくメンバーも気付いていることだろう。気付いていないのは当の本人だけだ。
どうしようかな。ここは思いきって、自分から追究してみたい気もするけれど、両想いだとわかる前のこのぐずぐずした気持ちに少しばかりの快感を抱いてしまってよくない。
こんなこと、一織が知ったらどう思うだろうか。わるい人、なんて責めるだろうか。
「おかえりなさい。……予定より早いですね。これは、出来栄えにも期待できそうだと思っていいんでしょうか」
「ただいま! 再来月の発売だから一織も読んで! すっごくばっちりって褒められたから!」
「……いつも読んでいるでしょう」
陸が掲載された雑誌はきちんと確認している。他のメンバーのものも確認しているが、陸のものは何度も繰り返し読んでいる。それは、彼をスーパースターにするため現状把握につとめるという目的と、それから……。
「知ってる。たまにしか褒めてくれないけど」
「実際にこの目で見た七瀬さんのうっかりエピソードを雑誌で読んで、どこを褒めろというんですか」
先月発売された雑誌だって『最近一番楽しかったことは』と尋ねられたのに対し、寮でのうっかりエピソードを答えていた。ファンとしてはアイドルのプライベートを知ることができたと満足するかもしれないが、巻き込まれて被害に遭った身としては素直に喜べない。
「撮ってもらってる時の表情がいいとか言ってくれてもいいじゃんか」
マスクをしていても、頬を膨らませているのがわかる。
「……善処します」
どの媒体の表情も、被写体が陸というだけで、一織の心を惹きつける。視界に陸の表情が飛び込んできた瞬間に見惚れ、時間があっという間に経過してしまう。ありとあらゆる賞賛の言葉が頭の中に浮かんでくるのに、本人を前にすると、それらの言葉は跡形もなく姿を消してしまう。その結果、いつもいつもこんな言葉で返すしかなくて、陸の頬を膨らませる結果になっているのだ。ちなみに、唯一頭に残っている〝かわいい〟は意地でも口にしたくない。これは一織のプライドが邪魔をしている。
ぷんぷんと膨れている陸をよそに、一織はゆるゆると溜息をつく。自分はどうして素直に相手を褒めることができないのだろうか。本当に、自分の性格が邪魔しているだけ?
(……多分、違う)
自分の性格が素直でないことは痛いほどわかっている。兄にもそれとなく指摘されていることだし、他のメンバーが誰かと話している時の様子を見て〝自分ならそこはこう答えるのに〟と浮かぶ言葉はたいてい素直じゃない。
陸に対しては、自身の素直でない性格に照れが加わっているのだ。
〝七瀬陸は聖人君子ではない〟と思っている一織だが、自分自身も聖人君子ではないと思っている。カメラの前で、ステージの上できらきらと輝く陸を見て、彼のことを誇らしく思うと同時、この輝きはどうして自分だけのものにできないのだろうと歯噛みしてしまうのだ。カメラの向こうでも客席でもなく、その笑顔はこちらにけ向けていてほしい。そんな感情に苛まれている自分を自覚するたび、罪悪感が襲ってくる。心に翳りを抱えたアイドルだが、カメラの前やステージの上ではその気配を誰にも悟られることなく振る舞わなければならない。同業者はファンに対してだけではなく、アイドルである自分自身にも、自分の翳りを悟らせるわけにはいかないのだ。
――少し、自分の思考の渦に呑まれていたのだろう。気付けば、陸がこちらを心配そうに見ていた。
「どうした? 最近忙しかったし疲れてる?」
「大丈、……いえ、言われてみればそうかもしれません」
言いかけて訂正したのは、大丈夫と言ったところで疑いの目で詰め寄られることが容易に想像できたからだ。
「だよな。オレたちは仕事だけだけど、一織と環は仕事に加えて学校もあるし。早く寝ろよ」
「お気遣い感謝します。……では、お先に失礼しますね。おやすみなさい」
「おやすみ!」
共有のリビングをあとにし、振り返ることなく自室へと向かう。
(……ばればれなんだけどな)
一織はあれで隠しているつもりなのだろうか。
一織が陸のことを特別に気にかけているように、陸もまた、気にかけてくれている一織のことを他の人以上に気にしている。鈍いだのなんだの言われるけれど、自分の歌を一番好きだと言ってくれている彼のことは、彼の兄の次くらいに鋭いつもりだ。
陸が笑いかけるたび、近くに座って距離が近くなるたび、わずかに染まる一織の頬。いくら人付き合いに不慣れとはいえ、他の相手にはそうならないのに陸にだけそうなのだからわかってしまう。きっと、自分だけではなくメンバーも気付いていることだろう。気付いていないのは当の本人だけだ。
どうしようかな。ここは思いきって、自分から追究してみたい気もするけれど、両想いだとわかる前のこのぐずぐずした気持ちに少しばかりの快感を抱いてしまってよくない。
こんなこと、一織が知ったらどう思うだろうか。わるい人、なんて責めるだろうか。