お風呂
ぴちゃん、と蛇口から水滴の垂れる音が湯に落ちた。
「なんかこれ、恥ずかしいな……」
「……言い出したのは七瀬さんでしょう」
思ったよりも声が響いてしまい、一織は慌てて口を噤む。
二人は現在、バスタブの中。一織が陸を背後から抱き締めるような体勢で、仲睦まじくバスタイムを過ごしている。
(背中、あつい……)
背後に感じる一織の体温にどきどきしてしまって、自分の体温まで上がっていくような気がする。バスルームで長く過ごすとのぼせてしまうというのに、これではあっという間にのぼせてしまうかもしれないなと思った。
今日はIDOLiSH7のライブで、東京から離れたところを訪れている。ツインルーム二室にトリプルルームが一室、それらを七人で分けて、一織と陸は今夜、同室だ。この同室は図ったことではなく、あみだくじで決めたもの。メンバーにも秘密で交際していることもあって、同室だとわかった時の陸は、心の中で大はしゃぎしてしまった。あとからラビットチャットで一織へ浮かれたメッセージを送ってしまったのも仕方ないことだ。
「だって、二人でゆっくりできるの、久しぶりだったし」
寮でも、他のメンバーが入浴を済ませていれば二人で過ごす時もあるけれど、タオルの補充などでいつ誰が脱衣所に足を踏み入れてもおかしくない。そのため、入浴中の会話も当たり障りのないものばかりになってしまう。仕事で宿泊したツインルームのバスルームであれば、途中で誰かがドアの前に来る心配はないから、こうして、恋人らしい時間を過ごせるというわけだ。
「ありがたいことですよ、仕事がもらえるのは」
「そりゃあ、そうだけど」
背後から自分を抱き締めている一織の腕を、指先でなぞる。そっと鼻で息を吸えば、一織がわざわざ携帯用サイズで持ってきた、いつも使っているシャンプーの香りがした。
「……アンコールの時、見た? 一織投げちゅーしてってうちわ」
せっかく二人きりだというのに、寮の風呂場でする会話と大差ない話題しか思い浮かばないのが悔しい。
「もちろん。きちんと応えたでしょう?」
「うん、格好よかった。……ちょっと、妬いちゃうくらいに」
ファンに嫉妬してどうするんだと自分でも思うけれど、ステージの上での一織は本当に格好よくて、自分が恋人という点を抜きにしても、単純に、惚れてしまうのだ。過去に、一織はステージの上で、自分がこの会場の中で一番陸の歌声が好きだと言ってのけたことがあったけれど、陸だって、どのステージでも、自分が一織の一番のファンだと自負している。
「嫉妬してどうするんです」
「だって……」
投げキッスのファンサービスをした瞬間の一織の表情はとんでもなく格好よかったなぁと、何度も思い出してしまう。あぁ、自分にもあれと同じ表情をしてほしい。
思い出していたらなんだか悔しくなって、自分の腹の前にある一織の腕を取って、指先にくちづけていく。手の甲、手のひら、指の付け根。くちびるが触れていないところがないのではないかというくらい、あますことなく、唇を押し当てていった。
「ちょっと、七瀬さん」
舌先で指をゆっくりと舐め上げて、そのまま、ぱくりと咥える。一織が手を振り解こうともがくより先に、しっかりと手を掴むことも忘れない。
「んん?」
小さな子が指しゃぶりをするようにちゅうちゅうと吸って、背後にいる一織が慌てる様子を楽しむ。そりゃあ、二人きりで密室、それも裸で風呂場にいるのだから、そういう気持ちにならないはずがない。
「怒りますよ」
「んん……だめ?」
ちゃぷん。水面を揺らして後ろを振り返る。一織が耳まで真っ赤になっているのはのぼせたからか、それとも、陸の行為によるものか。
「だめに決まってます」
「なんで?」
せっかく二人きりなのに。そう呟いた陸の瞳が潤んでいるような気がして、一織は「んん」と唸ってしまった。湿気があるから潤んでいるということにしておきたい。一織を求めて情欲で潤ませているなんて思ってしまっては、煽られるだけだ。
「なんで、って……いくら密室でも、バスルームの声は思いのほか響くからです」
「……それだけ?」
「…………それだけ、です」
しばらく睨み合い。絶対の絶対に、このあとのことを意識してしまったからに違いないのに、どうして素直に認めないんだろう。陸の唇が「むむ……」と尖っていく。対して一織はというと、どうにかしてこの場を切り抜けられないものかと、さまざまな作戦を練っては「これは七瀬さんには効かなさそうだ」と切り捨てているありさまだ。
「なぁ、このままだと、オレ、のぼせちゃいそう」
「えっ」
本当はまだ余裕があるけれど、このまま睨み合いを続けていては、本当にのぼせてしまいかねないから、嘘をついているわけではない。一織が白旗を挙げることを期待して、わざと声に出して言ったのだ。
「一織がいつまでもぐずぐずするからのぼせそう。お風呂上がって、一織が身体拭いてパジャマも着せてくれて、髪も乾かしてくれたら、多分のぼせない」
その言葉で、陸の意図するところがわかったのだろう。
(あぁ、また、七瀬さんに敵わなかった……)
いつになったら年上の恋人に勝てるのだろう。早く大人にならなければ。心の中で簡単な反省会を済ませ、一織は「仕方ないですね」と自分のほうを振り向いた陸の唇にリップ音を立ててくちづけた。
「なんかこれ、恥ずかしいな……」
「……言い出したのは七瀬さんでしょう」
思ったよりも声が響いてしまい、一織は慌てて口を噤む。
二人は現在、バスタブの中。一織が陸を背後から抱き締めるような体勢で、仲睦まじくバスタイムを過ごしている。
(背中、あつい……)
背後に感じる一織の体温にどきどきしてしまって、自分の体温まで上がっていくような気がする。バスルームで長く過ごすとのぼせてしまうというのに、これではあっという間にのぼせてしまうかもしれないなと思った。
今日はIDOLiSH7のライブで、東京から離れたところを訪れている。ツインルーム二室にトリプルルームが一室、それらを七人で分けて、一織と陸は今夜、同室だ。この同室は図ったことではなく、あみだくじで決めたもの。メンバーにも秘密で交際していることもあって、同室だとわかった時の陸は、心の中で大はしゃぎしてしまった。あとからラビットチャットで一織へ浮かれたメッセージを送ってしまったのも仕方ないことだ。
「だって、二人でゆっくりできるの、久しぶりだったし」
寮でも、他のメンバーが入浴を済ませていれば二人で過ごす時もあるけれど、タオルの補充などでいつ誰が脱衣所に足を踏み入れてもおかしくない。そのため、入浴中の会話も当たり障りのないものばかりになってしまう。仕事で宿泊したツインルームのバスルームであれば、途中で誰かがドアの前に来る心配はないから、こうして、恋人らしい時間を過ごせるというわけだ。
「ありがたいことですよ、仕事がもらえるのは」
「そりゃあ、そうだけど」
背後から自分を抱き締めている一織の腕を、指先でなぞる。そっと鼻で息を吸えば、一織がわざわざ携帯用サイズで持ってきた、いつも使っているシャンプーの香りがした。
「……アンコールの時、見た? 一織投げちゅーしてってうちわ」
せっかく二人きりだというのに、寮の風呂場でする会話と大差ない話題しか思い浮かばないのが悔しい。
「もちろん。きちんと応えたでしょう?」
「うん、格好よかった。……ちょっと、妬いちゃうくらいに」
ファンに嫉妬してどうするんだと自分でも思うけれど、ステージの上での一織は本当に格好よくて、自分が恋人という点を抜きにしても、単純に、惚れてしまうのだ。過去に、一織はステージの上で、自分がこの会場の中で一番陸の歌声が好きだと言ってのけたことがあったけれど、陸だって、どのステージでも、自分が一織の一番のファンだと自負している。
「嫉妬してどうするんです」
「だって……」
投げキッスのファンサービスをした瞬間の一織の表情はとんでもなく格好よかったなぁと、何度も思い出してしまう。あぁ、自分にもあれと同じ表情をしてほしい。
思い出していたらなんだか悔しくなって、自分の腹の前にある一織の腕を取って、指先にくちづけていく。手の甲、手のひら、指の付け根。くちびるが触れていないところがないのではないかというくらい、あますことなく、唇を押し当てていった。
「ちょっと、七瀬さん」
舌先で指をゆっくりと舐め上げて、そのまま、ぱくりと咥える。一織が手を振り解こうともがくより先に、しっかりと手を掴むことも忘れない。
「んん?」
小さな子が指しゃぶりをするようにちゅうちゅうと吸って、背後にいる一織が慌てる様子を楽しむ。そりゃあ、二人きりで密室、それも裸で風呂場にいるのだから、そういう気持ちにならないはずがない。
「怒りますよ」
「んん……だめ?」
ちゃぷん。水面を揺らして後ろを振り返る。一織が耳まで真っ赤になっているのはのぼせたからか、それとも、陸の行為によるものか。
「だめに決まってます」
「なんで?」
せっかく二人きりなのに。そう呟いた陸の瞳が潤んでいるような気がして、一織は「んん」と唸ってしまった。湿気があるから潤んでいるということにしておきたい。一織を求めて情欲で潤ませているなんて思ってしまっては、煽られるだけだ。
「なんで、って……いくら密室でも、バスルームの声は思いのほか響くからです」
「……それだけ?」
「…………それだけ、です」
しばらく睨み合い。絶対の絶対に、このあとのことを意識してしまったからに違いないのに、どうして素直に認めないんだろう。陸の唇が「むむ……」と尖っていく。対して一織はというと、どうにかしてこの場を切り抜けられないものかと、さまざまな作戦を練っては「これは七瀬さんには効かなさそうだ」と切り捨てているありさまだ。
「なぁ、このままだと、オレ、のぼせちゃいそう」
「えっ」
本当はまだ余裕があるけれど、このまま睨み合いを続けていては、本当にのぼせてしまいかねないから、嘘をついているわけではない。一織が白旗を挙げることを期待して、わざと声に出して言ったのだ。
「一織がいつまでもぐずぐずするからのぼせそう。お風呂上がって、一織が身体拭いてパジャマも着せてくれて、髪も乾かしてくれたら、多分のぼせない」
その言葉で、陸の意図するところがわかったのだろう。
(あぁ、また、七瀬さんに敵わなかった……)
いつになったら年上の恋人に勝てるのだろう。早く大人にならなければ。心の中で簡単な反省会を済ませ、一織は「仕方ないですね」と自分のほうを振り向いた陸の唇にリップ音を立ててくちづけた。