デート
生活拠点が同じなのだからわざわざ外で待ち合わせなくてもいいものを……と思ったものの、陸のおねだりにはとことん弱い一織は首を縦に振るしかなかった。
「健気じゃないの。リクのやつ、デートっぽさを出したいんでしょ」
缶ビール三本目、ほどよく頬を紅潮させた大和がからからと笑った。教えた記憶はないのに、どうして知っているのか。そんなの、一織が言ったのでなければ、犯人は一人しかいない。
「……七瀬さんが言ったんですか」
デート、という言葉に頬を赤らめながら、じとりと睨み付ける。
「うちはセンターを甘やかす方針ですから。あ、言っとくけど、リクがデートって触れ回ってるんじゃないぞ。おまえさんたちを見て俺がそう判断しただけだ」
でもまぁ、デートでしょ。缶を軽く振って残りを確かめる。どうやら残り少ないらしく、もう一本飲むかどうか思案しているようだ。
「飲み過ぎですよ。ビール腹になったらどうするんです」
まだ二十代のアイドルがビール腹なんて勘弁してほしい。一織がそう咎めると、大和は「へいへい」と悪びれる様子もなく、のそりと立ち上がった。
「水ですか。座っててください」
酔った時の壮五のように前後不覚になっているわけではないけれど、ほろ酔い状態の男が水を注ぐより、自分が用意したほうが確実だし、水をこぼすなどの事故も起こらずにすむ。素早く立ち上がってミネラルウォーターとグラスを用意すると、再び大和の向かい側に座った。
「お、サンキュー。気が利くねぇ、さすがはパーフェクト高校生」
「おだててもなにも出ませんよ」
酒で熱くなった口内に冷たい水。あぁ、とても気持ちいい。大和はごくごくと喉を鳴らして一気に呷る。
「しっかし、酔っ払いの相手は面倒っていうイチが、なんでまた今夜はお兄さんに付き合ってくれてんの?」
「二階堂さんが絡んできたんでしょう」
明日は昼前から陸と外出する予定だから、IDOLiSH7の今後の活動方針について、今夜のうちにまとめておこうと思ったのに。陸の部屋でともにホットミルクを飲んだあと、マグカップを片付けようとキッチンに立ち寄ったところを、大和に掴まってしまったのだ。
一織の言葉に「そうでしたそうでした」と適当な返事をしたかと思うと、大和は急に表情を引き締めた。
「……それで。イチ、おまえさんわかってんだろ? リクがどういうつもりで誘ってんのか」
「なにが言いたいんです。明日は、ただ、七瀬さんが買いものに付き合ってほしいというから了承しただけですよ」
「表向きはな」
たちの悪い酔っ払いだ。理性をなくして絡んでくるほうがよっぽどましだとすら思えてくる。ほろ酔いながらも理性はしっかりと残っていて、鋭い視線で一織の心の内を探ろうとしているのだ。
なんとなく、陸が自分に向けている視線に、自分と同じ感情が含まれているような気はしていた。しかし、確かめるほどの勇気がなくて、もの言いたげな陸の視線を躱し続けている。
(まったく……こちらの気にもなってほしいものだ)
手袋を新調したいから買いものに付き合ってほしい。特に断る理由はなくて了承した。他に誰が一緒に行くのかの確認と、何時頃に出かけようかという話になった時に、外での待ち合わせと、ランチタイムを人気のカフェで過ごしたいこと、いつものように予定のない者全員ではなく、敢えて二人きりで出かけたいことを明かされたのだ。外で待ち合わせなんて目立つことをしなくてもと異議を唱えたところ、陸は「そのほうが雰囲気出るだろ」と訴えた。あんな表情をされて、断れるはずがない。これを世間一般では、惚れた弱みという。
「好き合ってる者同士が二人きりって、デートでしょ。それともなに。嬉しくない?」
「すっ……、……からかわないでもらえますか」
嬉しいか嬉しくないかでいえば、嬉しいに決まっている。けれど、それ以上に、わざわざ外で待ち合わせて二人きりというのは初めてだから、どうすればいいのかがわからない。
「ははは、悩め悩め青少年」
わずかに残してあったビーフジャーキーを口に放り込んで、大和がにやにやと笑う。
(張っ倒したい……)
だいたい、陸も陸だ。わざわざ「そのほうが雰囲気出るだろ」なんて言わなくてもいいものを。あの一言があったせいで、自分はこんなにも緊張してしまっている。二人で外出したことなんて、これまでだって何度もあるというのに。
眉間に皺を寄せ、からかうのもいい加減にしてほしいと口を開こうとした時。
「一織? ……って、大和さんに掴まってたのか」
話題に上っていた人物の声に、一織はぴくりと肩を跳ねさせる。
「おぉ、リク。いいところに来た」
こっちに来なさいと手招きをする大和に、なんの疑いもなく、陸は歩み寄った。そのまま大和の隣に腰かける。
「大和さん、明日朝から仕事ですよね?」
テーブルの上に並んだ缶ビールを横目に、飲み過ぎではないかと陸が眉を顰める。
「大丈夫、ソウと違って自分の酒の限度は把握してますから。イチに水もらったし今夜はお酒の時間は終了」
「あ、一織が水用意したんだ?」
「……えぇ、覚束ない足取りで水をぶち撒けられても困りますから」
なんとなく。本当になんとなく、陸と視線を合わせづらくて視線を彷徨わせてしまう。そんな一織の様子に気付いたのか、大和はわざとらしいほどの明るい声で陸に話しかけた。
「そういや、リク、明日はイチと買いもの行くんだって? お兄さん、昼で仕事終わるから途中から合流していい?」
なんてことを聞いてくれるんだ。意地が悪いにもほどがある。
(……そういえば、七瀬さんはどうしてここに)
自分がマグカップを洗っておくから、もう眠るようにと言ったはずなのに。
「えー、だめですよ」
陸は笑いながらそう言うと、ちらりと一織を盗み見てから、言葉を続けた。
「明日は、……その、一織とデート、なので」
「えっ」
動揺する一織をよそに、ぴゅう、と大和の軽やかな口笛が鳴った。
「あのさ、一織。明日、デート、だから……、それっぽい格好してきてって言おうと思って。……じゃあ、おやすみ!」
「ちょっと」
勢いよく立ち上がると、陸はばたばたと階段を駆け上がっていった。あぁ、いつもきれいに掃除するように心がけてはいるけれど、埃が立つから走らないようにといつも言っているのに。
口をぱくぱくさせて、やり場のない手は空を掴んだまま。ダイニングに残ったのは、そんな状態の一織と、思った通りの展開になったなとほくそ笑む大和の二人。
「これは、明日、決めないとまずいんじゃない?」
なにを、なんて聞かなくてもわかっている。
「…………助言なんて必要ありませんよ」
おぉ、と歓声を上げる大和を一瞥し、一織も自分の部屋に戻ろうと立ち上がる。これだから、酔っ払いは面倒なのだ。酔っ払いに掴まったせいで、……酔っ払いのおかげで、背中を押されてしまった。
翌日、記念すべき初デート。寮に帰ってきた二人は、それはもう、甘い甘い空気を漂わせていたのだとか。
「健気じゃないの。リクのやつ、デートっぽさを出したいんでしょ」
缶ビール三本目、ほどよく頬を紅潮させた大和がからからと笑った。教えた記憶はないのに、どうして知っているのか。そんなの、一織が言ったのでなければ、犯人は一人しかいない。
「……七瀬さんが言ったんですか」
デート、という言葉に頬を赤らめながら、じとりと睨み付ける。
「うちはセンターを甘やかす方針ですから。あ、言っとくけど、リクがデートって触れ回ってるんじゃないぞ。おまえさんたちを見て俺がそう判断しただけだ」
でもまぁ、デートでしょ。缶を軽く振って残りを確かめる。どうやら残り少ないらしく、もう一本飲むかどうか思案しているようだ。
「飲み過ぎですよ。ビール腹になったらどうするんです」
まだ二十代のアイドルがビール腹なんて勘弁してほしい。一織がそう咎めると、大和は「へいへい」と悪びれる様子もなく、のそりと立ち上がった。
「水ですか。座っててください」
酔った時の壮五のように前後不覚になっているわけではないけれど、ほろ酔い状態の男が水を注ぐより、自分が用意したほうが確実だし、水をこぼすなどの事故も起こらずにすむ。素早く立ち上がってミネラルウォーターとグラスを用意すると、再び大和の向かい側に座った。
「お、サンキュー。気が利くねぇ、さすがはパーフェクト高校生」
「おだててもなにも出ませんよ」
酒で熱くなった口内に冷たい水。あぁ、とても気持ちいい。大和はごくごくと喉を鳴らして一気に呷る。
「しっかし、酔っ払いの相手は面倒っていうイチが、なんでまた今夜はお兄さんに付き合ってくれてんの?」
「二階堂さんが絡んできたんでしょう」
明日は昼前から陸と外出する予定だから、IDOLiSH7の今後の活動方針について、今夜のうちにまとめておこうと思ったのに。陸の部屋でともにホットミルクを飲んだあと、マグカップを片付けようとキッチンに立ち寄ったところを、大和に掴まってしまったのだ。
一織の言葉に「そうでしたそうでした」と適当な返事をしたかと思うと、大和は急に表情を引き締めた。
「……それで。イチ、おまえさんわかってんだろ? リクがどういうつもりで誘ってんのか」
「なにが言いたいんです。明日は、ただ、七瀬さんが買いものに付き合ってほしいというから了承しただけですよ」
「表向きはな」
たちの悪い酔っ払いだ。理性をなくして絡んでくるほうがよっぽどましだとすら思えてくる。ほろ酔いながらも理性はしっかりと残っていて、鋭い視線で一織の心の内を探ろうとしているのだ。
なんとなく、陸が自分に向けている視線に、自分と同じ感情が含まれているような気はしていた。しかし、確かめるほどの勇気がなくて、もの言いたげな陸の視線を躱し続けている。
(まったく……こちらの気にもなってほしいものだ)
手袋を新調したいから買いものに付き合ってほしい。特に断る理由はなくて了承した。他に誰が一緒に行くのかの確認と、何時頃に出かけようかという話になった時に、外での待ち合わせと、ランチタイムを人気のカフェで過ごしたいこと、いつものように予定のない者全員ではなく、敢えて二人きりで出かけたいことを明かされたのだ。外で待ち合わせなんて目立つことをしなくてもと異議を唱えたところ、陸は「そのほうが雰囲気出るだろ」と訴えた。あんな表情をされて、断れるはずがない。これを世間一般では、惚れた弱みという。
「好き合ってる者同士が二人きりって、デートでしょ。それともなに。嬉しくない?」
「すっ……、……からかわないでもらえますか」
嬉しいか嬉しくないかでいえば、嬉しいに決まっている。けれど、それ以上に、わざわざ外で待ち合わせて二人きりというのは初めてだから、どうすればいいのかがわからない。
「ははは、悩め悩め青少年」
わずかに残してあったビーフジャーキーを口に放り込んで、大和がにやにやと笑う。
(張っ倒したい……)
だいたい、陸も陸だ。わざわざ「そのほうが雰囲気出るだろ」なんて言わなくてもいいものを。あの一言があったせいで、自分はこんなにも緊張してしまっている。二人で外出したことなんて、これまでだって何度もあるというのに。
眉間に皺を寄せ、からかうのもいい加減にしてほしいと口を開こうとした時。
「一織? ……って、大和さんに掴まってたのか」
話題に上っていた人物の声に、一織はぴくりと肩を跳ねさせる。
「おぉ、リク。いいところに来た」
こっちに来なさいと手招きをする大和に、なんの疑いもなく、陸は歩み寄った。そのまま大和の隣に腰かける。
「大和さん、明日朝から仕事ですよね?」
テーブルの上に並んだ缶ビールを横目に、飲み過ぎではないかと陸が眉を顰める。
「大丈夫、ソウと違って自分の酒の限度は把握してますから。イチに水もらったし今夜はお酒の時間は終了」
「あ、一織が水用意したんだ?」
「……えぇ、覚束ない足取りで水をぶち撒けられても困りますから」
なんとなく。本当になんとなく、陸と視線を合わせづらくて視線を彷徨わせてしまう。そんな一織の様子に気付いたのか、大和はわざとらしいほどの明るい声で陸に話しかけた。
「そういや、リク、明日はイチと買いもの行くんだって? お兄さん、昼で仕事終わるから途中から合流していい?」
なんてことを聞いてくれるんだ。意地が悪いにもほどがある。
(……そういえば、七瀬さんはどうしてここに)
自分がマグカップを洗っておくから、もう眠るようにと言ったはずなのに。
「えー、だめですよ」
陸は笑いながらそう言うと、ちらりと一織を盗み見てから、言葉を続けた。
「明日は、……その、一織とデート、なので」
「えっ」
動揺する一織をよそに、ぴゅう、と大和の軽やかな口笛が鳴った。
「あのさ、一織。明日、デート、だから……、それっぽい格好してきてって言おうと思って。……じゃあ、おやすみ!」
「ちょっと」
勢いよく立ち上がると、陸はばたばたと階段を駆け上がっていった。あぁ、いつもきれいに掃除するように心がけてはいるけれど、埃が立つから走らないようにといつも言っているのに。
口をぱくぱくさせて、やり場のない手は空を掴んだまま。ダイニングに残ったのは、そんな状態の一織と、思った通りの展開になったなとほくそ笑む大和の二人。
「これは、明日、決めないとまずいんじゃない?」
なにを、なんて聞かなくてもわかっている。
「…………助言なんて必要ありませんよ」
おぉ、と歓声を上げる大和を一瞥し、一織も自分の部屋に戻ろうと立ち上がる。これだから、酔っ払いは面倒なのだ。酔っ払いに掴まったせいで、……酔っ払いのおかげで、背中を押されてしまった。
翌日、記念すべき初デート。寮に帰ってきた二人は、それはもう、甘い甘い空気を漂わせていたのだとか。