フォトブック
誕生月にフォトブックが発売されることとなった。表紙に加え、もう一枚、合計二枚のポートレートに、対談形式のインタビュー。これまでの衣装やSNSの抜粋、自室公開のコーナーももうけられている。全員に共通して与えられた表紙のテーマは〝好きな人と迎える朝〟という、一織にとっては少々照れくさいもの。一織のフォトブックは千によるプロデュースで、一月生まれなため、一番乗りでの発売となった。書店別の特典も用意されて、ファンの評判もなかなかのものだ。
陸のフォトブックはリレーの順番から、ナギが担当した。もしかすると、一織のフォトブックを見てなにか思うところがあったのかもしれない。完成した表紙は、まるで一織と陸が同じ空間にいるのではないかと思うようなシチュエーション。そういえば、まだデビューをする前の頃、一織と陸の二人が好きで二人のファンサイトをつくったファンがいたと聞いたことがある。そのファンにとっては、非常に嬉しいものかもしれない。
事務所で色校を見せてもらった時から、一織は「この表紙が世に出回るなんて」と頭を抱えていた。ナギの仕事ぶりを恨んでしまいそうなほど、その表紙で微笑む陸は「自分と二人でいる時の表情」だったのだ。
一織は「今後のIDOLiSH7のプロデュースのヒントが得られるかもしれない」と何度も言い聞かせながら陸のフォトブックを購入した。もちろん、本音は「大切な恋人のフォトブックを読まないなんて選択肢はない」というもの。事務所や本人への献本を借りるだけでは満足できるはずがない。絶対に、自分の手許に大切に置いておきたい一冊。
つやつやとコーティングされた表紙の効果もあって、表紙の苺が艷やかに見える。
こちらを見ている陸の唇を、そっと指でなぞった。紙の感触しかしないのに、異常なまでにどきどきしてしまう。自室にいるにもかかわらず、一織はきょろきょろと周囲を見渡し、ごくりと生唾を飲み込んだ。
(大丈夫、誰も見てない……)
フォトブックを持ち上げ、写真の中のその唇に、己の唇をゆっくりと寄せ――
「一織? いるなら返事くらい…………」
時間が止まったような感覚というのは、今のことを指すのだろう。先に口を開いたのは陸だった。
「あの、えっと……ごめん?」
一織はというと、両手でフォトブックを持ったまま、動けないでいる。なにが起こったのか、理解することを脳が拒否している。
「……あ、……」
唇をわなわなと震わせて。あぁ、この流れは「出て行ってください!」か「勝手に入らないでください!」のどちらかだろう。どちらも同じことを指している。でも、入られて困るような状況なら、鍵をかけておけばいいのに。
「い、言っとくけど、何回ノックしても返事しない一織も悪いんだからな! 入られて困るような状況なら」
「……っ、もうなにも言わないでもらえますか!」
一織にしては珍しい、叫ぶような声だった。パーフェクト高校生ではなかったのだろうか。そもそも「パーフェクト高校生と言われた」というのは、誰に、どこで言われたのだろう。陸が一織と付き合うようになって数ヶ月経つけれど、まだまだ知らないことのほうが多い。
そう、いつもはツンと澄ましている一織だけれど、彼は十七歳の男子高校生。思春期真っ只中。自分の顔と同じくらいの大きさに映った好きな人の写真があったら、こっそりキスをしようと考えてもおかしくない。
(うん、おかしくないよ、一織。大丈夫だよ)
「ふふ……」
笑ってはいけないと思えば思うほど、笑いがこみ上げてくる。
案の定、一織はじとりと陸のほうを睨んでいた。いくら睨んだところで、今の一織は顔を真っ赤にして涙目だから、迫力に欠けているのに。
「……失礼な人ですね」
「ごめん、……ふふ、だって、……ちょっと待って」
いけない、このままでは、ばかにしていると誤解させてしまう。そうじゃないと言ってあげないと、一織はへそを曲げてしまいそうだ。陸は込み上げる笑いで肩が震えているのを、なんとか落ち着かせることにする。
だって、あまりにも愛おし過ぎる。本物がいるのに、写真にキスをしようとするその初心さが。本人に見つかって、顔を真っ赤にして恥ずかしがっているところが。愛おしさがあふれ出して、身体中を駆け巡るから、なんだかくすぐったい気持ちになってしまったんだ。ほら、身体をくすぐられたら笑っちゃうでしょう? あれと同じ。
ゆっくり呼吸をして、笑いが落ち着いたら。己の行動を心の底から呪っていそうな一織を慰めてあげよう。本物にキスしなよ、って。
陸のフォトブックはリレーの順番から、ナギが担当した。もしかすると、一織のフォトブックを見てなにか思うところがあったのかもしれない。完成した表紙は、まるで一織と陸が同じ空間にいるのではないかと思うようなシチュエーション。そういえば、まだデビューをする前の頃、一織と陸の二人が好きで二人のファンサイトをつくったファンがいたと聞いたことがある。そのファンにとっては、非常に嬉しいものかもしれない。
事務所で色校を見せてもらった時から、一織は「この表紙が世に出回るなんて」と頭を抱えていた。ナギの仕事ぶりを恨んでしまいそうなほど、その表紙で微笑む陸は「自分と二人でいる時の表情」だったのだ。
一織は「今後のIDOLiSH7のプロデュースのヒントが得られるかもしれない」と何度も言い聞かせながら陸のフォトブックを購入した。もちろん、本音は「大切な恋人のフォトブックを読まないなんて選択肢はない」というもの。事務所や本人への献本を借りるだけでは満足できるはずがない。絶対に、自分の手許に大切に置いておきたい一冊。
つやつやとコーティングされた表紙の効果もあって、表紙の苺が艷やかに見える。
こちらを見ている陸の唇を、そっと指でなぞった。紙の感触しかしないのに、異常なまでにどきどきしてしまう。自室にいるにもかかわらず、一織はきょろきょろと周囲を見渡し、ごくりと生唾を飲み込んだ。
(大丈夫、誰も見てない……)
フォトブックを持ち上げ、写真の中のその唇に、己の唇をゆっくりと寄せ――
「一織? いるなら返事くらい…………」
時間が止まったような感覚というのは、今のことを指すのだろう。先に口を開いたのは陸だった。
「あの、えっと……ごめん?」
一織はというと、両手でフォトブックを持ったまま、動けないでいる。なにが起こったのか、理解することを脳が拒否している。
「……あ、……」
唇をわなわなと震わせて。あぁ、この流れは「出て行ってください!」か「勝手に入らないでください!」のどちらかだろう。どちらも同じことを指している。でも、入られて困るような状況なら、鍵をかけておけばいいのに。
「い、言っとくけど、何回ノックしても返事しない一織も悪いんだからな! 入られて困るような状況なら」
「……っ、もうなにも言わないでもらえますか!」
一織にしては珍しい、叫ぶような声だった。パーフェクト高校生ではなかったのだろうか。そもそも「パーフェクト高校生と言われた」というのは、誰に、どこで言われたのだろう。陸が一織と付き合うようになって数ヶ月経つけれど、まだまだ知らないことのほうが多い。
そう、いつもはツンと澄ましている一織だけれど、彼は十七歳の男子高校生。思春期真っ只中。自分の顔と同じくらいの大きさに映った好きな人の写真があったら、こっそりキスをしようと考えてもおかしくない。
(うん、おかしくないよ、一織。大丈夫だよ)
「ふふ……」
笑ってはいけないと思えば思うほど、笑いがこみ上げてくる。
案の定、一織はじとりと陸のほうを睨んでいた。いくら睨んだところで、今の一織は顔を真っ赤にして涙目だから、迫力に欠けているのに。
「……失礼な人ですね」
「ごめん、……ふふ、だって、……ちょっと待って」
いけない、このままでは、ばかにしていると誤解させてしまう。そうじゃないと言ってあげないと、一織はへそを曲げてしまいそうだ。陸は込み上げる笑いで肩が震えているのを、なんとか落ち着かせることにする。
だって、あまりにも愛おし過ぎる。本物がいるのに、写真にキスをしようとするその初心さが。本人に見つかって、顔を真っ赤にして恥ずかしがっているところが。愛おしさがあふれ出して、身体中を駆け巡るから、なんだかくすぐったい気持ちになってしまったんだ。ほら、身体をくすぐられたら笑っちゃうでしょう? あれと同じ。
ゆっくり呼吸をして、笑いが落ち着いたら。己の行動を心の底から呪っていそうな一織を慰めてあげよう。本物にキスしなよ、って。