年上から年下へ
千の家でおこなわれた裏ミーティングで、年上から年下へ改まって話をするのは気恥ずかしいという話が出た。大和と実父の件が解決した際、大和が三月へ、当時の騒動について改まった話をしていないということが話の発端だ。
年上から年下に改まった話は……と大和が言葉を濁し、三月は一織に対して改まった話ができるのかと詰め寄った。一織としては、兄弟なのだから改まった話などなんの抵抗もないだろうと思って三月を見たのだけれど、一織の予想に反して、三月は大和の「年上から年下へ改まった話をするのは気恥ずかしい」という意見に同調したのだ。壮五はというと、環に対して改まった話をきちんと――環にとってはお説教としか捉えられていないけれど――できていると主張。ナギはなんの抵抗もないと豪語。その証拠にと、年下である陸へ、ねぎらいの言葉を贈った。陸もお返しにとナギをねぎらい、ポジティブな空気に圧倒された面々は言葉を失った。その場はそれで終わったものの、あとになってから、一織はその時のやり取りが気になってきてしまったのである。
(七瀬さんは、私に対しては、どうだろうか……)
普段は気にすることのない、たった一歳の差。しかし一織は年下で、陸は年上。
そして、――これはメンバーに伏せているけれど――二人は互いに恋愛感情を抱き、その想いを通じ合わせている。しかし、一織は人一倍照れ屋な面があるし、陸は一織の照れ隠しに「素直じゃない」と頬を膨らませてしまうことが多い。ゆえに、さきほどのナギと陸のようなやり取りを、自分たちはおこなったことがないのだ。
「七瀬さん、話があります」
一織は陸の部屋を訪ね、正座をして開口一番、そう切り出した。
「なに?」
「私に、なにか改まって、言うことはありませんか?」
一織はいつもこうだ。過去には「あなたの幸せをキープしてみせます」や「あなたのことは死ぬほど考えてますけど」など、陸が思わず言葉を失うレベルの言動を幾度となく発している。あまりにも唐突で、陸はいつも反応に困ってしまう。
「えっ、と……? どうしたんだよ、いきなり。オレ、別に今日はお皿もコップも割ってないだろ?」
「誇らしげにしないでください。割らないのが当たり前でしょう。……と、そういうことではなくて」
話があると言い出したのは一織ではなかったか。
(なにか言うこと? なにかって、なに? あっ、環がいつもより一個多く王様プリン食べたこと? でもそれは一織よりも壮五さんに言ったほうが……というかオレとしては一個くらいいいかなって思うから壮五さんにだって告げ口するつもりはないし)
一織は、人前でなにかを説明するときはひどく饒舌なのに、二人きりの時に限って言葉たらずだ。一織にとっては「自分は陸に振り回されている」つもりなのかもしれないけれど、実際のところ「陸が一織に振り回されている」ことも多い。今がまさにそう。
「うーん……改まってって言われても……? 特になにもないよ」
困惑した陸がそう言うと、一織の表情が曇った。
「そうですか……」
なにか言うことはありませんかと尋ねられたのだから、答えはイエス・ノーでも問題ないはず。しかし、どうやら今の一織は、イエスの答えとともに「なにか」を求めているようだ。なにか。なにかって、なに?
一織の表情をじっと眺める。相変わらず、すごく美人だ。自分と違って髪が跳ねたりしていなくて、あの髪はいつもさらさら。頭を撫でられることを嫌がるけれど、触り心地がいいからいつだって触れたいと思う。年下なんだから甘えてもいいのに。
(……あ)
「……一織、もしかして千さんの家でのこと言ってる? 年上から年下にってやつ」
その瞬間、一織の頬がぱっと赤くなった。図星らしい。
「別に、なにもないならいいんです」
「なんだよそれ、かわいくないな」
「別に。あなたにかわいいとか思われたくありませんから」
あぁ、このままでは、またいつもの言い合いになってしまう。陸は言い返そうと開いた口を一旦、閉じた。もう少し素直になれよとか、なんでも一人でやろうとするなよとか、挙げだしたらきりがないけれど。一番言いたいことは、いつだってひとつ。
「……好きだよ。すっごく、大好き」
「は……、なん……ですか……」
思わず陸のほうを振り向いてしまったから、隠そうとしていたつもりの赤い頬が丸見えだ。さきほどよりも赤い。こんな時、一織はかわいいなと思ってしまう。
「え、だって一番言いたいことだし」
今も正座で身を固くしている一織ににじり寄る。あぁ、そんなに強く拳を握らなくてもいいのに。手のひらに爪痕がついてしまいそう。陸は一織の手に自分の手を重ね、握られた拳をゆるゆると開かせた。緊張していたのか、指先がいつもより冷たくなっている。そんなに緊張するような間柄ではないのに。
自分の手で一織の指先を包む。二人の体温が混ざって、同じくらいになりそうだ。
年上から年下に改まった話は……と大和が言葉を濁し、三月は一織に対して改まった話ができるのかと詰め寄った。一織としては、兄弟なのだから改まった話などなんの抵抗もないだろうと思って三月を見たのだけれど、一織の予想に反して、三月は大和の「年上から年下へ改まった話をするのは気恥ずかしい」という意見に同調したのだ。壮五はというと、環に対して改まった話をきちんと――環にとってはお説教としか捉えられていないけれど――できていると主張。ナギはなんの抵抗もないと豪語。その証拠にと、年下である陸へ、ねぎらいの言葉を贈った。陸もお返しにとナギをねぎらい、ポジティブな空気に圧倒された面々は言葉を失った。その場はそれで終わったものの、あとになってから、一織はその時のやり取りが気になってきてしまったのである。
(七瀬さんは、私に対しては、どうだろうか……)
普段は気にすることのない、たった一歳の差。しかし一織は年下で、陸は年上。
そして、――これはメンバーに伏せているけれど――二人は互いに恋愛感情を抱き、その想いを通じ合わせている。しかし、一織は人一倍照れ屋な面があるし、陸は一織の照れ隠しに「素直じゃない」と頬を膨らませてしまうことが多い。ゆえに、さきほどのナギと陸のようなやり取りを、自分たちはおこなったことがないのだ。
「七瀬さん、話があります」
一織は陸の部屋を訪ね、正座をして開口一番、そう切り出した。
「なに?」
「私に、なにか改まって、言うことはありませんか?」
一織はいつもこうだ。過去には「あなたの幸せをキープしてみせます」や「あなたのことは死ぬほど考えてますけど」など、陸が思わず言葉を失うレベルの言動を幾度となく発している。あまりにも唐突で、陸はいつも反応に困ってしまう。
「えっ、と……? どうしたんだよ、いきなり。オレ、別に今日はお皿もコップも割ってないだろ?」
「誇らしげにしないでください。割らないのが当たり前でしょう。……と、そういうことではなくて」
話があると言い出したのは一織ではなかったか。
(なにか言うこと? なにかって、なに? あっ、環がいつもより一個多く王様プリン食べたこと? でもそれは一織よりも壮五さんに言ったほうが……というかオレとしては一個くらいいいかなって思うから壮五さんにだって告げ口するつもりはないし)
一織は、人前でなにかを説明するときはひどく饒舌なのに、二人きりの時に限って言葉たらずだ。一織にとっては「自分は陸に振り回されている」つもりなのかもしれないけれど、実際のところ「陸が一織に振り回されている」ことも多い。今がまさにそう。
「うーん……改まってって言われても……? 特になにもないよ」
困惑した陸がそう言うと、一織の表情が曇った。
「そうですか……」
なにか言うことはありませんかと尋ねられたのだから、答えはイエス・ノーでも問題ないはず。しかし、どうやら今の一織は、イエスの答えとともに「なにか」を求めているようだ。なにか。なにかって、なに?
一織の表情をじっと眺める。相変わらず、すごく美人だ。自分と違って髪が跳ねたりしていなくて、あの髪はいつもさらさら。頭を撫でられることを嫌がるけれど、触り心地がいいからいつだって触れたいと思う。年下なんだから甘えてもいいのに。
(……あ)
「……一織、もしかして千さんの家でのこと言ってる? 年上から年下にってやつ」
その瞬間、一織の頬がぱっと赤くなった。図星らしい。
「別に、なにもないならいいんです」
「なんだよそれ、かわいくないな」
「別に。あなたにかわいいとか思われたくありませんから」
あぁ、このままでは、またいつもの言い合いになってしまう。陸は言い返そうと開いた口を一旦、閉じた。もう少し素直になれよとか、なんでも一人でやろうとするなよとか、挙げだしたらきりがないけれど。一番言いたいことは、いつだってひとつ。
「……好きだよ。すっごく、大好き」
「は……、なん……ですか……」
思わず陸のほうを振り向いてしまったから、隠そうとしていたつもりの赤い頬が丸見えだ。さきほどよりも赤い。こんな時、一織はかわいいなと思ってしまう。
「え、だって一番言いたいことだし」
今も正座で身を固くしている一織ににじり寄る。あぁ、そんなに強く拳を握らなくてもいいのに。手のひらに爪痕がついてしまいそう。陸は一織の手に自分の手を重ね、握られた拳をゆるゆると開かせた。緊張していたのか、指先がいつもより冷たくなっている。そんなに緊張するような間柄ではないのに。
自分の手で一織の指先を包む。二人の体温が混ざって、同じくらいになりそうだ。