食べながら聞く話じゃない
折り入って話があると神妙な面持ちで部屋を訪ねてきた壮五に対し、彼がこういう表情をするのはよくあることなので、特になにも考えず「いいよ」と部屋に招き入れた。
以前の環なら、今度はどんなことでお説教をされるのかとひやひやしていただろうが、最近のMEZZO”は至って良好な関係で、メディアに求められる〝超超超仲良し〟に演技はいらないかなと思えるまでになっている。
壮五は部屋の真ん中に座るなり、後ろ手に持っていたものをずいと差し出した。
「なに……あー! 超ビッグ王様プリン!」
いつもの王様プリンよりひとまわり大きなそれは〝今だけ!〟と銘打たれた、十パーセント増量タイプのものだ。購入時に店員が添えてくれるプラスチック製のスプーンではなく、環お気に入りのデザート用スプーンを持ってきたところが壮五らしい。きっと、実家で暮らしていた頃は使い捨てのスプーンや割り箸とは縁がなかったのだろう。
「食っていい?」
壮五が頷くと同時に、王様プリンの蓋をいそいそと開ける。とろりとした淡いクリーム色は、環にとって幸せの色で、元気の源。このためならなんだってできる。
スプーンを握ったところで、そういえば壮五の用件をまだ訊いていないなと気付く。
「そういや、話って? プリンが用事?」
そんなわけねえよなぁと思ったとおり、壮五はふるふると首を振った。心なしか、顔が赤くなっているように思う。
「熱あんの? 顔、赤いけど」
その質問にも、壮五は首を横に振る。彼の様子を見る限り、環の生活態度に苦言を呈したいとか、仕事の相談をしたいといったことではなさそうだ。それにしても、さきほどから、頷くか、首を横に振ってばかりだなと思う。首振り人形か? ――そこまで考えたところで、以前、王様プリンで機嫌がよくなるのだと教えてやったことを思い出す。
「……なんか、俺に許してほしいことあんの?」
壮五に対してなにか怒っていることでもあっただろうか。すぐ「大丈夫だよ」と言うところ? ありがとうと言ってほしいのに、癖のように「ごめんね」と言うところ? 酒に酔って傍若無人になるところ? どれも困っていることではあるが、その都度注意をしているし、最近ではそれも逢坂壮五なのだと理解している。自分が朝に弱いことや部屋の片付けができないのと同じで、すぐには変えられないこともわかっているから、何度衝突しようとも、そのたびに仲直りをして、これからもMEZZO”をやっていくのだと決めたばかりだ。
「許してほしい、というか……」
「おぉ……」
やっと喋ったと感嘆の声を上げる。折り入って話があると部屋に入ってきて以来、久々に声を聞いた。首振り人形ではなかったらしい。よかった。
食べていいとは言われたが、部屋を訪ねてきた時から神妙な面持ちのままでいる壮五を見ていると、食べるのはあとのほうがいいような気がしてくる。いや、でも、蓋を開けてしまったのだから早く食べてやらないとと、壮五と王様プリンを交互に見遣った。
「えっと、じっと見られると言いにくいから、食べながらで……」
「そう?」
気を取り直して、王様プリンの表面にスプーンをゆっくりと差し込む。平たいクリーム色にスプーンの端がぷつんと突き刺さる瞬間は、平凡な日常に刺激的なことが起こる前触れを思わせる。
ひとくちめは大胆に。スプーンの上でふるふると揺れる優しい色は、まるで、壮五みたいだと思った。色は全然違うけれど、優しい色をしているところは同じ。
甘くておいしいことがわかっているから、逃がしてなんてやらない。容赦なくひとくちでぺろりといただく。好きなものはすぐに捕まえないと、ほんの些細なことで手からこぼれ落ちてしまうから。
環が「あー」と大きな口を開け、ふるふるとかわいく震えるプリンが口の中に吸い込まれるタイミングで、壮五が口を開いた。
「~~っ、た、環くんのことが、好き、なんだ!」
大胆にすくったプリンは、あるべきところへの着地が叶わず、昨日壮五が掃除機をかけてくれたばかりの床にぼたりと落ちた。
「っ、あー! 俺の王様プリン!」
床でひしゃげた王様プリンのなれの果てを涙目で見つめる環。対する壮五は、自分の一世一代の告白よりもそちらが大事なのかと顔を顰める。
「……あの、環くん?」
「…………なに」
「今、僕が言ったこと、聞いてた?」
「聞いてた、けど……」
「けど?」
ごくりと生唾を飲み込む。壮五の脳内では勝算が九割以上を占めていた。好きだと告げたら、環も顔を真っ赤にして照れながら「俺も」と言ってくれると。そうしたら、手を握り、ゆっくりと顔を近付け、その唇を……そんなシミュレーションを何十回、何百回としてきた。だから、こんな歯切れの悪い返答は想定していない。
「今、それどころじゃねえし」
環の視線はなおも王様プリンだったものに注がれている。
「えっと……もしかして、タイミング悪かった?」
「悪かったに決まってんじゃん! どうしてくれんだよ王様プリン! 食べもの粗末にすんなってそーちゃんもわかってんだろ!」
顔を上げた環はぼろぼろと涙をこぼしていた。それを見て、壮五はようやく、自分がタイミングを見誤ったのだと気付く。
「ご、ごめんね」
「そんな緊張してプリン持ってきて俺が食べようとしてる時に言わなくったって、あんたが俺のこと好きってことくらい、いっつも見てるからわかってっし!」
袖口で自身の涙を拭う環を見て、かつて、醤油の染みがついた袖口で涙を拭われたことを思い出す。あの夜、壮五は環への恋心を自覚したのだ。
「環くん……」
「どうせなら俺が! 俺も好きって返せるタイミングで言ってこいよ! っていうか俺から言うつもりだったのに!」
「え」
「……あ」
とんでもない言葉を聞いてしまった気がする。
「い、今の……もう一回、言って……」
「言わねえ! もー、そーちゃんやだ! 出直して!」
「出直すってなんだ? だいたい、人が清水の舞台から飛び降りる心意気で好意を打ち明けたのに」
「飛び降りとか怖いこと言うな!」
最近のMEZZO”は至って良好な関係で、メディアに求められる〝超超超仲良し〟に演技はいらないかなと思えるまでになっているけれど、プライベートでは、まだまだ喧嘩が絶えない。
以前の環なら、今度はどんなことでお説教をされるのかとひやひやしていただろうが、最近のMEZZO”は至って良好な関係で、メディアに求められる〝超超超仲良し〟に演技はいらないかなと思えるまでになっている。
壮五は部屋の真ん中に座るなり、後ろ手に持っていたものをずいと差し出した。
「なに……あー! 超ビッグ王様プリン!」
いつもの王様プリンよりひとまわり大きなそれは〝今だけ!〟と銘打たれた、十パーセント増量タイプのものだ。購入時に店員が添えてくれるプラスチック製のスプーンではなく、環お気に入りのデザート用スプーンを持ってきたところが壮五らしい。きっと、実家で暮らしていた頃は使い捨てのスプーンや割り箸とは縁がなかったのだろう。
「食っていい?」
壮五が頷くと同時に、王様プリンの蓋をいそいそと開ける。とろりとした淡いクリーム色は、環にとって幸せの色で、元気の源。このためならなんだってできる。
スプーンを握ったところで、そういえば壮五の用件をまだ訊いていないなと気付く。
「そういや、話って? プリンが用事?」
そんなわけねえよなぁと思ったとおり、壮五はふるふると首を振った。心なしか、顔が赤くなっているように思う。
「熱あんの? 顔、赤いけど」
その質問にも、壮五は首を横に振る。彼の様子を見る限り、環の生活態度に苦言を呈したいとか、仕事の相談をしたいといったことではなさそうだ。それにしても、さきほどから、頷くか、首を横に振ってばかりだなと思う。首振り人形か? ――そこまで考えたところで、以前、王様プリンで機嫌がよくなるのだと教えてやったことを思い出す。
「……なんか、俺に許してほしいことあんの?」
壮五に対してなにか怒っていることでもあっただろうか。すぐ「大丈夫だよ」と言うところ? ありがとうと言ってほしいのに、癖のように「ごめんね」と言うところ? 酒に酔って傍若無人になるところ? どれも困っていることではあるが、その都度注意をしているし、最近ではそれも逢坂壮五なのだと理解している。自分が朝に弱いことや部屋の片付けができないのと同じで、すぐには変えられないこともわかっているから、何度衝突しようとも、そのたびに仲直りをして、これからもMEZZO”をやっていくのだと決めたばかりだ。
「許してほしい、というか……」
「おぉ……」
やっと喋ったと感嘆の声を上げる。折り入って話があると部屋に入ってきて以来、久々に声を聞いた。首振り人形ではなかったらしい。よかった。
食べていいとは言われたが、部屋を訪ねてきた時から神妙な面持ちのままでいる壮五を見ていると、食べるのはあとのほうがいいような気がしてくる。いや、でも、蓋を開けてしまったのだから早く食べてやらないとと、壮五と王様プリンを交互に見遣った。
「えっと、じっと見られると言いにくいから、食べながらで……」
「そう?」
気を取り直して、王様プリンの表面にスプーンをゆっくりと差し込む。平たいクリーム色にスプーンの端がぷつんと突き刺さる瞬間は、平凡な日常に刺激的なことが起こる前触れを思わせる。
ひとくちめは大胆に。スプーンの上でふるふると揺れる優しい色は、まるで、壮五みたいだと思った。色は全然違うけれど、優しい色をしているところは同じ。
甘くておいしいことがわかっているから、逃がしてなんてやらない。容赦なくひとくちでぺろりといただく。好きなものはすぐに捕まえないと、ほんの些細なことで手からこぼれ落ちてしまうから。
環が「あー」と大きな口を開け、ふるふるとかわいく震えるプリンが口の中に吸い込まれるタイミングで、壮五が口を開いた。
「~~っ、た、環くんのことが、好き、なんだ!」
大胆にすくったプリンは、あるべきところへの着地が叶わず、昨日壮五が掃除機をかけてくれたばかりの床にぼたりと落ちた。
「っ、あー! 俺の王様プリン!」
床でひしゃげた王様プリンのなれの果てを涙目で見つめる環。対する壮五は、自分の一世一代の告白よりもそちらが大事なのかと顔を顰める。
「……あの、環くん?」
「…………なに」
「今、僕が言ったこと、聞いてた?」
「聞いてた、けど……」
「けど?」
ごくりと生唾を飲み込む。壮五の脳内では勝算が九割以上を占めていた。好きだと告げたら、環も顔を真っ赤にして照れながら「俺も」と言ってくれると。そうしたら、手を握り、ゆっくりと顔を近付け、その唇を……そんなシミュレーションを何十回、何百回としてきた。だから、こんな歯切れの悪い返答は想定していない。
「今、それどころじゃねえし」
環の視線はなおも王様プリンだったものに注がれている。
「えっと……もしかして、タイミング悪かった?」
「悪かったに決まってんじゃん! どうしてくれんだよ王様プリン! 食べもの粗末にすんなってそーちゃんもわかってんだろ!」
顔を上げた環はぼろぼろと涙をこぼしていた。それを見て、壮五はようやく、自分がタイミングを見誤ったのだと気付く。
「ご、ごめんね」
「そんな緊張してプリン持ってきて俺が食べようとしてる時に言わなくったって、あんたが俺のこと好きってことくらい、いっつも見てるからわかってっし!」
袖口で自身の涙を拭う環を見て、かつて、醤油の染みがついた袖口で涙を拭われたことを思い出す。あの夜、壮五は環への恋心を自覚したのだ。
「環くん……」
「どうせなら俺が! 俺も好きって返せるタイミングで言ってこいよ! っていうか俺から言うつもりだったのに!」
「え」
「……あ」
とんでもない言葉を聞いてしまった気がする。
「い、今の……もう一回、言って……」
「言わねえ! もー、そーちゃんやだ! 出直して!」
「出直すってなんだ? だいたい、人が清水の舞台から飛び降りる心意気で好意を打ち明けたのに」
「飛び降りとか怖いこと言うな!」
最近のMEZZO”は至って良好な関係で、メディアに求められる〝超超超仲良し〟に演技はいらないかなと思えるまでになっているけれど、プライベートでは、まだまだ喧嘩が絶えない。