甘さひかえめ
壮五は帽子とマスク、それから眼鏡を身に着け、買うものをリストアップしたメモを確認すると、バッグを掴んだ。
「……俺も行く」
ソファーにだらりと寝そべっていた環が、のそりと起き上がった。壮五が「え」と驚いているうちに、環も帽子とマスクを身に着け、壮五を追い越して玄関へ。
今日の買いものは自分一人でも持てる量に収まる予定だが、環の厚意を無下にするわけにもいかない。ありがたく、お言葉に甘えようと決める。
ぱたぱたと急ぎ足で環のあとを追うと、スニーカーを履いた環がポケットに手を入れた状態で壮五を待っていた。
「そーちゃん早く」
「わかってるよ」
慌てて靴を履き、環に続いて外に出る。肌を撫でる風はすっかり春のにおい。あぁ、出会った頃を思い出すなぁと壮五は過去に想いを馳せた。
そろそろ桜が咲く頃。桜が咲いて少し経てば、環の、二十歳の誕生日。
出会った当時は高校生だった一織と環が卒業して二年。一織はIDOLiSH7の活動を続けながら大学へ進学し、間もなく三年生。相変わらず、大学でも成績はいいらしい。
環は進学せず、壮五とともにMEZZO"の活動に力を入れている。ラジオ番組は今も続いていて、最近では、環も選曲に加わるようになった。壮五が主にロックを紹介するのに対し、環が選ぶのはダンスミュージックが多い。壮五のように音楽理論を語ることはほとんどないものの、ゆったりとした口調で語られるおすすめポイントはリスナーからも「環らしい」と好評だ。
「なに買うんだっけ?」
ええと、……と、壮五はスマートフォンのメモアプリに入れた内容を環に見せた。きちんとリストアップしているところが壮五らしい。身体を壮五のほうへ傾け、文字の羅列に目を通した環は「ふーん」と呟くと、姿勢を戻した。
「お昼ご飯は途中、どこかに入ろうか」
壮五の提案に、環は無言で頷いた。
◇
「疲れたー……」
適当に入ったカフェで、環と壮五の足許にはふたつずつの紙袋が鎮座している。
「ごめんね、僕の買いものがほとんどなのに付き合わせちゃって」
おかしいな、自分の予定では一人で持てる量に収まるはずだったのに……と壮五が首を傾げていると、環は手を振って「別に謝ることじゃねえし」と言う。
「何回も言ったけど、こういう時はごめんじゃなくて」
「……! ありがとう、だね」
相手の反応が思わしくないだけで、自分が間違ったことをしてしまったと咄嗟に謝る癖がついてしまっている。それは子どもの頃の育てられ方が影響していた。。環は、そうではないのだと、何度も何度も根気強く壮五に教えてきた。出会った頃に比べれば謝り癖は減ってきたものの、今も完全にはなくなっていない。
「ん、いや、俺が疲れたっつったから、ごめん」
以前に比べると、環の口から謝罪の言葉がすんなり出てくるようになった。出会った頃は謝罪の前になにか一言――周囲からすれば余計な言葉が――出てしまうことがたびたびあったのだが、IDOLiSH7として、MEZZO"として仕事をしていくうちに、変わったのだろう。
「いいよ、僕のほうこそ……」
これでは謝罪合戦になりそうだ。二人は顔を見合わせてくすくすと笑う。ちょうどそのタイミングで、注文していたランチセットが運ばれてきた。荷物を持って歩き回っていたこともあって、かなり腹が減っている。二人は小さな声で「いただきます」と手を合わせると、すぐに食べ始めた。
「……そーちゃんめずらしー」
コーヒーにミルクと砂糖を入れる壮五を見て、環が呟く。だって、あんた甘いのそんなに好きじゃないのに。環がそう言いたいのを察したのか、壮五は「あぁ」と自分の手許を見遣った。
「たまにはね。ちょっと甘くしたほうが合う気がして」
マスタードを多めに頼んだホットサンドを見た時、環は「うわ」と顔を顰めたものだ。
「ふーん」
環は相槌を打って、自分のアイスティーにシロップの瓶を傾けた。どばどばと注がれるシロップに、今度は壮五が顔を引き攣らせる。シロップを注ぎ終えると、環は当然のように、今度はミルクの入った小瓶の中身をすべて注いだ。
「環くん、甘いものの取り過ぎは……」
「これくらいへーき。そーちゃんこそ赤いのばっか。ちょっとは控えろよな」
環がストローでかき混ぜながら、からんからんと音を立てる。その音を聴いていたら、壮五はなぜか、一口飲みたくなってしまった。壮五の表情を見て察した環は「ん」とグラスを差し出す。行儀がよくないと思いながらも、ほんの少しだけ、甘さたっぷりのミルクティーを口に含んだ。
「…………甘いね……」
「わかってて飲んだんじゃん?」
確かにそうだけど、ここまでとは思ってなかった。壮五はそう言って、口許を紙ナプキンで拭う。味覚の違いは出会って早々に気付いたことだが、ここまで違うとなると対策が必要だ。
「環くん、今日から食事の味付けにルールを設けよう」
「は?」
だって、今日からは。
「共同生活には変わりないけど、七人でいた頃とは違う。今日からは二人なんだ。意識の擦り合わせを改めておこなう必要があるだろう? 味付けに対する互いの認識を合わせることで、健康的な食生活に繋がる。僕たちに限らず、仕事をするにあたっては健康的な食生活が資本で」
「待っ……て。ストップ、ストップ」
あぁほら、ふたつ隣のテーブルの人がこちらを見て「ねぇ、MEZZO"じゃない?」とか「今日から二人で暮らすとか言ってない?」なんてひそひそ話を始めてしまった。
飲食店に入ったのだから帽子とマスクは外してしまった。環は髪をひとつに結び、壮五は眼鏡をかけただけの、あまりにも簡素な変装だ。だからこそ、当たり障りのない会話に留めようとしていたのに。
なんで、よりによって「今日からは二人」なんて言葉を言っちゃうかなぁ。……もしかして、浮かれてる?
(だとしたら、かわい過ぎんだけど)
――後日。MEZZO"のラジオに寄せられたメッセージには、案の定、二人で暮らし始めたのかという質問がたくさん含まれていた。
まぁ、メンバー同士がルームシェアするのはおかしくないし? という判断で肯定したところ、その日のSNSでは〝MEZZO"同棲〟というタグがトレンド入りしたのだとか。
「……俺も行く」
ソファーにだらりと寝そべっていた環が、のそりと起き上がった。壮五が「え」と驚いているうちに、環も帽子とマスクを身に着け、壮五を追い越して玄関へ。
今日の買いものは自分一人でも持てる量に収まる予定だが、環の厚意を無下にするわけにもいかない。ありがたく、お言葉に甘えようと決める。
ぱたぱたと急ぎ足で環のあとを追うと、スニーカーを履いた環がポケットに手を入れた状態で壮五を待っていた。
「そーちゃん早く」
「わかってるよ」
慌てて靴を履き、環に続いて外に出る。肌を撫でる風はすっかり春のにおい。あぁ、出会った頃を思い出すなぁと壮五は過去に想いを馳せた。
そろそろ桜が咲く頃。桜が咲いて少し経てば、環の、二十歳の誕生日。
出会った当時は高校生だった一織と環が卒業して二年。一織はIDOLiSH7の活動を続けながら大学へ進学し、間もなく三年生。相変わらず、大学でも成績はいいらしい。
環は進学せず、壮五とともにMEZZO"の活動に力を入れている。ラジオ番組は今も続いていて、最近では、環も選曲に加わるようになった。壮五が主にロックを紹介するのに対し、環が選ぶのはダンスミュージックが多い。壮五のように音楽理論を語ることはほとんどないものの、ゆったりとした口調で語られるおすすめポイントはリスナーからも「環らしい」と好評だ。
「なに買うんだっけ?」
ええと、……と、壮五はスマートフォンのメモアプリに入れた内容を環に見せた。きちんとリストアップしているところが壮五らしい。身体を壮五のほうへ傾け、文字の羅列に目を通した環は「ふーん」と呟くと、姿勢を戻した。
「お昼ご飯は途中、どこかに入ろうか」
壮五の提案に、環は無言で頷いた。
◇
「疲れたー……」
適当に入ったカフェで、環と壮五の足許にはふたつずつの紙袋が鎮座している。
「ごめんね、僕の買いものがほとんどなのに付き合わせちゃって」
おかしいな、自分の予定では一人で持てる量に収まるはずだったのに……と壮五が首を傾げていると、環は手を振って「別に謝ることじゃねえし」と言う。
「何回も言ったけど、こういう時はごめんじゃなくて」
「……! ありがとう、だね」
相手の反応が思わしくないだけで、自分が間違ったことをしてしまったと咄嗟に謝る癖がついてしまっている。それは子どもの頃の育てられ方が影響していた。。環は、そうではないのだと、何度も何度も根気強く壮五に教えてきた。出会った頃に比べれば謝り癖は減ってきたものの、今も完全にはなくなっていない。
「ん、いや、俺が疲れたっつったから、ごめん」
以前に比べると、環の口から謝罪の言葉がすんなり出てくるようになった。出会った頃は謝罪の前になにか一言――周囲からすれば余計な言葉が――出てしまうことがたびたびあったのだが、IDOLiSH7として、MEZZO"として仕事をしていくうちに、変わったのだろう。
「いいよ、僕のほうこそ……」
これでは謝罪合戦になりそうだ。二人は顔を見合わせてくすくすと笑う。ちょうどそのタイミングで、注文していたランチセットが運ばれてきた。荷物を持って歩き回っていたこともあって、かなり腹が減っている。二人は小さな声で「いただきます」と手を合わせると、すぐに食べ始めた。
「……そーちゃんめずらしー」
コーヒーにミルクと砂糖を入れる壮五を見て、環が呟く。だって、あんた甘いのそんなに好きじゃないのに。環がそう言いたいのを察したのか、壮五は「あぁ」と自分の手許を見遣った。
「たまにはね。ちょっと甘くしたほうが合う気がして」
マスタードを多めに頼んだホットサンドを見た時、環は「うわ」と顔を顰めたものだ。
「ふーん」
環は相槌を打って、自分のアイスティーにシロップの瓶を傾けた。どばどばと注がれるシロップに、今度は壮五が顔を引き攣らせる。シロップを注ぎ終えると、環は当然のように、今度はミルクの入った小瓶の中身をすべて注いだ。
「環くん、甘いものの取り過ぎは……」
「これくらいへーき。そーちゃんこそ赤いのばっか。ちょっとは控えろよな」
環がストローでかき混ぜながら、からんからんと音を立てる。その音を聴いていたら、壮五はなぜか、一口飲みたくなってしまった。壮五の表情を見て察した環は「ん」とグラスを差し出す。行儀がよくないと思いながらも、ほんの少しだけ、甘さたっぷりのミルクティーを口に含んだ。
「…………甘いね……」
「わかってて飲んだんじゃん?」
確かにそうだけど、ここまでとは思ってなかった。壮五はそう言って、口許を紙ナプキンで拭う。味覚の違いは出会って早々に気付いたことだが、ここまで違うとなると対策が必要だ。
「環くん、今日から食事の味付けにルールを設けよう」
「は?」
だって、今日からは。
「共同生活には変わりないけど、七人でいた頃とは違う。今日からは二人なんだ。意識の擦り合わせを改めておこなう必要があるだろう? 味付けに対する互いの認識を合わせることで、健康的な食生活に繋がる。僕たちに限らず、仕事をするにあたっては健康的な食生活が資本で」
「待っ……て。ストップ、ストップ」
あぁほら、ふたつ隣のテーブルの人がこちらを見て「ねぇ、MEZZO"じゃない?」とか「今日から二人で暮らすとか言ってない?」なんてひそひそ話を始めてしまった。
飲食店に入ったのだから帽子とマスクは外してしまった。環は髪をひとつに結び、壮五は眼鏡をかけただけの、あまりにも簡素な変装だ。だからこそ、当たり障りのない会話に留めようとしていたのに。
なんで、よりによって「今日からは二人」なんて言葉を言っちゃうかなぁ。……もしかして、浮かれてる?
(だとしたら、かわい過ぎんだけど)
――後日。MEZZO"のラジオに寄せられたメッセージには、案の定、二人で暮らし始めたのかという質問がたくさん含まれていた。
まぁ、メンバー同士がルームシェアするのはおかしくないし? という判断で肯定したところ、その日のSNSでは〝MEZZO"同棲〟というタグがトレンド入りしたのだとか。