おまじない
『今夜、少しだけ時間をもらえるかな』――バンちゃんの運転で寮まで送ってもらってる最中、隣に座ってるそーちゃんからきたラビチャ。これくらいのことなら普通に口で言えばよくね? って思ったけど、すぐに、いや、そうじゃねえなって思った。こういうときのそーちゃんは、話したいことを前もって準備してて、言うタイミングまでしっかり決めてることが多い。その気持ちを大事にしてやんなきゃだ。
でも、なんの話だろ。今日の仕事で変なミスした覚えないし、ミスしてたらそのときに言われてるだろうし……ってことは、今日の仕事以外のこと。明日は、俺は学校があって、そーちゃんは丸一日オフ。明後日は普通に朝から仕事詰まってるけど、どれも細かい打ち合わせするようなやつじゃない。じゃあ、それよりずっと先の、予定は決まってないけどこういう曲つくってみたいとか、そういうやつかな。それなら、そーちゃんが心の準備してるっぽいのもわかる。
そんなに緊張しなくても、そーちゃんが大事にあっためてる気持ち、俺は絶対に頭ごなしに否定しないのに。話してくれたら、次からはもっとリラックスして言えよって言ってやろ。
◇
あとはもう寝るだけにしてからがいいって言われたから、風呂もなにもかも終わらせて、そーちゃんの部屋をノックした。
「あ……ごめん、ええと、ここじゃなくて、君の部屋でいい?」
「いいけど」
昔ほどは散らかしてないけど、そーちゃんの部屋のほうがきれいだし、心の準備して話すんなら自分の部屋のほうがよくね? なんかよくわかんねえなって思いながら、そーちゃんと連れ立って隣の俺の部屋に向かう。ちょっと間抜けな図だよな、これ。
「君の部屋でって言えてなかったな」
ラビチャのことを指してるってすぐにわかった。確かに、いつものそーちゃんなら、いつ・どこでって書いてんのに、今回はそれがなかった。よっぽど緊張してんのかな。作曲やってみたいって言ってくれたときより?
とりあえず、俺の部屋で話すときの定位置に座る。俺はベッドを背にして、そーちゃんはその向かい側で正座。正座しなくていいっつっても、このひとは絶対に正座する。相方の部屋でくらい、もっとらくにしてほしいんだけど。
「時間つくってくれてありがとう」
「んーん、なんか話したいことあったんだろ」
「そう、そうなんだ!」
そこで俺は「あれ?」ってなった。こういうとき、大抵は「まずはこれを読んでくれ」って紙束渡されんのに、そーちゃんはそれらしいものをなんにも持ってきてない。そーちゃんは資料つくるなら紙派だし、スマホのメモに書いてんならとっくにスマホ出してると思う。
「いつもみたいな資料とかねえの?」
別にないならないで、俺はそのほうがありがたい。言いたいことあんなら紙にごちゃごちゃ書いてないで顔見てすぐ言えよって思う派だし。――俺としてはそういう感覚でさらっと訊いたつもりなんだけど、そーちゃんはなぜか顔を赤らめて、これまたなぜか慌て始めた。
「本当は紙にしたためようと思ってやってはみたんだけど、文字にするだけで恥ずかしさからどうにかなってしまいそうで」
「恥ずかしさ?」
小難しい話される覚悟で身構えてたんだけど、どうもそういうんじゃないらしい。恥ずかしい話? 失敗談? ……じゃなさそうだよな、なんとなくだけど。
「えぇと、恥ずべきことではないと思う。僕の人生において縁のない言葉だったはずなんだけど、今回、君にそれを伝えるにあたって、初心者特有の緊張みたいなものがあって……あぁ、自分がなにを言いたいかわからなくなってきた」
よっぽど恥ずかしいのか、そーちゃんの目がうるうるして、ちょっとつついたら一滴くらいこぼれちゃいそうだなって思った。
これは俺の希望的観測をめっちゃ込めてるけど、なんとなく、わかっちゃったかも。絶対合ってるって自信はないから、答え合わせさせてほしい。
でも、ここで俺が「こうだろ」って言い当てるのはよくないし、っていうか違ったら俺が恥ずかしいし、今夜言おうって決めたそーちゃんの気持ちを大事にしてあげたい。
「そー……ちゃん」
仕事でこれでもかってくらい手ぇ繋いだことあんのに、初めて繋いだみたいにどきどきしてる。あくびはうつるってよく聞くけど、恥ずかしいのもうつるんだっけ。
そーちゃんがゆでだこみたいに真っ赤っかになってるの、たぶん、今の俺もおんなじくらいになってる気がする。顔あっついもん。顔は真っ赤っかで熱そうなのに、そーちゃんの手はいつもより冷たかった。それだけ、緊張してるってこと。
「ひゃっ」
熱出てないか確かめるみたいにおでこに触った。
「ごめん、汗かいちゃってるよね」
「んーん、わかっててやったし」
「ひどいな」
だって、俺に言いたいこと言おうって頑張って、でも照れくさくて真っ赤になってるのがかわいくて、触りたくなっちゃった。
「資料用意するのも無理ってなったくらい、どうにかなっちゃいそうなことなん?」
「そう、だね」
「じゃあ、お守りの資料つくれなかったぶん、俺がおまじないかけてやろっか」
これで違ったら、恥ずかしさで布団ひっかぶってひと晩泣く。でも、今夜言おうって決めたそーちゃんには、ここまできたならもうちょっと踏み込んできてほしいし、俺だって頑張りたい。
おまじない? って首を傾げてるそーちゃんに恐る恐る近付いて、びっくりさせないようにそーっと抱き寄せた。させないようにっていっても、無理だろうけど。
「あ、あの」
「しー。……俺も恥ずかしいの、わかって」
やっぱり、違ってはなかった……んだと思う。たぶん今も顔が真っ赤っかなままのそーちゃんの頭が、ほこほこに熱かったから。
「……心臓の音、すごいね」
そーちゃんの腕が背中にまわされて、もっとどきどきした。ハグだって、ライブでよくやってんのに。
「これがおまじない?」
「そうだけど」
自分で答えてて恥ずかしい。調子にのんなって思われたらどうしよ。
「……効果抜群だな。あのね」
効果抜群とか言っておきながら、肝心の言葉はめっちゃ小さかった。今までに聞いたことないくらい小さい声。でも、俺が〝もしかして〟って思ったとおりの言葉だった。
「好きなもの、大きな声で言えって言ったじゃん」
「環くんにだけ届けたいし、この距離なら、ちゃんと拾ってくれるって思ったから」
なんかかわいい理由までくっついてきて、そーちゃんを抱き締める腕に力が入っちゃった。
でも、なんの話だろ。今日の仕事で変なミスした覚えないし、ミスしてたらそのときに言われてるだろうし……ってことは、今日の仕事以外のこと。明日は、俺は学校があって、そーちゃんは丸一日オフ。明後日は普通に朝から仕事詰まってるけど、どれも細かい打ち合わせするようなやつじゃない。じゃあ、それよりずっと先の、予定は決まってないけどこういう曲つくってみたいとか、そういうやつかな。それなら、そーちゃんが心の準備してるっぽいのもわかる。
そんなに緊張しなくても、そーちゃんが大事にあっためてる気持ち、俺は絶対に頭ごなしに否定しないのに。話してくれたら、次からはもっとリラックスして言えよって言ってやろ。
◇
あとはもう寝るだけにしてからがいいって言われたから、風呂もなにもかも終わらせて、そーちゃんの部屋をノックした。
「あ……ごめん、ええと、ここじゃなくて、君の部屋でいい?」
「いいけど」
昔ほどは散らかしてないけど、そーちゃんの部屋のほうがきれいだし、心の準備して話すんなら自分の部屋のほうがよくね? なんかよくわかんねえなって思いながら、そーちゃんと連れ立って隣の俺の部屋に向かう。ちょっと間抜けな図だよな、これ。
「君の部屋でって言えてなかったな」
ラビチャのことを指してるってすぐにわかった。確かに、いつものそーちゃんなら、いつ・どこでって書いてんのに、今回はそれがなかった。よっぽど緊張してんのかな。作曲やってみたいって言ってくれたときより?
とりあえず、俺の部屋で話すときの定位置に座る。俺はベッドを背にして、そーちゃんはその向かい側で正座。正座しなくていいっつっても、このひとは絶対に正座する。相方の部屋でくらい、もっとらくにしてほしいんだけど。
「時間つくってくれてありがとう」
「んーん、なんか話したいことあったんだろ」
「そう、そうなんだ!」
そこで俺は「あれ?」ってなった。こういうとき、大抵は「まずはこれを読んでくれ」って紙束渡されんのに、そーちゃんはそれらしいものをなんにも持ってきてない。そーちゃんは資料つくるなら紙派だし、スマホのメモに書いてんならとっくにスマホ出してると思う。
「いつもみたいな資料とかねえの?」
別にないならないで、俺はそのほうがありがたい。言いたいことあんなら紙にごちゃごちゃ書いてないで顔見てすぐ言えよって思う派だし。――俺としてはそういう感覚でさらっと訊いたつもりなんだけど、そーちゃんはなぜか顔を赤らめて、これまたなぜか慌て始めた。
「本当は紙にしたためようと思ってやってはみたんだけど、文字にするだけで恥ずかしさからどうにかなってしまいそうで」
「恥ずかしさ?」
小難しい話される覚悟で身構えてたんだけど、どうもそういうんじゃないらしい。恥ずかしい話? 失敗談? ……じゃなさそうだよな、なんとなくだけど。
「えぇと、恥ずべきことではないと思う。僕の人生において縁のない言葉だったはずなんだけど、今回、君にそれを伝えるにあたって、初心者特有の緊張みたいなものがあって……あぁ、自分がなにを言いたいかわからなくなってきた」
よっぽど恥ずかしいのか、そーちゃんの目がうるうるして、ちょっとつついたら一滴くらいこぼれちゃいそうだなって思った。
これは俺の希望的観測をめっちゃ込めてるけど、なんとなく、わかっちゃったかも。絶対合ってるって自信はないから、答え合わせさせてほしい。
でも、ここで俺が「こうだろ」って言い当てるのはよくないし、っていうか違ったら俺が恥ずかしいし、今夜言おうって決めたそーちゃんの気持ちを大事にしてあげたい。
「そー……ちゃん」
仕事でこれでもかってくらい手ぇ繋いだことあんのに、初めて繋いだみたいにどきどきしてる。あくびはうつるってよく聞くけど、恥ずかしいのもうつるんだっけ。
そーちゃんがゆでだこみたいに真っ赤っかになってるの、たぶん、今の俺もおんなじくらいになってる気がする。顔あっついもん。顔は真っ赤っかで熱そうなのに、そーちゃんの手はいつもより冷たかった。それだけ、緊張してるってこと。
「ひゃっ」
熱出てないか確かめるみたいにおでこに触った。
「ごめん、汗かいちゃってるよね」
「んーん、わかっててやったし」
「ひどいな」
だって、俺に言いたいこと言おうって頑張って、でも照れくさくて真っ赤になってるのがかわいくて、触りたくなっちゃった。
「資料用意するのも無理ってなったくらい、どうにかなっちゃいそうなことなん?」
「そう、だね」
「じゃあ、お守りの資料つくれなかったぶん、俺がおまじないかけてやろっか」
これで違ったら、恥ずかしさで布団ひっかぶってひと晩泣く。でも、今夜言おうって決めたそーちゃんには、ここまできたならもうちょっと踏み込んできてほしいし、俺だって頑張りたい。
おまじない? って首を傾げてるそーちゃんに恐る恐る近付いて、びっくりさせないようにそーっと抱き寄せた。させないようにっていっても、無理だろうけど。
「あ、あの」
「しー。……俺も恥ずかしいの、わかって」
やっぱり、違ってはなかった……んだと思う。たぶん今も顔が真っ赤っかなままのそーちゃんの頭が、ほこほこに熱かったから。
「……心臓の音、すごいね」
そーちゃんの腕が背中にまわされて、もっとどきどきした。ハグだって、ライブでよくやってんのに。
「これがおまじない?」
「そうだけど」
自分で答えてて恥ずかしい。調子にのんなって思われたらどうしよ。
「……効果抜群だな。あのね」
効果抜群とか言っておきながら、肝心の言葉はめっちゃ小さかった。今までに聞いたことないくらい小さい声。でも、俺が〝もしかして〟って思ったとおりの言葉だった。
「好きなもの、大きな声で言えって言ったじゃん」
「環くんにだけ届けたいし、この距離なら、ちゃんと拾ってくれるって思ったから」
なんかかわいい理由までくっついてきて、そーちゃんを抱き締める腕に力が入っちゃった。