魔法
やだ、まだ寒い。あと五分。
アラーム音が朝を告げていることはわかっているものの、春を迎えたばかりのこの季節は、一分一秒でも長く布団に包まれていたい。寮で暮らし始めてすっかり慣れたこのベッドは、世界一お気に入りの場所。
学校は楽しいし、ライブも好き。最近では、歌やダンス以外の仕事も楽しいと思えることが増えてきたが、やっぱり寝床が一番。布団、ちょー好き。もう一生離れたくねえ。環は誠心誠意、愛情を込めて、愛しい愛しい布団を抱き締めた。なんだっけ、健やかなるときも病める時も。うんうん、布団と結婚するのが一番だろう。そう独り言ちた。
「環くん!」
「……はっ?」
ぴしゃりと叩き付けるような声によって、あと五分だけ延長するつもりだった布団との甘い生活は、あっけなく終わりを告げた。
それでも布団を手放すのが名残惜しくて、ぎゅうっと抱き締めたまま、視線だけを声の主へと向ける。寮で生活している中で環のことをこう呼ぶのは一人だけだ。
「もう朝だよ、いくら学校が休みだからって、いつまでも寝てちゃだめじゃないか。夕方からの収録までにアンケートを書かなきゃ」
アンケートなんて五分もあればお釣りがくる。移動時間を含めたって、あと三時間は眠っていい計算だ。むしろ、あと五分で起きようと思っていた自分を褒めてほしい。
「もう、起きて。ほら」
ばさり。存外強い力で、布団が剥ぎ取られる。
(う、さみー……)
なんとか体温を逃がさないようにと環は身体をまるめた。愛しい布団を救出してあげたいところだが、ちょっとやそっとじゃ取り戻せない。なんせ、相手はあの逢坂壮五。環が一生敵わないだろうと思っている人物。
「やだ、寝る」
そのうち呆れた溜息をついて、布団を返してくれることを願って。敵前逃亡するような返答は作戦の一種。敵わない相手とはいえ、従順になるつもりはない。
「たーまーきーくん!」
壮五は布団を手放し、今度は環の身体を揺さ振り始めた。壮五の両手が自分の腕に当たっていることを確認し、もう片方の腕を、布団が放られたであろう方向へと伸ばす。待ってろ布団、今助けてやっから。
「…………んん?」
腕を動かしてみても、布団があると思われるところにやわらかい感触はない。ただ、部屋の空気をかき混ぜるだけ。
しばらくそうしていると、壮五が「ふふ」と笑い出した。
「残念、環くんがお探しの愛しい布団さんは、僕が魔法で消し去ってしまったよ」
「はぁっ?」
勢いよく身体を起こし、きょろきょろとベッドの周囲を見渡す。
「……なんだ、あんじゃん」
ふにゃりと身体の力を抜いて、そのままベッドへと逆戻り。壮五が魔法によって消し去ったと言っていた布団は、環のベッドの足許に綺麗に折り畳まれていた。
もちろん、魔法を信じたわけではないが、壮五なら、こういうちょっと意地の悪い魔法を使えてもおかしくない気がしたのだ。
「目が覚めた?」
にっこりという文字が背後に見えそうな笑顔で、壮五が覗き込んでくる。
(大魔王……)
「……覚めた」
唇を尖らせ、恨めしそうな視線で壮五を睨む。
あぁ、せっかく気持ちよく微睡んでいたのに。アラーム音のあとに「あと五分」と微睡む時間が一日で一番幸せな時間だということを知らないのだろうか。壮五に教えたいことがまた増えてしまったなと考える。
「おはよう、環くん」
あぁ、恨めしい。恨めしいのに、こんなにかわいい顔で、至近距離で「おはよう」なんて言われたら。大魔王なんてとんでもない。天使だ。だって、ちょーかわいい。
「……ん」
尖らせていた唇を突き出す環を見て、壮五はきょとんとしている。
「ん?」
「ん、じゃなくて。起きたから。ごほーびのチューは?」
今度は両腕を伸ばして、壮五を抱き締める用意ができたことをアピールする。
早く早く。せっかく起きたんだから、時間を有意義に使いたい。いちゃいちゃできる魔法をかけて。
アラーム音が朝を告げていることはわかっているものの、春を迎えたばかりのこの季節は、一分一秒でも長く布団に包まれていたい。寮で暮らし始めてすっかり慣れたこのベッドは、世界一お気に入りの場所。
学校は楽しいし、ライブも好き。最近では、歌やダンス以外の仕事も楽しいと思えることが増えてきたが、やっぱり寝床が一番。布団、ちょー好き。もう一生離れたくねえ。環は誠心誠意、愛情を込めて、愛しい愛しい布団を抱き締めた。なんだっけ、健やかなるときも病める時も。うんうん、布団と結婚するのが一番だろう。そう独り言ちた。
「環くん!」
「……はっ?」
ぴしゃりと叩き付けるような声によって、あと五分だけ延長するつもりだった布団との甘い生活は、あっけなく終わりを告げた。
それでも布団を手放すのが名残惜しくて、ぎゅうっと抱き締めたまま、視線だけを声の主へと向ける。寮で生活している中で環のことをこう呼ぶのは一人だけだ。
「もう朝だよ、いくら学校が休みだからって、いつまでも寝てちゃだめじゃないか。夕方からの収録までにアンケートを書かなきゃ」
アンケートなんて五分もあればお釣りがくる。移動時間を含めたって、あと三時間は眠っていい計算だ。むしろ、あと五分で起きようと思っていた自分を褒めてほしい。
「もう、起きて。ほら」
ばさり。存外強い力で、布団が剥ぎ取られる。
(う、さみー……)
なんとか体温を逃がさないようにと環は身体をまるめた。愛しい布団を救出してあげたいところだが、ちょっとやそっとじゃ取り戻せない。なんせ、相手はあの逢坂壮五。環が一生敵わないだろうと思っている人物。
「やだ、寝る」
そのうち呆れた溜息をついて、布団を返してくれることを願って。敵前逃亡するような返答は作戦の一種。敵わない相手とはいえ、従順になるつもりはない。
「たーまーきーくん!」
壮五は布団を手放し、今度は環の身体を揺さ振り始めた。壮五の両手が自分の腕に当たっていることを確認し、もう片方の腕を、布団が放られたであろう方向へと伸ばす。待ってろ布団、今助けてやっから。
「…………んん?」
腕を動かしてみても、布団があると思われるところにやわらかい感触はない。ただ、部屋の空気をかき混ぜるだけ。
しばらくそうしていると、壮五が「ふふ」と笑い出した。
「残念、環くんがお探しの愛しい布団さんは、僕が魔法で消し去ってしまったよ」
「はぁっ?」
勢いよく身体を起こし、きょろきょろとベッドの周囲を見渡す。
「……なんだ、あんじゃん」
ふにゃりと身体の力を抜いて、そのままベッドへと逆戻り。壮五が魔法によって消し去ったと言っていた布団は、環のベッドの足許に綺麗に折り畳まれていた。
もちろん、魔法を信じたわけではないが、壮五なら、こういうちょっと意地の悪い魔法を使えてもおかしくない気がしたのだ。
「目が覚めた?」
にっこりという文字が背後に見えそうな笑顔で、壮五が覗き込んでくる。
(大魔王……)
「……覚めた」
唇を尖らせ、恨めしそうな視線で壮五を睨む。
あぁ、せっかく気持ちよく微睡んでいたのに。アラーム音のあとに「あと五分」と微睡む時間が一日で一番幸せな時間だということを知らないのだろうか。壮五に教えたいことがまた増えてしまったなと考える。
「おはよう、環くん」
あぁ、恨めしい。恨めしいのに、こんなにかわいい顔で、至近距離で「おはよう」なんて言われたら。大魔王なんてとんでもない。天使だ。だって、ちょーかわいい。
「……ん」
尖らせていた唇を突き出す環を見て、壮五はきょとんとしている。
「ん?」
「ん、じゃなくて。起きたから。ごほーびのチューは?」
今度は両腕を伸ばして、壮五を抱き締める用意ができたことをアピールする。
早く早く。せっかく起きたんだから、時間を有意義に使いたい。いちゃいちゃできる魔法をかけて。