大安吉日
環くんのことが好きだ。僕が音楽に傾ける情熱を優しく包んで、作曲に挑戦してみたいという夢を言葉にする勇気をくれた人。いわゆるMEZZO"らしい音楽と、自分の感情をそのまま表現した音楽。どちらを優先すれば、誰も傷付かないのか。どちらを選べば、環くんは隣で歌い続けてくれるのか。優先すべきものがわからなくなった僕に対し、いなくなることなんてないから好きにやればいいと、背中を押してくれた。
こんなの、好きにならないはずがない。
環くんは世界一といっても過言ではないほど格好よくてかわいいから、ぼんやりしてたら、誰かに取られてしまう。彼の警戒心の強さと十七歳という年齢が彼を初心な男のままでいさせてくれてるだけで、どちらかひとつでも失われたら、僕ではない誰かが、環くんに「あなたが一番だよ」と甘く囁いて、彼はその言葉についていくだろう。人一倍〝誰かの一番〟になりたい気持ちが強い子だから。
ガミガミと口うるさい相方より、甘い言葉をくれる恋人を選ぶ環くんを想像したら、気が狂いそうになった。
これが、年下の相方に恋心を打ち明けることにした理由だ。
告白するにあたって、緊張で頭が真っ白にならないよう、前もって文章を練ることにした。自分の想いの丈をぶつけるのに、言い忘れがあってはならない。人生初の愛の告白を完璧にこなすため、やんわりと振られても後悔のない恋にするため、やれることはなんでもやりたい。どんなところが好きか、いつから意識するようになったか、僕の好意が受け入れられない場合でもMEZZO"は続けてほしい。恋を、MEZZO"の解散条件に付け加えないで。返答がイエスでなくてもいいけど、この恋情に対する返答はもらいたい。一世一代の大告白を、なかったことにはされたくない。
夜な夜なパソコンに向かい、必死でタイピングしては、わかりづらい表現がないか、ぎっしりと詰まった文字を目で追う。緊張のあまり、まくしたてるように告白してしまう恐れがあるから、息継ぎをする箇所に印をつけておこう。音楽でいうブレス記号なら、見慣れてることもあって、極限状態にあっても見落とさずに済みそうだ。
文章をまとめたあとも、お互いのスケジュールの余裕がある日を確認したり、本番の日に着る服を選んだりといった準備がある。
愛の告白前って、こんなに忙しいものなんだなと思い知った。
◇
最近、そーちゃんがすっげえ変。晩メシ食い終わって、片付けたら、自分だけさっさと部屋に引っ込むんだぜ。いつもは、ヤマさんとかみっきーと飲み会したり、ナギっちと化粧水とかヨガとかシャンプーの話したり、もうちょっとのんびりしてんのに。
そーちゃん以外みんな揃ってるリビング。ソファーに寝っ転がって、スマホのゲームで遊んでたけど、今やってるイベント、もらえるアイテムあんまり強くないやつだし、なんかやる気出ねえの。いすみんからライフ送れーってラビチャくるから、一応、毎日ログインしてる。
「タマ、暇そうだなー」
「んー……そうかも」
「ソウが部屋にこもってばっかりで、構ってもらえなくてさみしいか?」
「別に、そんなんじゃねえし」
俺がそーちゃんのこと、そういう意味で好きなのは誰にも内緒。ヤマさんとか、からかうに決まってっし。いおりんにバレたら、アイドルが恋愛なんて~とか言って、ガミガミ怒られそう。みっきーとか、ナギっちとか、りっくんは、たぶん、頑張れって言ってくれると思うけど、メンバーの中でこいつには教えてこいつには内緒っての、差別してるみたいでだめじゃん? だから、誰にも言わねえの。あと、普通に、照れくさいし。
でも、最近、もしかしてそーちゃんも俺のことそういうふうに見てんのかもって思う時ある。MEZZO"の撮影で顔近い時、前はスンって顔してたのに、最近は、カメラ回ってる間はキリってしてるけど、終わった瞬間にバッて離れる。最初にそれやられた時は、なんか怒らせることしたっけって哀しくなって、そーちゃんと言い合いになった。
けど、そーちゃんは「環くんは悪くないよ。顔が近くてびっくりしただけなんだ」って言って、顔の近くを手でパタパタしてた。コンビになってから何百枚も撮影こなしてて今更かよって言いたかったけど、そーちゃんのほっぺたが真っ赤っかなのに気付いて、言うのやめたんだ。やめたっていうか、言えなかった。かわいかったから。
なぁ、そーちゃんってもしかして俺のこと好きなんかな? ……って、誰かに訊いてみたいけど、俺がそーちゃんのこと好きなの知られたくないから、このそわそわした気持ちのことも、俺だけの内緒。
そーちゃんのこと好きなんだって気付くまでは、なにかを内緒にするのって、悪いことだって思ってた。なんでもないふりしてんの、周りにうそついてるみたいじゃん。
でも、そーちゃんが好きってなってから、あー、人って、こうやって、なにかを内緒にすること覚えてくんだなって、ちょっとだけわかった。内緒の全部が悪いんじゃないっての、そーちゃんに恋をして、初めて知った。
(そーちゃん、部屋でなにしてんのかな……)
昨日もこんな感じだったから、みっきーに「作曲じゃないか?」って言われたけど、それは違う。作曲頑張ってるそーちゃんは、ちゃんと「今、曲をつくってるんだ」って教えてくれるから。そーちゃんは、音楽のことで俺に隠しごとしねえの。
ソファーでだらだらしてたせいで、敵の攻撃に気付くの遅くて、ゲームオーバーになった。まぁ、このクエスト、絶対勝ちたいやつじゃないからいいけど。
「ソウゴとおしゃべりがしたいなら、ソウゴを訪ねてはいかがですか?」
ナギっちが、なんでもわかってますよって顔で言ってきた。なんか、俺の気持ち見透かされてるみたいな気になんの、ちょっとそわそわする。俺がそーちゃんのこと好きなの知ってんのかな。探り入れてみたいけど、もし気のせいだったら、自分からばらしたみたいになるからやだな。
「……なんか用事があって部屋こもってんだろ。じゃあ、邪魔しちゃだめじゃん」
「タマキは、ソウゴの邪魔なんてしませんよ。ソウゴも、部屋を訪ねてきたのがタマキなら、歓迎するはずです」
やっぱり、なんでも知ってますって顔してる。ナギっち、俺らのこと大好きだからっていって、めっちゃ観察してるもんな。もしかしたら、ナギっちには、俺の気持ちも、ばれてんのかも。
「ナギっちが言うなら、あとでそーちゃんの部屋行ってみる。こっそり作曲してて、煮詰まってぶっ倒れられても困るし」
「タマキは、相方思いですね」
「……まぁな」
完成した告白の下書きに目を通す。自分で決めた期日ぎりぎりまでかかってしまったせいで、このあと、すぐに環くんの部屋に行かなければならない。いや、今の時間なら、まだ、みんなとリビングにいるかな。環くんが部屋に戻ってくるのを見計らって、彼の部屋を訪問しよう。いくらメンバーでも、衆人環視のもとで愛を告白できるほど自信家じゃない。
(そうだ、一応ラビチャで予告しておこう)
あとで部屋に行くねとだけメッセージを送ると、すぐに既読がついて、王様プリンが走ってるスタンプが返ってきた。これは……早く来い、ってことだろうか。
資料の作成に日数がかかったのは、息継ぎをする場所にブレス記号を入れようと閃いたせいだ。当たり前だけど、ブレス記号があるせいで、歌い方をメモした歌詞の下書きみたいになってしまった。
言い回しを調整して、メロディをのせたら、ラブソングにできるかもしれない。環くんだけに捧げる、環くんへの恋心だけを紡いだラブソング。いや、曲はつけないって決めたじゃないか。――そんな葛藤をするようになり、これは曲づくりではなく愛の告白なんだと自分に言い聞かせ、楽曲へと脱線しかけては文書に舵を切り直す日々を送っていた。あれがなければ、音読による練習の時間をもっと用意できただろうに。
(……やっぱり、ラブソングの歌詞、みたいだな)
いや、これはあくまでも、好意を打ち明けるにあたっての補足資料だ。叔父さんの若い頃に流行したらしい『サプライズでラブソングを歌って告白』をするつもりはない。だって、歌にしてしまうと、告白ではなく新曲のお披露目だと受け取られかねないから。
自分の認識に誤りがないか、もう一度、六曜カレンダーを調べた。大安、うん、合ってる。ついでにいうと、一粒万倍日と天赦日でもある、最強の日取り。環くんの反応は予想できないけど、よい日取りを選択するのは、基本中の基本。迷信だろうが、不成就日は避けられるなら避けておきたい。
縁起のよさそうなものはできるだけ集めておきたいから、今日の服はレコード会社の人に「MEZZO"の次の新曲は『Forever Note』でいきましょう」と言ってもらえた日と同じものにした。やや睡眠不足な点は否定できないけど、髪や肌のコンディションも悪くない。
コンコン、と部屋がノックされ、すぐに、環くんが僕を呼ぶ声が聞こえた。
こちらから訪ねるより先に、向こうから来てくれるなんて。ちょっと計画とは違うけれど、せっかくこの日にしたんだから……と、手許の資料を握る手に力を込めた。
こんなの、好きにならないはずがない。
環くんは世界一といっても過言ではないほど格好よくてかわいいから、ぼんやりしてたら、誰かに取られてしまう。彼の警戒心の強さと十七歳という年齢が彼を初心な男のままでいさせてくれてるだけで、どちらかひとつでも失われたら、僕ではない誰かが、環くんに「あなたが一番だよ」と甘く囁いて、彼はその言葉についていくだろう。人一倍〝誰かの一番〟になりたい気持ちが強い子だから。
ガミガミと口うるさい相方より、甘い言葉をくれる恋人を選ぶ環くんを想像したら、気が狂いそうになった。
これが、年下の相方に恋心を打ち明けることにした理由だ。
告白するにあたって、緊張で頭が真っ白にならないよう、前もって文章を練ることにした。自分の想いの丈をぶつけるのに、言い忘れがあってはならない。人生初の愛の告白を完璧にこなすため、やんわりと振られても後悔のない恋にするため、やれることはなんでもやりたい。どんなところが好きか、いつから意識するようになったか、僕の好意が受け入れられない場合でもMEZZO"は続けてほしい。恋を、MEZZO"の解散条件に付け加えないで。返答がイエスでなくてもいいけど、この恋情に対する返答はもらいたい。一世一代の大告白を、なかったことにはされたくない。
夜な夜なパソコンに向かい、必死でタイピングしては、わかりづらい表現がないか、ぎっしりと詰まった文字を目で追う。緊張のあまり、まくしたてるように告白してしまう恐れがあるから、息継ぎをする箇所に印をつけておこう。音楽でいうブレス記号なら、見慣れてることもあって、極限状態にあっても見落とさずに済みそうだ。
文章をまとめたあとも、お互いのスケジュールの余裕がある日を確認したり、本番の日に着る服を選んだりといった準備がある。
愛の告白前って、こんなに忙しいものなんだなと思い知った。
◇
最近、そーちゃんがすっげえ変。晩メシ食い終わって、片付けたら、自分だけさっさと部屋に引っ込むんだぜ。いつもは、ヤマさんとかみっきーと飲み会したり、ナギっちと化粧水とかヨガとかシャンプーの話したり、もうちょっとのんびりしてんのに。
そーちゃん以外みんな揃ってるリビング。ソファーに寝っ転がって、スマホのゲームで遊んでたけど、今やってるイベント、もらえるアイテムあんまり強くないやつだし、なんかやる気出ねえの。いすみんからライフ送れーってラビチャくるから、一応、毎日ログインしてる。
「タマ、暇そうだなー」
「んー……そうかも」
「ソウが部屋にこもってばっかりで、構ってもらえなくてさみしいか?」
「別に、そんなんじゃねえし」
俺がそーちゃんのこと、そういう意味で好きなのは誰にも内緒。ヤマさんとか、からかうに決まってっし。いおりんにバレたら、アイドルが恋愛なんて~とか言って、ガミガミ怒られそう。みっきーとか、ナギっちとか、りっくんは、たぶん、頑張れって言ってくれると思うけど、メンバーの中でこいつには教えてこいつには内緒っての、差別してるみたいでだめじゃん? だから、誰にも言わねえの。あと、普通に、照れくさいし。
でも、最近、もしかしてそーちゃんも俺のことそういうふうに見てんのかもって思う時ある。MEZZO"の撮影で顔近い時、前はスンって顔してたのに、最近は、カメラ回ってる間はキリってしてるけど、終わった瞬間にバッて離れる。最初にそれやられた時は、なんか怒らせることしたっけって哀しくなって、そーちゃんと言い合いになった。
けど、そーちゃんは「環くんは悪くないよ。顔が近くてびっくりしただけなんだ」って言って、顔の近くを手でパタパタしてた。コンビになってから何百枚も撮影こなしてて今更かよって言いたかったけど、そーちゃんのほっぺたが真っ赤っかなのに気付いて、言うのやめたんだ。やめたっていうか、言えなかった。かわいかったから。
なぁ、そーちゃんってもしかして俺のこと好きなんかな? ……って、誰かに訊いてみたいけど、俺がそーちゃんのこと好きなの知られたくないから、このそわそわした気持ちのことも、俺だけの内緒。
そーちゃんのこと好きなんだって気付くまでは、なにかを内緒にするのって、悪いことだって思ってた。なんでもないふりしてんの、周りにうそついてるみたいじゃん。
でも、そーちゃんが好きってなってから、あー、人って、こうやって、なにかを内緒にすること覚えてくんだなって、ちょっとだけわかった。内緒の全部が悪いんじゃないっての、そーちゃんに恋をして、初めて知った。
(そーちゃん、部屋でなにしてんのかな……)
昨日もこんな感じだったから、みっきーに「作曲じゃないか?」って言われたけど、それは違う。作曲頑張ってるそーちゃんは、ちゃんと「今、曲をつくってるんだ」って教えてくれるから。そーちゃんは、音楽のことで俺に隠しごとしねえの。
ソファーでだらだらしてたせいで、敵の攻撃に気付くの遅くて、ゲームオーバーになった。まぁ、このクエスト、絶対勝ちたいやつじゃないからいいけど。
「ソウゴとおしゃべりがしたいなら、ソウゴを訪ねてはいかがですか?」
ナギっちが、なんでもわかってますよって顔で言ってきた。なんか、俺の気持ち見透かされてるみたいな気になんの、ちょっとそわそわする。俺がそーちゃんのこと好きなの知ってんのかな。探り入れてみたいけど、もし気のせいだったら、自分からばらしたみたいになるからやだな。
「……なんか用事があって部屋こもってんだろ。じゃあ、邪魔しちゃだめじゃん」
「タマキは、ソウゴの邪魔なんてしませんよ。ソウゴも、部屋を訪ねてきたのがタマキなら、歓迎するはずです」
やっぱり、なんでも知ってますって顔してる。ナギっち、俺らのこと大好きだからっていって、めっちゃ観察してるもんな。もしかしたら、ナギっちには、俺の気持ちも、ばれてんのかも。
「ナギっちが言うなら、あとでそーちゃんの部屋行ってみる。こっそり作曲してて、煮詰まってぶっ倒れられても困るし」
「タマキは、相方思いですね」
「……まぁな」
完成した告白の下書きに目を通す。自分で決めた期日ぎりぎりまでかかってしまったせいで、このあと、すぐに環くんの部屋に行かなければならない。いや、今の時間なら、まだ、みんなとリビングにいるかな。環くんが部屋に戻ってくるのを見計らって、彼の部屋を訪問しよう。いくらメンバーでも、衆人環視のもとで愛を告白できるほど自信家じゃない。
(そうだ、一応ラビチャで予告しておこう)
あとで部屋に行くねとだけメッセージを送ると、すぐに既読がついて、王様プリンが走ってるスタンプが返ってきた。これは……早く来い、ってことだろうか。
資料の作成に日数がかかったのは、息継ぎをする場所にブレス記号を入れようと閃いたせいだ。当たり前だけど、ブレス記号があるせいで、歌い方をメモした歌詞の下書きみたいになってしまった。
言い回しを調整して、メロディをのせたら、ラブソングにできるかもしれない。環くんだけに捧げる、環くんへの恋心だけを紡いだラブソング。いや、曲はつけないって決めたじゃないか。――そんな葛藤をするようになり、これは曲づくりではなく愛の告白なんだと自分に言い聞かせ、楽曲へと脱線しかけては文書に舵を切り直す日々を送っていた。あれがなければ、音読による練習の時間をもっと用意できただろうに。
(……やっぱり、ラブソングの歌詞、みたいだな)
いや、これはあくまでも、好意を打ち明けるにあたっての補足資料だ。叔父さんの若い頃に流行したらしい『サプライズでラブソングを歌って告白』をするつもりはない。だって、歌にしてしまうと、告白ではなく新曲のお披露目だと受け取られかねないから。
自分の認識に誤りがないか、もう一度、六曜カレンダーを調べた。大安、うん、合ってる。ついでにいうと、一粒万倍日と天赦日でもある、最強の日取り。環くんの反応は予想できないけど、よい日取りを選択するのは、基本中の基本。迷信だろうが、不成就日は避けられるなら避けておきたい。
縁起のよさそうなものはできるだけ集めておきたいから、今日の服はレコード会社の人に「MEZZO"の次の新曲は『Forever Note』でいきましょう」と言ってもらえた日と同じものにした。やや睡眠不足な点は否定できないけど、髪や肌のコンディションも悪くない。
コンコン、と部屋がノックされ、すぐに、環くんが僕を呼ぶ声が聞こえた。
こちらから訪ねるより先に、向こうから来てくれるなんて。ちょっと計画とは違うけれど、せっかくこの日にしたんだから……と、手許の資料を握る手に力を込めた。