きみがいい
『結婚しよう』
プロポーズの言葉に嬉し涙を流すヒロイン。彼女の頬を優しく包む男の手がアップになったところで主題歌が流れ始めた。今から二十年ほど前に流行った曲だ。なるほど、この映画の主題歌だったのか。
共演者の出演作品のいくつかがストリーミング配信されていると知り、オフの日をめいっぱい使って視聴した。朝起きて一作品、食事のあとに二作品、昼食は適当に済ませ、そのあとも二作品。夕食の買い出し当番だったから、外に出たのはスーパーマーケットと寮の往復分だけ。寮に戻って洗濯物を取り込み、学校から帰ってきた環と一織を出迎えたあと、リビングで彼らが課題をやるのを横目に見ながら、今度はスマートフォンでまた一作品。壮五としては、非常に、充実した一日であった。
環から「そーちゃん、なにしてたの」と訊かれ、朝からずっと映画を観ていたと答えたら、ちょっと引かれたし、叱られた。楽しかったならいいけれど、限度がある。――年下の相方から当たり前の指摘を受け、確かに、今日の自分は熱中し過ぎたかもしれないなと気恥ずかしくなった。
一日中、ほぼ引きこもり状態で映画を観ていた壮五のためにと、風呂上がりに、環が肩や腰をもんでくれた。
疲労は感じていないし、そこまで世話を焼かれるのは申し訳ないから断ったのだが、たくさんの映画を一気に観て興奮状態にある今は平気でも、放っておいたら絶対にあとで頭が痛くなるからと、半ば強制的にうつ伏せに寝かされ、うっかり眠ってしまいそうなくらい気持ちいいマッサージを受けたのである。
「ありがとう。体がぽかぽかする」
「まぁな。ヤマさんのマッサージで腕上げてっから」
自分よりもひと回り大きな手が体のあちこちを優しく押してくれる気持ちよさで、壮五はすっかりふにゃふにゃになってしまった。
「ん、環くんはすごいね」
「だろ? そーちゃんも、してって言ってくれたら毎日でもやってやるけど」
「んー……? 毎日……」
「そ、毎日」
毎日、環の手で触れられる。ううん、仕事でしょっちゅうくっついているし、……だめだ、本当に頭がふわふわしてきて、うまく答えられない。
「まいにち、いいなぁ」
「そーちゃん、難しいことばっか考えて頭かちかちだもんな。ちょっと頭やわらかくしたほうがいいかも」
「んん」
こめかみを優しく押す指。なんとなく、彼の手に触れたくなった。
「痛かった?」
気遣ってくれる環の言葉に、首を小さく横に振る。
「手、すきだなぁって。……あのときも、そで、よごれてるけどって」
「……ふぅん」
涙で滲む視界でも、環の手が近付いてきたのはわかった。あの瞬間、誰よりも会いたくて、誰よりも頼りにしていた、一番大切な人。
「あったかくて……ずっと、さわってたい……」
「っ、そぉ、ちゃん……」
瞼が重くて、目を開けていられない。彼のマッサージ効果はすごい。自分は、どちらかといえば寝つきの悪いタイプなのに。
たぶん、このままくっついて眠ったら、ものすごくぐっすり眠れる気がする。
「きょうね、みてたやつで、けっこんしようって、セリフのあとに……こうやって、ほほに、こうやって、そえてて……」
「うん……」
環の手に頬ずりする。すごくあたたかくて、心地よくて、いよいよ意識が飛びそうだと思った。
「ぼくなら、この手が、いいな……」
寝落ちした壮五にしっかりと手を握られていて、今夜はここで眠るしかないなと、溜息をつく。朝、目を覚ました壮五がさみしい思いをするのはいやだから。
(……俺も寝よ)
握られたままの手をそっと解き、壮五のベッドに潜り込んだ。至近距離に、好きな人の寝顔。だめだ、心臓が破裂するかもしれない。これ、生殺しってやつだよなぁ。――壮五を起こさないよう、心の中で、誰に言うともなく問いかける。
うとうとしながらこぼした言葉を、本人がどこまで覚えているのかは、明日になってみないとわからない。
どうか、少しだけでもいいから覚えてくれていますように。
覚えていなかったら?
その時は、同じことをそっくりそのまま返してやる。
プロポーズの言葉に嬉し涙を流すヒロイン。彼女の頬を優しく包む男の手がアップになったところで主題歌が流れ始めた。今から二十年ほど前に流行った曲だ。なるほど、この映画の主題歌だったのか。
共演者の出演作品のいくつかがストリーミング配信されていると知り、オフの日をめいっぱい使って視聴した。朝起きて一作品、食事のあとに二作品、昼食は適当に済ませ、そのあとも二作品。夕食の買い出し当番だったから、外に出たのはスーパーマーケットと寮の往復分だけ。寮に戻って洗濯物を取り込み、学校から帰ってきた環と一織を出迎えたあと、リビングで彼らが課題をやるのを横目に見ながら、今度はスマートフォンでまた一作品。壮五としては、非常に、充実した一日であった。
環から「そーちゃん、なにしてたの」と訊かれ、朝からずっと映画を観ていたと答えたら、ちょっと引かれたし、叱られた。楽しかったならいいけれど、限度がある。――年下の相方から当たり前の指摘を受け、確かに、今日の自分は熱中し過ぎたかもしれないなと気恥ずかしくなった。
一日中、ほぼ引きこもり状態で映画を観ていた壮五のためにと、風呂上がりに、環が肩や腰をもんでくれた。
疲労は感じていないし、そこまで世話を焼かれるのは申し訳ないから断ったのだが、たくさんの映画を一気に観て興奮状態にある今は平気でも、放っておいたら絶対にあとで頭が痛くなるからと、半ば強制的にうつ伏せに寝かされ、うっかり眠ってしまいそうなくらい気持ちいいマッサージを受けたのである。
「ありがとう。体がぽかぽかする」
「まぁな。ヤマさんのマッサージで腕上げてっから」
自分よりもひと回り大きな手が体のあちこちを優しく押してくれる気持ちよさで、壮五はすっかりふにゃふにゃになってしまった。
「ん、環くんはすごいね」
「だろ? そーちゃんも、してって言ってくれたら毎日でもやってやるけど」
「んー……? 毎日……」
「そ、毎日」
毎日、環の手で触れられる。ううん、仕事でしょっちゅうくっついているし、……だめだ、本当に頭がふわふわしてきて、うまく答えられない。
「まいにち、いいなぁ」
「そーちゃん、難しいことばっか考えて頭かちかちだもんな。ちょっと頭やわらかくしたほうがいいかも」
「んん」
こめかみを優しく押す指。なんとなく、彼の手に触れたくなった。
「痛かった?」
気遣ってくれる環の言葉に、首を小さく横に振る。
「手、すきだなぁって。……あのときも、そで、よごれてるけどって」
「……ふぅん」
涙で滲む視界でも、環の手が近付いてきたのはわかった。あの瞬間、誰よりも会いたくて、誰よりも頼りにしていた、一番大切な人。
「あったかくて……ずっと、さわってたい……」
「っ、そぉ、ちゃん……」
瞼が重くて、目を開けていられない。彼のマッサージ効果はすごい。自分は、どちらかといえば寝つきの悪いタイプなのに。
たぶん、このままくっついて眠ったら、ものすごくぐっすり眠れる気がする。
「きょうね、みてたやつで、けっこんしようって、セリフのあとに……こうやって、ほほに、こうやって、そえてて……」
「うん……」
環の手に頬ずりする。すごくあたたかくて、心地よくて、いよいよ意識が飛びそうだと思った。
「ぼくなら、この手が、いいな……」
寝落ちした壮五にしっかりと手を握られていて、今夜はここで眠るしかないなと、溜息をつく。朝、目を覚ました壮五がさみしい思いをするのはいやだから。
(……俺も寝よ)
握られたままの手をそっと解き、壮五のベッドに潜り込んだ。至近距離に、好きな人の寝顔。だめだ、心臓が破裂するかもしれない。これ、生殺しってやつだよなぁ。――壮五を起こさないよう、心の中で、誰に言うともなく問いかける。
うとうとしながらこぼした言葉を、本人がどこまで覚えているのかは、明日になってみないとわからない。
どうか、少しだけでもいいから覚えてくれていますように。
覚えていなかったら?
その時は、同じことをそっくりそのまま返してやる。