釣られたのはどちら?

『LINK RING WIND』パロディ(アンズ×オウレン)
※イベントストーリー履修後の閲覧推奨

 先日のことがあって以来、ヨイノの街ではニーゼの服がはやりつつある、らしい。というのをカイドウから聞いた。この暖かいシンヨーで厚着をするなんて信じられないと顔を顰める彼に対し、精霊たちと接触してからは涼しさを感じる日もあるのだからたまにはいいのではと変化を受け入れつつあるリョウブ。
 変化を受け入れつつあるといえば――
「今日はもう失礼するよ」
「オウレン様、その荷物はいったい……?」
 執務室の端に隠すように置いていた麻袋に手を伸ばすと同時、カイドウが声をかけてきた。誰よりも厳格なカイドウのことだ、神官が持つにはおよそ相応しくないそれに、警戒心を抱いたに違いない。
「きみは上官の私物に興味があるのかな?」
「いえ、……失礼いたしました」
 ――あの日の俺は、思いのほかあっさりと受け入れてしまった。

 ヨイノの外れにある、この街にしては珍しく手入れの行き届いていない川沿いに腰を下ろし、麻袋から中身を取り出す。伸縮性があるものを選んだのは、部下たちに悟らせないため。
 時代も生き方も違う他国に興味を抱くなんて、あの男に出会うまでは思いもしなかった。もといた場所に帰れと諭したのは自分なのに、別れの挨拶もなく消えてしまうなんて、ひどい男だ。どこまでも憎らしいから、際限なく焦がれてしまう。純粋な興味だけだったら、きっと、すぐに忘れられただろうに。
 たった一度、彼がよそ者だと知る前に暴かせたこの体は、あれ以来、自身でどんなに慰めても満足感を得られることがなく、周りから見えない程度の熱を燻らせたままだ。責任を取らせようにも会うすべが――あの日をもってシンヨーがあの鏡を使うことは禁じられたから――ない以上、俺は一生、会えもしない男の熱を思い出してむなしく発散する日々を送っていく……のだと思う。
「暑い……」
 一人だというのに、声に出てしまった。
 ヨイノの流行にのってニーゼの服を身にまとうのは、あの男が探し続けていた旧友が羨ましかったから。初めからニーゼに行けていればすぐ会えたのに、かわいそう。でも、ここに来てくれたから、俺はあの男を知ることができた。知ってよかったのかは、何ヵ月経ってもわからないけれど。かわいそうだけれど、ありがとう。
 ……暑いだけだし、着るんじゃなかったな。着たって、探してもらえるわけではない。虚しさが増す一方だ。
「なにか釣れんの?」
 突然頭の上から降ってきた声に、思わず、身をかたくする。焦がれるあまり、幻聴の症状まで現れるなんて、恋とは、ひどく滑稽なものだ。
「なーあー、無視すんなって。それ、釣れてんの?」
「……魚は釣れないよ。釣餌をつけてないからね。それに、ほら」
 水面から浮かせたままの釣り針の先を揺らす。釣り針をまっすぐに加工し、先端を水面に触れさせず、間違っても魚が引っかからないようにしてある、特別な釣り竿だ。
「じゃあ、なんでこんなことしてんの?」
 無遠慮に腰掛けた男は、あの時と寸分違わぬ晴れた空色の瞳で、こちらの顔を覗き込んできた。頬に熱が集まったのを感じる。
「考えごとだよ。あとは、……古い話だから、きみの時代ではもうあまり学ばないかもしれないけど」
「ばかにするなよ、これでも子どもの頃からいろんな本、読まされてきたんだ。魚よりでかいの、釣れた?」
「……釣れたね。天下を釣った気分だ」
「じゃあ、もうこれはおしまいでいいよな」
 おもちゃでしかない釣り竿を取り上げられ、あ、と思う間もなく抱きすくめられる。
「釣れると思ってなかった」
「俺も、釣られると思ってなかった」


    《ひとこと感想》

     



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