茶番劇

交際していないのに強引に手や口で愛撫する描写あり(環←壮五、環→壮五とも)
環→壮五への攻めフェラや、一箇所だけ壮五のハート喘ぎがあります
ただし、挿入はありません

 人の弱みにつけ込むなんて、人として、最低の行為だと思う。いつか絶対に痛い目を見る。多くの書籍、ドラマ、映画、歌で言われ続けていることだ。壮五だってそれはそうだと思うし、これまで〝逢坂の人間として〟求められない限りは――つまり、壮五個人としては――人の弱みにつけ込んで有利に立とうとはしてこなかった。

 ◇

 ファイブスターカンパニーの後継者として、父に同行することが何度かある。今夜もそうだ。宿泊を伴うほど遠方だったから、使用人が立派なホテルを手配してくれていた。これまでも、ファイブスターカンパニー系列のホテルがあればそこを、なければ、父が信頼を置くホテルグループから選定される。家族旅行ではないから、当然、別室。
 そこまで思い返して、数年前の家族旅行でも、プレジデンシャルスイートとコネクティングルームを予約されていて別室だったなと力なく笑った。いや、あれはマスタールームのいくつかあるリビングのひとつにピアノがあったから、叔父や音楽の話をさせたくなくて、マスタールームのそれらに引けを取らない広さのバスルームとベットルームがついたところに追いやられたのかも。
 今夜の食事もルームサービスかと、メニューに視線を落とす。
 ――逢坂の馴染みの店以外で食事をするな。おまえみたいな子どもでも、店に行くだけで、相手にとっては逢坂に取り入るきっかけを与えかねない。
 入浴と睡眠だけできればいいのに、今夜の部屋はリビングが二部屋もあって、そのうちのひとつから見える景色は抜群らしい。御堂家のホテル事業が何年も前年比百パーセント以上の利益を出しているというだけある。ただ……多くの労働者の上に立たせてもらっているだけの自分がみっともなくて、部屋に案内されて以降、カーテンは閉めたままだ。
「すみません、ルームサービスをお願いしたいのですが――」
 父から言いつけられている通り内線でルームサービスを頼めば、自分のような学生相手にも、ホテルスタッフが恭しく頭を垂れて料理をもってきた。
「いただきます。……」
 心の中でだけ、おいしいなと呟く。家で使用人に見張られながらとる食事よりはましだが、ホテルスタッフに対し品のいい学生らしく振る舞って食事を運んでもらう自分はなんなのだろう。あの人たち、いくら仕事とはいえ、ひと回り以上も年の離れた子どもに媚びへつらって、プライドは傷付かないのかな。そんな考えが一緒についてくるあたり、学生のうちからつまらない人間への道を歩んでいるのを自覚してしまう。……べつに、おもしろい人間になりたいかと問われると、そういうわけではないのだけれど。
「ごちそうさまでした」
 誰もいない部屋でも、食事の挨拶は欠かさない。父の教育ではなく、これは、亡くなった叔父がやっていたことだ。つくってくれた人が目の前にいるからとりあえず言うんじゃなくて、自分の糧となってくれる、目の前のお皿にのったものへの敬意を忘れないために言うんだよ。――スーパーで二割引きだったという総菜を前にそう話す叔父を見て、この人は、どんな小さな命も見捨てないのだろうなと感じた。
 行儀よく食事を終え、再度呼んだホテルスタッフに皿を片付けてもらったら、翌朝までは自由時間だ。
 足を伸ばしても余裕で入れるバスタブに湯を張り、こっそり持ってきた音楽プレイヤーを再生しながら、その日顔を合わせた取引相手のパーソナルデータを復習する。いずれは自分が相対する相手だ。弱みにつけ込まれないよう、相手の得手不得手、会話の癖もしっかり把握しておかなければ。いくら自由時間とはいえ、後継者として勉強しなければならないことは山ほどあって、一向に気が休まらない。
 人の弱みにつけ込むなんて、人として、最低の行為だと思う。いつか絶対に痛い目を見る。それでも、逢坂家はそれをうまく利用し、痛い目を見る前に相手を潰してきた。
 自分も、そう遠くない未来にそういう人間になるのだろうか。
 そんなの、いやだなぁ。――その呟きは、いついかなる時も弱みを見せるなという父の言いつけを守るためか、シャワー音に掻き消されるほど小さなものだった。

 ◇

「そー、ちゃん」
 人の弱みにつけ込むなんて、人として、最低の行為。そう思っていたくせに、今、自分がやろうとしていることはなんなんだ。
「僕だからいいけど、僕以外の誰かがこれを知ったら」
 人一倍恥ずかしがり屋な彼のことだ。澄み渡った空みたいな瞳から、感情の雫がぽろぽろとこぼれ落ちたり、それ以上言うなと声を荒らげて両耳を塞いだりするところが、容易に想像できる。そんな情景を思い浮かべたら、目の前の男を食べてしまいたくなった。恥ずかしがって涙目になっている彼は、この世のどんなものよりも、かわいい。
「セーリゲンショーじゃん」
「そうだね、環くんは十七歳だし、ふとした弾みでそうなる。なにもおかしなことはないよ。ただ……、誰かを想ってるみたいな自慰はね。事務所から特に恋愛を禁止されてないとはいえ、アイドルである以上、あまりよくないんじゃないかな」
 ゆったりとした口調で話している壮五だが、実は、はらわたが煮えくり返りそうなほどの嫉妬心と、焦りを感じている。
 環の部屋から荒い息遣いが聞こえ、魘されているのかと駆け付けた壮五が見たのは、性器を強く擦りながら「すき、すき」と譫言のように呟く環の姿だった。恋愛なんてまだまだ縁がなさそうな振る舞いをしておいて、いったい、どこの誰に心を奪われているのだろう。ほのかな恋心なんて言葉で片付けられるレベルじゃない、明確な性愛を抱く相手。メンバーの中で誰よりも一緒にいる時間が長いのに、いつ、どこで、そんな相手と出会ったのか。単独の仕事? それとも、学校? あぁ、考えれば考えるほど、いらいらする。
 見てはいけないものを見てしまった罪悪感を一瞬よりも早い速度で打ち消した感情の正体は、環への恋心にほかならない。
 恋心を自覚しないままでいられたら、どんなによかったか。日々の暮らしの中でふと顔を覗かせる恋心を抑え込みながら、こっそり楽しむくらいならいいかと諦めたところだったのに、こんなところに遭遇してしまっては、もう、抑えられる自信がない。
 壮五に詰め寄られて萎えたらしい性器を見下ろす。寮の風呂は数人ずつでも入れる広さだし、仕事で遠方に泊まった時は基本的にツインルームで一緒に過ごすから、彼の裸を見たことはこれまでに何度もあった。ただ、他人のそこをまじまじと見ようとはしなかっただけで。
「なに」
「なんでも。それより、僕の質問に答えて」
 質問? ――湿度を孕んだ疑問のまなざしを感じて、ぞくりと背筋が震えた。
「よくないんじゃないかって言ったよね?」
 体格のいい彼らしく、そこも、萎えていても立派だとわかる大きさのものだった。これが既に他人に快感を与えているのか、それとも、まだなのか。
「好きな人がいるの? いるんだよね。じゃなきゃ、譫言みたいに好きって言いながらしない」
「……悪いかよ。俺が一人で勝手にやってるだけで、誰にも迷惑かけてねえじゃん」
 少し、胸のもやもやが空く思いがした。今の言葉が真実なら、彼は誰かに焦がれてはいるものの、それを成就させてはおらず、また、そのつもりもないということ。
 手に負えなくなった感情は、今までのひそかな欲より大きな欲を生み出すらしい。確かに、好きなものに対しては人一倍よくばりになってしまうタイプだと自覚してはいるけれど、こんなところでも、そうだったか。むしろ、今までよく抑えられていたものだ。
「ごめん、怖がらせたね。一人で、誰にも知られないようにしてるならいいんだ。さっき見たことも、僕だけの秘密にする」
「俺も、ごめんなさい。ちゃんと気を付ける。……気持ち悪いって、なんなかった?」
「言っただろう、生理現象だからって。環くんを軽蔑なんてしない」
 環が安堵するのがわかって、壮五はこっそりと唾を飲み込んだ。
 いつか絶対に痛い目を見る。それでも、ここで彼を解放するわけにはいかない。
「せっかくいいところだったのに、邪魔して、怒って、僕こそお詫びするべきだと思ってる。だから、少しの間だけ、目を閉じててもらえる?」
「目? 〜〜っ、ばか! どこ触ってんだよ!」
 完全に萎えたものを握り込み、環が飛びのくのを制止する。初めから勢いよく擦り上げると、あっという間に、壮五がここに来た時と同じくらいにまで大きく膨らんだ。
「目を閉じてって言ったじゃないか。好きな人を思い浮かべて。自分でするより、人にされたほうが気持ちいいから」
 たぶん、という言葉は心の中でつけ足した。他人に触らせたことなど一度もない壮五にとっても、それは〝想像〟や〝願望〟でしかないからだ。
「さっきも思ったけど、すごく大きいね。男として羨ましいな。……あぁ、僕の声はないほうが、頭の中の想像に集中できていい?」
 うそ、本当は、めちゃくちゃ邪魔してやりたい。好きな人を思い浮かべているそばから聞こえる相方の声に、思考もなにもかも占拠されてしまえばいいのに。
 環が返事しないのをいいことに、壮五はそのあとも声をかけるのをやめなかった。
「先っぽ、すごくぬるぬるしてる。興奮度と比例するっていうから、それだけ、興奮してるんだよね」
「そぉ、ちゃん……っ」
 亀頭の先端を指でくるくるとなぞっては離し、透明な糸が引くのを見て、壮五の口内の唾液がどっと増す。カリの部分がしっかりと張り出していて、自分の精液以外のものを絶対に掻き出すという迫力がある。かといって、そこだけが大きいのではなく、竿も、真ん中あたりが太く、奥を突きながら内壁をていねいに擦り上げられそうだ。環の性器の美しさに惚れ惚れするとともに、これがほしいなという気持ちがどんどん強くなっていく。
 良質な精液をたくさんつくっていそうな重い陰嚢を反対の手でもてあそぶ。あぁ、これがほしいな、食べちゃいたいな。
「うぁっ⁉」
「んむ……ん、……っ」
 口に含んだ瞬間に彼のものがさらに大きくなったのがわかって、手で触っていた時以上に気分がいい。奥まで咥えてみたかったけれど、それはさすがに顎が外れそうだ。
「ばか、やめ……」
「んーん、んぅ……」
 環のものから分泌される液と自分の唾液が口の中で混ざる背徳感に、くらくらした。口の中で反応する環のものに、自分の興奮度が高まっていくのがわかる。こんなことをするなんて、自分でも驚きだ。でも、早く食べちゃいたいと思ったら、止まれなかった。
「ん、おっきぃ……」
 咥え込むのはやめにして、竿を舐めることにする。このほうが、彼のものを直に見ていられていい。普段の彼の言動や、ここまでの様子から、こんなことをされた経験はなさそう。つまり、強烈な印象を与えられるというわけだ。ただの相方でしかない自分が、彼のここを、初めて。
 舌先で裏筋を刺激しながら、壮五はもじもじと膝を擦り合わせた。眠る前、その日の彼がいかに格好よかったかを反芻しながらする自慰とは比べものにならないくらい、大きくなるのが早い。もしかしたら、ここまでふくらんだことはないかも。これから先、彼のものを手や口で愛撫したことを思い出しての自慰にはまってしまいそうだ。
「ばか、……っ」
「ばかばかうるさいよ。ちゃんと集中して」
 竿を両手で擦ったり、先端を親指でぷるんと弾いたりと、自分のものを処理する時の要領で愛撫する。
「も、出るからっ……」
 壮五の手から逃れようと身を捩る環を見て、更に燃えてしまう。なにがなんでも逃がしたくない。小さいとよく言われる口を懸命に開き、再び、環のものを咥え込んだ。
「ちょ、だめだって!」
「んーっ!」
 壮五を退けようと、環の手が懸命に額を押してくる。普段の彼ならもっと力を出しているところだろう。しかし、大事なところを咥えられていることと快感とで、いつもの半分の力も出ていない。それがすごく嬉しくて、わざとらしい音を立てながら頭を前後に振った。何度か喉を突きそうになるたびにえずきそうになったが、そのたびに、狭い喉に締められるのが気持ちいのか、環のものが限界を訴えてくる。喉奥まで咥え込み、頬に力を入れて中を狭めた直後――
「うっ……」
 ――喉奥に直接流し込むような勢いのいい射精に怯みそうになりつつ、一滴たりとも逃すものかと、ちゅうちゅう吸い続ける。出してしまった環の体は本能に負けたかのように腰をかくかくと動かしていた。
「……ん、結構多いね。いつもそうなのかな」
 それとも、何日か溜めていたのか。気にならないわけがない、好きな人の性事情。それがついこぼれてしまったのが、よくなかったらしい。
「わっ、なに……」
 強く腕を引かれ、環のベッドの上に縫い付けられる。押し倒されるって、こういう景色なのかと感慨に浸る間もなく、ふぅふぅと息を荒らげる環の手が下半身に伸びてきた。
「え、ちょっと」
「なんだ、そーちゃんも勃ってんじゃん。いつから?」
 ひどい質問だ。どう考えたって、環を問い詰めていた時は平常だったとわかっているくせに。
「もしかしてー、俺のちんこ触ったり、舐めたりしたせい?」
「知らな、あっ」
 遠慮なく下着の中に侵入してきた手が、壮五のものを握り込む。
「うわ、先っぽ、さっきの俺よりびちょびちょじゃね? ここのぬるぬる、コーフン度と比例、すんだよな」
「だめ、だめ……」
 濡れたものを竿に塗り広げるような手の動きから、今まで味わったことのない強い快感を与えられている。逃げたくても、反対の手で腕をしっかりと抑えられていて、わずかに身を捩るのが精一杯だ。
「んぁぁっ♡」
 信じられない声が出て、咄嗟に手で口を覆う。今のは、本当に自分の声?
「……エロいなーって思ってたけど、声もエロエロじゃん。俺、そんなにうまい?」
「知らな、あっ、アァッ……」
 反論しようと手を離したのが間違いだった。一度とんでもない声を出してしまったのもあってか、そこからは堰を切ったようによがった声が出てしまう。他人にされたほうが気持ちいいのは、本当だったらしい。
「さっき、俺の見てでかいっつってたけど、そーちゃんも結構すげえのな。きれいな顔してエッロいちんこ。でも、色とか、キンタマのかたちとか、すっげえきれい」
「なに、あ、あぁっ!」
 あたたかいものに包まれる感触に、まさかと思って下半身を見遣る。そこには、壮五の股間に頭をうずめた環の姿があった。
「うそ、や、だめ、だめだってばぁ……っ」
 そんなところを触られただけでも気がおかしくなりそうなのに、口でされるなんて、正気を保っていられないじゃないか。好きな人がいるくせに、どうして。
「だめじゃなくて、いいって言ってみ」
 じゅるっという音には、彼の唾液だけでなく自分の性器からあふれたものも混ざっているのだろう。恥ずかしくてたまらないのに、気持ちいいことから本気で逃げようとは思えない。もっと、今だけでいいから、もっと触ってほしい。仕返しみたいに触ってきたんだから、責任を取って。……好きな人のことなんて、きらいになればいいのに。
「うー……」
「え、わーっ! 泣くな泣くな! いや、あんたはもうちょっと泣いていいけど!」
 呻き声のつもりが、涙が出ていたらしい。慌てて身を起こした環に抱き締められ、ますます、情けない声が出てしまった。
「ごめん。ごめんなさい。むかついたからって仕返しするの、よくなかった」
 親指で拭われた涙が、そのまま、環の唇に運ばれていく。本当かどうかはわからないけれど、ぺろりと舐めて「しょっぱ」なんて言われた。
「ううん、僕こそ、こんな……」
 嫉妬と焦燥感に駆られたとはいえ、自分のしたことは絶対にだめなことだ。MEZZO”を続けられるかどうかどころの話ではない。社会的に消えるべき行為なのだから。
「……ごめん、萎えちゃったな。そーちゃんのこと、仕返しとかなしで気持ちよくしてあげたかった」
「そんな、いらないよ」
 対等でありたかったとしても、そんなことをしてもらう道理はない。
「じゃなくて。んー……、いっこだけ訊いていい? そーちゃんは、俺のこときらいだから、いやがらせしてやろうって、エロいことしてきたん?」
「そんなわけない! でも、腹立たしい気持ちはあった……最低だ……」
「腹立ってたん? なんで? ……あ、やっぱいい。今の顔でわかっちゃったし」
「えっ」
 自分の顔が青ざめたのがわかる。顔に出ていた? どんな感情が? 知られても問題のない範囲か?
 なにを言うべきかわからず、口をはくはくさせる壮五に対し、環は少し考えるそぶりを見せてから、壮五の耳許に唇を寄せた。
「俺の好きな人のこと、そーちゃんは内緒にしてくれる?」
「そりゃあ、言いふらすつもりはないよ。でも」
「でも?」
「聞いたら苦しくなるから、話さないで」
 なにが哀しくて、好きな人の恋の話を聞かなければならないのか。それとも、これが環に無体をはたらいた罰だとでもいうのか。たぶん、社会的に消されるより苦痛だ。
「俺は、そーちゃんに聞いてほしい。そーちゃんにだけ、教えたい。でも、ちょっとだけいじわるしてもいい?」
「いじわ、んぅっ……」
 噛みつくようにキスをされた、と理解するより早く、舌が入ってきた。呼吸ごと奪うように角度を変えたり、舌先で口の中を宥めたりしてくる。いったい、どこでこんな。
「ふっ、ん、ん……」
「ん、かわい……」
「あ、うそ……」
 今ので、さすがにわかってしまった。だって、今の言い方は、ここで環がしていることを見てしまった時の彼の声と、同じ熱を孕んでいたから。
「……は、うそじゃねえし。もっかいする?」
「その前に……環くんの好きな人のこと、聞きたい。だって、これ以上こんなふうにされたら、わけがわからなくなってしまいそうで……あと、どうしてこんな……」
 唇は離れたのに、まだ、感触が残っているような気がする。キスって、こんな感じなんだ。あんなふうに動かすんだ。指先で唇に触れたまま、環を見遣る。お互い、キスシーンのある仕事はまだ経験していないのに、どこでこんな差が生まれたのだろう。
「もしかして疑ってんの? 普通に、そーちゃんが初めてだし。俺ら、仕事より先に好きな人とできてラッキーだな」
 聞けば、さきほどの「ちょっとだけいじわる」が、今のキスだったらしい。やり方なんて知らないけれど、感情の赴くままにやってみただけなのだとか。
「優しくしたいのが一番だけど、ちょっとだけ、本当にちょっとだけな。好きな人のこと困らせて、俺のことで頭いっぱいになって、わーってさせたくなる気持ちっつーの? なんか、そういうのもある。俺の好きは、そういう好きだよ。そーちゃんは?」
「……一番近くで見守っていたいからこそ、告白するつもりはなかった。そのくせ、好きな子には誰かいい人がいるんじゃないかっていう可能性に気付いただけで腹が立って、強引な手段に出てしまう、そういう好きだよ。たぶん、自分が思うよりずっと、独占欲も嫉妬心も強いんだ。好きな子が知ったら、怖がらせてしまうかも」
 強引に触れておいて、なにもなかった昨日までの自分たちと同じように過ごせるとは思っていない。だからこそ、本当に関係を進めていいのか、確かめておく必要がある。
 仲間も、相方も、事務所から与えられた関係だ。でも、今のこのやりとりの先にあるのは、自分たちで、自分たちの関係に新しい名前をつける行為。関係に名前をつけることの怖さ、重さをものともせずに、明日から過ごせるのか。
「相手が、そーちゃんのやばさは俺が一番わかってるって自信持ってても?」
「それは心強いな。でも、僕の好きな子は誰よりも優しいから、甘え過ぎないよう、気を付けるよ。さっきみたいな〝いじわる〟も、僕にとってはいじわるじゃなかったし」
 一瞬の沈黙のあと、どちらからともなく笑ってしまった。なんて茶番劇だ。
 仲間で、相方で、そこに、恋人という名前も増やしてみるのはどう? ――そんなふうに言ったら、目の前の彼はどんな反応をするだろう。まわりくどい? もっとシンプルに言えって言いそう?
 じゃあ、今度はこちらからキスをして、素直に白状しようかな。


    《ひとこと感想》

     



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