笑顔

 デビューしてから十年。MEZZO”やIDOLiSH7の振付に俺の意見が反映される部分が少しずつ増えていって、今ではほとんどの曲で俺が振付担当。最近は、事務所経由で外部からの依頼もくるようになったんだ。
 これはまだ内緒だけれど『劇場版まじかる★ここな』の主題歌には〝振付・四葉環〟ってクレジットされることになっている。ここなが歌に合わせてダンスをするっていう設定のCG映像にするから、その振付を考えてほしいんだって。映画を見た小さな子たちが家で踊りたくなっちゃうようなやつっていうオーダー。
 名前が載るとはいえ、俺本人が表舞台に出るタイプの仕事じゃない以上、メンバーが相手でもぺらぺらしゃべっちゃいけない。なんとか自力で頑張りたかたけれど、今までと違う視点で振付を考えることに難航して、許可をもらったうえで、そーちゃんとナギっちに相談することにした。
「昔、職業体験でモンジェネを教えてたよね」
「あー、あったあった」
 忘れていたわけじゃないよ。そんなこともあったなって感じ。
 難しすぎる技はガキんちょたちが踊れなくて家で癇癪を起しちゃうから、できるだけ避けたい。
「やはり、過去の資料からヒントを得るのが得策では?」
『まじかる★ここな』の主題歌でここながダンスをするCGになるのは、別にこれが初めてじゃない。相談相手にナギっちを含めたのはそれが理由だ。
 そーちゃんにも相談しているのは、恋人だからっていうのもあるし、俺のことをよく見てくれている人だから、さっきみたいな言葉をもらえるのを期待してのこと。これを言ったらさすがに怒られるから言わないけれど、なにも、建設的な意見ばかりがほしいわけじゃないんだ。

 ◇

「なんだか、ごめんね。実のある話にならなかった気がする」
 事務所のミーティングルームを借りられる制限時間がきちゃって、俺の仕事の悩み相談は二時間でお開きになった。ナギっちは制限時間のちょっと前に仕事に向かわなきゃいけない時間になって、最後のほうはそーちゃんとしゃべっていただけ。
「いいよ、気分転換になった。具体的なアドバイスより、雑談っぽくなるのがほしかっただけかも」
 でも、話す前より、やってやる! って気持ちが増えている。一人で頭を抱えて呻いているより、まったく同じ内容じゃなくても、同じ時間になにかを頑張っている仲間とちょっとでもおしゃべりするほうが、ずっといい。パワーをもらえるっていうのかな――
「そう? でも、僕も話せてよかった。家でも仕事中でもない場所で誰かの仕事の話を聞くのが久しぶりだったからか、帰ったら僕も頑張ろうって気になったし」
 ――ううん、俺だけがもらっているんじゃない。そーちゃんも一緒だったみたい。ナギっちもそうかも。今度訊いてみよっかなぁ、あのあと仕事どうだったーって。
「このあとスタジオ行くんだろ? 送っていこっか?」
「そうだね。そうしてもらおうかな。デモを渡すだけだから、運がよければすぐ終わるんだけど……」
「いいよ、待っとく」
 そーちゃんが今回挑戦していたのは、俺たちが歌う曲じゃない。事務所経由でそーちゃん個人に依頼されたやつだ。どういうところで使われる予定で、どんな歌詞やメロディなのか、俺はまだ知らない。
「ごめんね。その……今回は一番に聴かせられなくて」
「謝んなくていいよ。俺たちの曲じゃないのに俺がそーちゃんの次に聴いちゃったら、だめじゃん」
 俺じゃない誰かが、そーちゃんの曲を聴いて、振付を考えるかもしれない曲。何度かこういう仕事はあったからもう慣れたけれど、初めてこういう感じの仕事がきた時は、ちょっとだけ拗ねた。MEZZO”やIDOLiSH7が歌うわけじゃない曲なのにMEZZO”でIDOLiSH7の二人には依頼しにくいんじゃないかなってバンちゃんに言われて、まぁ、それもそうかってなった。
「ありがとう」
「どーいたしまして」
「あの……、あのね」
「うん。まだ平気だから、ゆっくりでいいよ」
 そーちゃんが慌てたようにおしゃべりを続ける。大事な人を隣に乗せるんだから、いつも以上に集中しないといけない。だから、どんなに運転に慣れていても、ハンドルを握っている最中はあまりおしゃべりしないことにしている。そーちゃんもそれを知っているから、俺がエンジンをかけようとするのを見て、言いたいことを今のうちに言っておかなくちゃって慌てている。
「今回の曲は解禁まで聴かせられなかったけど、帰ったら、聴いてほしいのがあって」
「え?」
 なにそれなにそれ。初耳。
「いや、まだ完成とは言い難い、粗削りすらまだって感じの状態で……でも、仕事を頑張ってる環くんを見ていたら、いてもたってもいられなくて」
「曲つくった、ってこと?」
 そーちゃんが無言で頷く。
 そっか、そーちゃん、俺のこと見てたら、つくりたい曲が閃いちゃったんだ。いつも心を砕くみたいに曲をつくるそーちゃんが……待てよ。
「そーちゃん、しんどくなってねえ?」
 心を砕くみたいにつくっているそーちゃんが、俺を見て心を砕いたって、そんなの、手放しに喜んじゃっていいのかな。俺のせいで、そーちゃんの睡眠とかまったりタイムとかもろもろを削ったことになっているんじゃないかな。
「どうして? むしろ、めっちゃ元気だよ」
「なら、いいけど……これ、俺は喜んでいいやつ? ただでさえ忙しいのに、もういっこ曲つくるなんて」
 はらはら、どきどき、そわそわ。エンジンをかけようとしたままの状態で、助手席のそーちゃんを見る。
「できれば、喜んでほしいな。まだ完成とはいえないけど、たぶん、気に入ってもらえると思う」
「気に入るに決まってんじゃん」
 そーちゃんが曲をつくりたいって打ち明けてくれた時から、そーちゃんが本気で頑張ったものはなんだって応援するって決めているんだ。応援している相手の曲を気に入らずにはいられない。これは全肯定とか盲目っていうわけじゃなくて、俺は、心を砕くみたいに音楽に向き合うそーちゃんが好きだから、そのそーちゃんから生まれる曲を愛さずにはいられないだけなんだよ。
「環くんなら、そう言ってくれると思ってた」
「……今の、めっちゃいい顔した」
「改まって言われると照れるんだけど……ちなみに、どんな顔?」
 今度こそエンジンをかける。
「内緒。言ったら、カメラに抜かれる時の顔に使いそうだし」
 それに、そーちゃん本人にも、俺が一番いいなって思った表情のことは、内緒にしていたい。俺のことを信じて、頼ってくれて、俺がそれをいい意味であたりまえのように受け止められたからこそ見せてくれた、めっちゃかわいい笑顔。


    《ひとこと感想》

     



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