朝の完全犯罪

 アラームが鳴る五分前に目が覚める。そもそものアラームだって、時間にじゅうぶん過ぎるほど余裕をもった時間設定だ。朝活で曲づくり――は夢のまた夢で、残念ながら、寝起きの頭で作曲ができる域には達していない。
 今朝は朝食当番ではないし、当番の人を手伝うにしてもまだ早い時間だ。寝起きでぼんやりした思考を叩き起こすために顔を洗って、だらだらしてしまわないよう着替えを済ませる。
 部屋に戻り、ひとまず、メンバー全員の今日のスケジュール確認と、ニュース記事やSNSの閲覧で時間を潰すことにした。SNSの投稿に〝本来なら反応すべきもの〟があっても、今はまだ反応しない。自分がなにかを投稿するタイミングで反応しないと「逢坂壮五はいつもこの時間にSNSを見ている」と把握されてしまうからだ。別に把握されても問題ないのではと思っていたが、一織から「寮の場所が知られている以上、生活リズムがわかるような行動は避けたほうがいいのでは」と提案され、それもそうかと納得した。
「……」
 見ておこうと思ったものはひととおり目を通したはず。そう判断すると、時計が気になってきてしまった。
 まだ、早いだろうか。ううん、早いうちに済ませたほうがいい。いや、でも……と、デジタル表示の数字がひとつ、またひとつと増えるのを見つめながら、壮五は〝そのタイミング〟を、今日はどこにしようかと考える。隣室の彼は学校に行く日だから、起こす時間は決まっている。それより前に済ませなければ。それなら、そろそろ行くべきでは?
(じゃあ、三十分になったら部屋を出よう)
 ここから一番近い時刻で、それなりにきりのいい数字だから。――いつまでも決まらなくて時間を無駄にしそうだったから、最終的に、そんなよくわからない理屈で決めた。

 やや寝苦しさを感じる季節になってきて、この時間でも外はもう明るい。何度も起こすまで起きないタイプでよかったと――普段は彼を起こすのに苦労しているくせに――安堵しながら、隣室のドアを軽い力でノックする。起こすためのノックではないから、音なんて立っていないようなものだ。
 部屋に入る前に素早く周囲を見渡し、他のメンバーが出てくる気配がないことを確認する。
「お邪魔します……」
 まだ起こすつもりはないし、たぶん、誰よりも通っている相方の部屋なのに、自分の性格が、お邪魔しますの言葉を言わずにはいられない。
 布団を蹴飛ばして寝ている環を見て、目の奥が熱くなった。おはよう、環くん。今日も好きだよ。
 摺り足でベッドに近付き、ゆっくりと腰を下ろす。こんなに近くで寝顔を見ている人間がいるというのに、起きてくれる様子がない。環の顔の近くで手をひらひらと動かし、完全に眠っていることを確かめる。もし、彼が起きるようなことがあれば、毎朝、自分が犯している罪を打ち明けようと思う。
 でも、残念。今日も完全犯罪は成立してしまうみたい。――体を乗り出し、環に覆い被さる。これはたった数秒で終わる犯罪で、環のほうには証拠が残らない。彼に焦がれる自分の唇と心に、甘美なよろこびと罪悪感が残るだけ。
 万が一、この犯行が明るみに出れば、彼に一生の傷をつけてしまう。これが壮五の一方的な想いである以上、完全犯罪でなければならない。好きな人を傷つけてでも自分の欲を満たそうとする自分は、とんでもないやつだ。
(そろそろ、潮時かな……)
 罪悪感で押し潰される前に、こんなことはやめなければ。
 ゆっくりと唇を離し、できるだけ速やかに部屋を去ろうと腰を上げる。
「ひっ」
 情けない声を上げてしまった。今、この場で手首を掴んでくる人間なんて、一人しかいない。
「いつになったら、俺のこと叩き起こして、ちゃんと言ってくれんの? いっつも寝たふりすんの、そろそろ限界なんだけど」
「あの、ごめ……」
「じゃなくて。謝るよりも、言うべき言葉あるんじゃね」
 勢いよく手首を引かれ、環の上に倒れ込む。
「俺がほしい言葉、そーちゃんの中にあるだろ。教えて。そしたら、そーちゃんが毎朝俺にやってたこと、こそこそしなくてもできるようになるから」


    《ひとこと感想》

     



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