ある夜の内緒話、憧憬

アプリ本編5部11章3話の時間軸

 そーちゃんがスタジオに行くの、ついて行っていいか訊いたけどだめだった。そんな日だから、今日は一人で寝ようって思ってたんだけどな。
 そっちで寝てもいいかってラビチャがきたのはほんの三分前。急いで布団整えて、途中まで読んでた漫画もバッグの中に押し込んで、だらんとしてたTシャツの裾を軽く引っ張った。
 付き合ってるのはみんなに内緒って言っても、好きな人の前ではぴしっとしてたい。でも、もう眠るだけなのにぴしっとし過ぎてても格好つけってばればれになるから、髪は手櫛で整えるだけ。一応、鏡でチェックしとこうかなって立ち上がった瞬間に、そーちゃんが来た。
「お邪魔します……」
 そこまで小声じゃなくても他のみんなには聞こえねえよって思うのに、内緒話するみたいな声だ。てかてかしてるけど手触り最高なパジャマ姿。いつもの枕を抱えて、その隙間にスマホと充電器も押し込んでる。俺が手招きしたら、ほっとした顔で、枕とか抱え込んだまま腕に飛び込んできた。ぎゅーってすんのに、ふかふかの枕、すっげえ邪魔。
「今日、ごめんね」
「んー? なにが? そーちゃん、なんも悪いことしてねえじゃん」
 一人で思いつめたみたいな顔してスタジオに行ってるの、実はちょっとだけ臍曲げそうになってた。俺のこと巻き込むって言ったくせに置いてきぼりにすんのかよとか、そーちゃんはやりたいことやってきらきらしてんのに俺ってなんなんだろうなとか。口に出したら、そーちゃんのこと落ち込ませるって思ったから、言わなかった。っていうか、言いたくなくて、言わなかった。格好悪いし。
「まだ本当になにも方向性とか決まってなくて……一緒に来てもらっても聴かせられるものなんてなにもできなさそうだったし」
「うん」
 あ、これ、そーちゃん他にも隠してんなって思った。
 昔の俺なら「なんか隠してんの」って怒った声で問い詰めてたと思う。実際、そうだった。今は、すぐに言えない時もあるよなって思える。そりゃあ、いつかは教えてくれたらいいなって思うけど、なんでもかんでもその場で全部打ち明けることだけが正直や誠実じゃないって気付いたから。昔、俺とそーちゃんにだけテレビの仕事がきた時に、そーちゃんが言ってた「仲間だからこそ、言わなくていいこともある」ってやつ。やっぱりさみしい考え方だなって気持ちは変わんないけど、ちょっとだけわかるようになった。
「ええと、その……」
「はは、いいって。一緒にスタジオ来てーってなったら言って。集中したい時あんの、俺もわかってっから」
 難易度高めの振り覚える時、俺も「今は誰も話しかけんなー!」って思うし。――そう言ったら、そーちゃんは目をぱちぱちさせて、そうだねって言ってくれた。ぽそぽそしゃべってるのは相変わらずだけど、部屋に入ってきた時みたいな、付き合って何ヵ月経ってんだよって言いたくなるような〝緊張してます〟顔は落ち着いたみたい。
 すっかりへたった枕を動かして、そーちゃんの枕を壁際に置く。一緒に寝る時は、そーちゃんが壁側で、俺が部屋の真ん中に近いほう。俺の寝相の悪さで、そーちゃんのことベッドから落っことさないために、付き合ってすぐに決めたポジション。
 昼間は暑いくらいの日もあるけど、今夜はちょっと寒い。冷え性のそーちゃんが寒くなんないように、二人で布団かぶって、その中でそーちゃんのこと抱き寄せた。
「……あのね」
 赤ちゃん電気だし、くっつき過ぎてて、そーちゃんの顔はよく見えない。たぶん、顔が見えなくなるのを待ってたんだと思う。引っ剥がして顔を確かめてやりたかったけど、ちょっと前まで自分の本心を言うのが苦手だったそーちゃんのこと、頑張ってほしいけど無理はさせたくないから、抱っこしてる腕にほんの少しだけ力を入れて、このまま話していいよってサインを送る。
「昼間、おぞましいって話したことなんだけど」
 今日の昼、りっくんと俺で昔の動画見てた。そーちゃんに叱られてる俺が映ってて、わかってるって返しながら全然わかってない、ばかでガキな俺の姿。恥ずかしくて格好悪いけど、懐かしくて、おかしくて、そーちゃんにも見せたけど、笑わなくて。
「昔の動画のやつ?」
「そう」
 笑いごとじゃないって怒ったかなって心配したけど、それとは違ったみたいで、自分のこと「おぞましい」って言い出した。確かに、怒ったそーちゃんはおっかないけど、俺がばかでガキだっただけで、そーちゃんがおぞましいってのはないと思う。
「正しくは、ぞっとしたんだ。環くんを叱る自分に、自分の父の面影を見た。父のようにはなりたくないって思ってたのに、父に似て……っ、ん……」
 全部聞いてやりたかったけど、絶対に最後まで言わせちゃだめだって思って、ずるいことした。
「……ごめん。でも、思っちゃっても、それは言わないで」
 俺も、自分のこと、親父にどんどん似ていくって思ってた時期があった。見た目もそうだし、相手に話が通じなくて癇癪起こすところとかも、親父みたいだって思った。……実際、ちょっと前にも理に「お父さんみたいに怒鳴らないで」って言われたし。
 最後まで言わせてもらえなかっただけじゃなくて、それをチューで阻止されて、そーちゃんが睨んでる。そりゃそうだよな。俺だって、大事な話してんのに、好きな人としかしない嬉しいことで誤魔化されたら、今そういう場合じゃないのにって思うよ。
「チューで止めたのも、ごめん。手で押さえたら、今度は俺が……俺自身のこと、親父みたいって思いそうで」
「……っ、ごめん」
 謝り合戦をしたいわけじゃない。自分を傷付ける言葉を言ってほしくなくて、自分も傷付きたくないだけだ。完全に同じってわけじゃないけど、俺たちは〝父親〟ってやつに似るのが他の人より怖い者同士。最後まで言わなくても、他の言葉にして、ちゃんとわかり合える。
「そーちゃんは、似てねえよ」
「どうだろう。これを言うと、環くんにも、父さんにも失礼だなって思うんだけど」
 昼間の話の続き、そーちゃんは最後まで言ってしまいたいらしい。似てるかもしれないなんて残酷な感情、言葉にさせたくなかったんだけどな。でも、これって俺のエゴだって言われたらそのとおりだし、一回止めてだめなら、もう、言わせたいだけ言わせたほうがいいのかも。
「いいよ、言っちゃえ。内緒にしとくから」
「環くんに対して失礼でも?」
「……あんた、最近俺に対して気ぃ遣うのサボってたくせに、今更そこ気にすんの?」
 結構図々しいところもあるって、とっくに気付いてる。それに、そーちゃんの場合に限りだけど、気を遣うのちょっとサボられるくらいがちょうどいい。
「大事な人なんだから、気にするよ。……環くんのことを叱ってる自分が、父さんに似てて、怖かった。僕が家を出るまでに受けた教育が、与えられた言葉で得た感情が、自分でも知らないうちにあの人に似た自分を形成させてたなんて。でも、同時に、これは今もうまく説明できないんだけど、環くんをみんなに認めてほしくて、環くんが誰かから嫌われるのがいやで厳しいことを言ってしまったこの気持ちの、ほんのひとかけら……もしかしたらあの人にも、そういうのがあったのかもしれないなんて、思ってしまったんだ」
 そーちゃんの説明が頭の中でふわふわと回ってる。言ってることがわかんないわけじゃないけど、俺にはもうない感情だから、なんて返してあげたらいいか、ちょっと悩む。悩むし、なんなら、いじわるな気持ちすら出てきた。
「……そーちゃん、今も、うまくいくかもって思ってるんだ」
「思ってるのかな。どうかな。そこまでは、自分でもわからないや」
 TRIGGERのためにFSCホール借りたい、お金貸してほしいってお願いしに行った時、そーちゃんはちょっとわくわくしてた。結構すぐに打ちのめされて、食い下がるしかできなくなったけど。
「そーちゃんが親に感謝してるのは知ってんよ。だから、おぞましいとか思わないで、ありがとうって気持ちは、大事なものだから、これからも大事にしてて」
 父親に対してそういう気持ちになったことがない俺が言えるのは、これくらい。おふくろが生きてたら、もうちょっとわかってあげられたんかなって思うけど、おふくろが生きてたら、――俺はアイドルやってたかもだけど、テレビにこだわる必要はなくて――俺とそーちゃんのMEZZO”はなかったかもしれない。
 作曲に挑戦したいって言い出して、実際にMEZZO”の曲としてリリースまでこぎつけてから、そーちゃんはずっときらきらしてる。ああでもないこうでもないって悩んだり、この曲を絶対に世に出したいんだって戦争するまではへとへとな顔してた日もあったけど、そーちゃんって格好いいなって惚れ直すくらいにはきらきらしてる。
 俺も、そーちゃんみたいになれっかな。やりたいことはなにって訊かれても、まだよくわかんないけど、そーちゃんみたいにきらきらしたいな。そーちゃんと一緒にいてもバランスばっちりってみんなが思ってくれるくらい、早く格好いい大人になりたいな。


    《ひとこと感想》

     



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