ほろ酔い

 椅子になれだの、枝豆を食べさせろだのとわがままを言いまくり、その夜も犠牲になった相方の腕にしがみつく。座っていられないくらいふらふらしだすと、掴んでいたはずの腕がゆっくりと逃げていってしまうけれど、さみしさを感じる間もなく、その腕が自分の体をしっかりと支えてくれた。なるほど、このために腕を離したのか。頭が回らないなりに、壮五は心の中でうんうんと頷いた。
 そうこうしているうちに、メンバーの誰かの笑い声と、環がなにかを言い返しているのが聞こえてきた。今にも意識が飛びそうなくらいふわふわしていて、笑い声の主が判別できないし、どんなやりとりをしているのかも聞き取れない。会話に参加できないのは自分が飲み過ぎたせいなのに、除け者にされているような気になり、支えてくれている環の腕に自分の体を押し付けた。
「ふぁ……」
 予告のない浮遊感に、変な声が出てしまった。この子、僕の意識がほとんどないと思って、遠慮なく担ぎ上げたな。――壮五はまったく迫力のない睨みを利かせた。
「じゃ、そーちゃん部屋運んでくっから。ヤマさんたちも寝ろよ」
「はいはい、おやすみー」
 大和の声が思ったよりはっきりしている。ということは、さきほどの笑い声は彼で、うんともすんとも言わない三月はとうに酔い潰れてしまったのだろうか。そんなことを考えてみたけれど、答え合わせをするほどの気力はなくて、環に担がれるがまま、ぶらぶらと揺れる自分の腕を眺めることにした。よりによって、俵担ぎだなんて。
(ロマンチックのかけらもない……)
 首筋に顔をうずめられる横抱きが恥ずかしいなら、せめて、大きな背中に全力でしがみつけるおんぶがいい。
「たーくん。そーちゃん、これやだ……」
「は?」
「そーちゃん、おこめじゃない。やさしくだっこして」
 少しの沈黙のあと、ものすごく大きな溜息が聞こえてきた。
「あんたが抱っこもおんぶもやだって首振ったんだぞ」
「しらない。そーちゃんわがまましないもん」
 思考がふわふわしていた時に訊かれて、適当に首を振ったのかもしれないけれど、覚えているわけがない。
「もー……」
 ぶつぶつと文句を言いつつも、壮五の願いどおり、横抱きにしてくれた。掴まっておくようにと腕を軽く引かれ、これ見よがしにしがみつく。ばれないようにこっそり息を吸うと、少し、汗ばんだにおいがした。
(おふろ、まだなんだ……)
 お風呂上がりのにおいも好きだけれど、一日を頑張って過ごしたとわかる今みたいなにおいのほうが好きだ。
「到着ー。じゃあ、おやすみー」
「やぁ……」
 ベッドに転がされ、お気に入りのにおいがあっという間に遠くなってしまった。環のTシャツの裾を慌てて引っ張る。
「伸びるからやめろって」
「たーくんがそーちゃんのとこにきたら、のびないよ」
 本当は、運ばれているうちに少しずつ酔いが醒めてきたけれど、今夜はもう少しくっついていたいから、このままの勢いでわがままを言いたい。優しく抱っこしてもらえて、こっそりにおいを嗅いだら、もっとくっつきたくなってしまった。オフの前夜みたいに、体のかたちがわからなくなるくらい蕩けさせられたい。
「そーちゃん、ねれないって」
 どきどきする。酔いが醒めつつあるのがばれるかもしれないというスリルと、恋人と二人きりというときめき。どっちが何割ずつかなんてわからない。
「……寝れないんじゃなくて、寝たくないんだろ」
 ベッドのスプリングが小さく悲鳴を上げた。


    《ひとこと感想》

     



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