気持ちをわけあう夜

アプリ本編5部5章1話の時間軸

「バンちゃんに訊くと思ったけど」
 寮を出て別々に暮らさなければならないのか。これからも七人で暮らせる手段はないのか。MEZZO”と万理でつくったグループチャットなり、壮五が連絡を取るなり、万理と直接会っていなくても話す手段はいくらでもある。しかし、壮五は今日の――IDOLiSH7七人全員が出演するドラマ『オーベルジュ La Plage』の――撮影が終わっても、それらの行動に出る様子はなく、皆とたわいもない話をしながら寮に帰ってきた。
「訊かないよ。今は撮影期間中だ」
 ドラマの撮影がすべて終わってからにしよう。事務所の方針によっては、次の撮影までに自分の気持ちを立て直せないかもしれない。――そう懸念してしまうくらい、壮五は〝七人での生活がなくなる可能性〟に恐れている。
 久しぶりに七人揃っての夕食は楽しかった。いつまでもおしゃべりを続けていたかったけれど、明日も仕事で朝早くから出かける者もいるからと、早々にお開きとした。今どきの小学生が何時に眠っているかなんて壮五は知らないけれど、たぶん、小学生の子どもたちだってまだ起きている時間帯だと思う。
 皆がそれぞれの部屋に戻ったのだから、自分も部屋で過ごせばいいものを、なんとなく一人になりたくなくて、環が部屋に入るのについていった。なにも聞かず壮五を部屋に入れてくれたあたり、環も、今の生活に期限が決められてしまいそうなことにさみしさを感じているのだろう。
 彼の妹を見つけたことを打ち明けられず、喧嘩してしまった日。実家に行って交渉してこようと決めた日。子どもの頃の写真なんて用意できないと困惑した夜。――どちらかがさみしさを感じるたび、どちらかの部屋で、話してきた。誰にも聞かれないように、それこそ、内緒話をするみたいに。もしかしたら、さみしさを分け合おうとしていたのかもしれない。だって、このさみしさを一番わかってくれるのは、今、ここにいる彼だから。
「ドラマの撮影が終わるまでは、なにも知らないふりをしていよう。いいね?」
 他意なく触れたシーツの手触りのよさ。その理由にすぐに思い至って、心がまた、暗くなる。ここで暮らし始めてしばらくは、環の部屋といえば、ベッドに菓子の屑がこぼれていたり、床に空のペットボトルが転がっていたりと、とにかく散らかっていたのだが、最近はそんなこともない。残念ながらこまめに片付けるようになったからではなく、仕事が忙し過ぎて、寮に帰るイコール入浴と睡眠だけになってしまっているのが理由だ。
「いいけど。みんながびっくりして、仕事に集中できなくなんのもやだし」
「僕には言ったのにね」
 僕が集中できなくなってもよかったのとは訊かなかった。環にいじわるな気持ちなんてないことくらい、誰よりもわかっているから。ただ、口を開けば「さみしい」と言ってしまいそうで、いじわるな言葉を使って自分の気持ちを誤魔化したかっただけで。
「あんたさぁ……」
 環にも、壮五の思うところは伝わったらしい。昔なら、言葉をそのまま受け取って喧嘩になっていただろうに。
「冗談だよ。むしろ、教えてくれて嬉しかった」
「嬉しい?」
 隣に腰掛ける環との距離の近さに、目の奥が熱くなった。自分たちは、相方や仲間といった言葉では片付けられないほどの感情を抱いている。そして、相手も同じ気持ちだということも、わかっている。
 それでも、自分たちの仕事や、今の穏やかな生活への愛しさから、なにも言わず、なにも気付かないふりをして、身を寄せ合ってきた。ドラマなら〝両想いになる前のじれったい期間〟なんて描かれ方をするやつだ。でも、これはドラマじゃなくて現実。
「環くんが思っていることを、誰よりも最初に、僕に見せてくれたから。社長と万理さんの話を聞いてしまって……きみは優しいから、黙ってることもできただろうに、僕にだけは隠さず、巻き込んでくれたのが嬉しいんだ」
 つくった曲を世に出す。MEZZO”の新曲だから、環を巻き込むことになる。ノースメイアで環に向かって宣言した日、彼は迷うことなく、ついていくと答えてくれた。
 だから、今日みたいに、環の驚きやさみしさに巻き込んでくれたことが、たまらなく嬉しかった。自分たちは、隣に立って歌うだけの関係じゃない。心の中の、一番やわらかいところに触れてほしい、触れていいと思い合える関係だ。
「もしもの話、だけど」
「うん」
「ドラマの撮影全部終わって、バンちゃんやボスに訊いて、結構すぐにここ出てってみんなバラバラに暮らせって言われたら、なんて答える? わかりましたって言える?」
 もしもの話。でも、もしもじゃない可能性が高い話。
「近隣の方々に迷惑をかけてるのは事実だし、受け入れるしかないよ。抵抗したって意味がない。わかりましたとしか言えないかな」
 正直なところ、この話をこれ以上続けたくない。だって、たぶん〝もしもじゃない〟から、今のやりとりは、近いうちに現実となる。さみしさのシミュレーションなんて、さみしさを倍増させるだけじゃないか。
「そうじゃなくて。や、そーちゃんがそう答えんのはわかってんよ。でも、今、俺が訊きたいのはそうじゃねえ」
「なに、……」
 強引に肩を引っ張られ、否応なしに、環と向き合う。
「俺の前でだけは、さみしいって気持ち隠すな」
 どうせ、みんなの前では本音を心の奥底に沈めて、聞き分けのいい返事をするんだろうから、今くらい、本当のこと言って。――そう言う環の瞳に、涙の膜が張っている。
「だって、……」
「だってもへったくれもなし。二人で内緒話する時、俺らいつだって本音言ってきたじゃん。そーちゃんのさみしいって気持ち、最初っから隠しちゃったら、誰がそーちゃんの本当の気持ち見つけてあげれんの? 前向きな気持ち以外はだめな気持ちなんて思ってんだとしたら、それは違うからな」
「見つけてもらわなくていいよ。……きれいなところ以外、誰にも見せたくない」
 自分という人間が、前向きで、きれいな気持ちだけでできていたら、どんなによかったことか。実際は、環が自分以外の誰かと仲良くしているだけで嫉妬するし、七人での生活が近いうちになくなるかもしれないという恐怖とさみしさでぐちゃぐちゃだ。
「バカ! 俺には見せろって言ってんの!」
 涙を湛えた目で見つめてくるのも卑怯だ。つられてしまいそうになる。いっそ、泣きそうな顔にもらい泣きしてしまったことにしてやろうか。いや、だめだ。
「だめだよ、そんなの」
「そーちゃんの気持ちの中で、だめなものなんて、ひとっつもない」
「……ひとつも?」
「ひとつも」
 秘かに抱く独占欲や嫉妬心を知ったら、いくら恋心に気付いていても、同じ気持ちを抱いていても、困るくせに。
「バカなのは、環くんのほうだ」
「前から言ってんじゃん。俺はバカだから、言ってくれなきゃわかんないって」
 だから、言って。――その言葉に、ここでだけは、我慢するのをやめようと思った。
「さみしい」
「……うん」
「みんな一緒じゃなきゃさみしい。納得して寮を出るならいいけど、そうじゃなくて、強制的にバラバラにさせられるなんて悔しいし、さみしいよ」
 仕事をもらえる機会が増えたのはありがたいけれど、それによって、周囲に迷惑をかけることなんて、誰も望んじゃいない。どうして、家族みたいだと思えるメンバーと、望まぬ別居を強いられそうになっているのか。
「う……」
 涙を湛えたままの環にしがみつき、彼のTシャツが濡れることも気にせず、鼻が詰まって苦しくなりそうなくらい涙を流す。大人になって泣くのは、これが三回目だ。
「……そーちゃんが泣くの見たの、三回目」
「言わないで」
 壮五だけでラジオに出演した時と、ノースメイアでナギと合流できた時。環が思い出すように話すのが、恥ずかしくて、居たたまれない。
「俺だって、そーちゃんには嬉し涙だけ流させたいって思ってたよ。最初に泣いてるの見た時、すっげえ悔しかった。でも、思ってること我慢されるよりはいい」
 涙を拭う指のあたたかさに、今なら、抱えているこの気持ちを見せてしまっていいかもしれないなという気になる。もうとっくに気付かれている恋心と、絶対に見せまいと抑え込んでいる嫉妬心や独占欲を。
「ここでなら、思ってること全部言っても、環くんと僕だけの秘密にしてくれる?」
「する。今みたいなさみしいーってのも、俺が聞いたら嬉しくなるのも、あと、もしかしたら俺にだけは見せたくないって思ってそうなのも、全部」
 見せたくないところまで勘付かれている。敵わないなぁと呟いたら、自分でもびっくりするくらい鼻声で、なんだか間抜けな声にも思えて、自分で笑ってしまった。
 そうだ、ここでまで意地を張って隠そうなんて、間抜けだったんだ。
「僕だけが一方的に話すんじゃなくて、環くんも聞かせて」
「いいよ。なにから話す?」
 顔を突き合わせたまま話すのは落ち着かなくて、どちらからともなくベッドに並んで寝転ぶ。部屋の灯りを常夜灯に切り替えたのは壮五だ。
「じゃあ……」
 さみしさが癒されて眠れるまで、子守歌を聞かせ合うみたいな内緒話をする。


    《ひとこと感想》

     



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