#フラウェ記念日

 五、四、三、……。
「ハッピーアニバーサリー!」
 秒針が頂上に辿り着くとともに、陸が声を上げる。隣には、一緒に祝いたい相手。
「昨年もしましたけど、またやるんですか」
 呆れたようなもの言いをしていても、その頬はゆるんでしまっている。
「やるに決まってるだろ? 記念日はいくつあっても嬉しいじゃん。一織とオレの真ん中バースデーおめでとう!」
 陸が音楽プレイヤーの再生ボタンを押す。流れてくるのはもちろん『Fly away!』だ。
 ちょうど二年前の今日、配信限定でリリースされた二人だけの楽曲。IDOLiSH7のファンの中でも、一織と陸のコンビが好きだと言ってくれている人たちにとっては、お気に入りの曲に違いない。まるで二人の普段のやり取りがそのまま歌になったのではないかと思えるほど、十代の彼ららしい歌詞。中盤で一織が動揺しつつ否定するくだりは、ライブのMCで大和が一織をいじった時を彷彿とさせる……というのが、IDOLiSH7をテレビやライブで見ているファンの抱いた感想。
「実際の私はここまで動揺しませんよ」
「えー? 一織、結構この歌のままってところあると思うけど?」
 にやにやと笑う陸に言い返そうとして口を開き、……やめた。
「……二年前は、そうだったかもしれませんけど」
 今は違うと思いたい。あれから二年経過しているのだ、いつまでも子どもみたいな言い合いなんてしない。陸は成人し、一織も次の誕生日で成人する。
 一織はアイドルとして活動しながら大学に通い、経済を学んでいるところだ。頭のよさは芸能界でも一目置かれていて、最近では現役大学生の名を掲げてクイズ番組に出演することが増えた。
 陸は最近、海外アーティストのトリビュートアルバムに日本の歌手で唯一参加したことで、海外からの注目が高まっている。
「オレからすれば、一織は一生、子どもだよ」
「うるさいですね。中身はあなたのほうがずっと子どもでしょう」
 たった一歳の差で子ども扱いされてはたまらない。年齢差を埋める手立てはないのだから、ここで子ども扱いを許せば、一生、自分は陸に年下扱いされてしまうのだ。
「そうかなぁ?」
 怒るでもなく、ふぅ……と息を吐いて天井を見上げた陸に、一織ははっとする。
 その横顔に、以前までのような少年っぽさはない。喉仏のラインには、大人になったばかりのあやうい色気すら感じてしまう。ほぼ毎日見ている相手で、二十歳の誕生日をメンバーで盛大に祝った場にも、一織はもちろん参加していたのに、今更気付くなんて。
「……いえ。少し、言い過ぎたかもしれません」
 一織の言葉にきょとんとした顔で陸が振り返った。
「えー、珍しい。雪でも降るのか? それとも槍?」
「失礼な人ですね。……あの頃よりは大人になったんだなと思ったんですよ。私も、あなたも」
 自分も、二年前よりは大人に近付いているはず。
「そりゃあね。二年経ったし」
 パーフェクト高校生もパーフェクト大学生だしなぁ、と陸が間延びした声で言った。
「あなたのフォローをするのも随分慣れました」
「あ、それこそ失礼。オレだって、一織の世話焼くのに慣れたよ」
 しばし沈黙。しかし、数秒ののちに、二人で笑い出す。
 弱音だって吐いたし、甘えたこともある。歌のように、そううまくはいかない。
「歌詞のようにはいきませんけど、まぁ、結果としては上々でしょう」
「まぁ、一織とオレだし? 当然だろ」
 出会った時からずっと互いの弱点をフォローし合ってきた。二年前よりは成長していると、胸を張って言える。
「なぁ、今でもオレのこと、スーパースターにしようって思ってる?」
「もちろん。当たり前じゃないですか。IDOLiSH7は、二年前よりも確実に高評価を得ています。七瀬さんが誕生日にリリースしたソロナンバーだって、今もことあるごとにカラオケの人気ランキングに入っているでしょう? 大丈夫です、私を信じて。これからも、完璧にあなたをフォローしてみせますよ」
 あぁ、これだ。この自信たっぷりな言葉。時々無性に聞きたくなって、こうして尋ねてしまう。
「へへ、やっぱり一織がいてくれてよかった」


    《ひとこと感想》

     



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