完璧

 パーフェクト高校生と呼ばれた自分だ、IDOLiSH7の、そして、七瀬陸のプロデュースに抜け目なんてない。これまで、一織はそう信じて疑わなかった。
 その考えは今でも変わらないけれど、以前ほど、自分の考えだけに固執することはなくなったように思う。
 きっかけは、IDOLiSH7の冠番組が決まった時。そのテーマ曲として、小鳥遊社長から提示された新曲だ。陸のストレスを軽減させるため、やや不安定な兆候が強く出ていた体調を考慮するため、それらの理由から、一時的にセンターを交代することとなった。紡から提案された際、初めは難色を示した一織も、最終的にはその提案を飲むことにした。
 ファンからは賛否両論あったものの、IDOLiSH7全体の露出が増え、メンバーそれぞれの得意とする分野が知れ渡ったことにより、番組のスポンサー企業からの評価は上々。その結果を見た一織は、秘かに二度目の〝躓き〟を感じた。七瀬陸をスーパースターにするという目標を持つ一織としては、素直に喜ぶことはできなかったのだ。
 一度目の〝躓き〟は言わずもがな、ミュージック・フェスタでの失敗。

(……と、いけない。今はそれどころじゃなかった)
 壁掛け時計に視線をやり、一織は慌てて立ち上がる。
 間もなく、兄の誕生日。メンバー全員でサプライズのお祝いをしようと、本人には内緒で準備をしているところだ。行動開始は、三月が入浴し始めたタイミング。ナギが三月を足止めし、その他のメンバーで、共有スペースであるリビングの飾りつけをおこなう。
 足止め役にナギを抜擢したのは一織だ。基本的に面倒見がいい三月は、メンバーの誰に対しても甘いところがある。わずかな時間をともに過ごした桜春樹以外、同性の友人と呼べる相手がこれまでいなかったというナギに対しては特に甘い。兄に対して申し訳ないと思いつつ、その心理を利用させてもらった。それに、ナギであれば、いざという時に実力行使で足止めできる体格の持ち主だからという理由もある。
 予定では、そろそろ作戦開始の合図がくるはず。
「一織」
 こんこん、とノックの音とともに陸に呼ばれた。意外だな、と思いつつも、すぐにドアを開く。
「どうしました?」
 予定では、三月が風呂場に行ったのを見計らって、壮五が全員の部屋のドアをノックすることになっているはずだ。
「へへ、来ちゃった! わくわくしちゃって、じっとしてらんないよ」
 来ちゃった。……来ちゃった、と言われた。その言葉の破壊力たるや。
 いつだったか、ナギが言っていたことがある。かわいい恋人が予告なくやって来て「来ちゃった」と言うサプライズは、ベタな展開とわかっていても最高だと。――まぁ、その熱い語りも、買ったばかりのライトノベルを片手にしてのことだったのだけれど。
 当時、一織はそれを「またか」と思い、右耳から左耳へ受け流していたものの、……実際に自分が体験してみると「わかる」としか言えない。ありがとうございます六弥さん、あなたのおかげで、事前に知識を得ておくことができ、感動する余裕がうまれました。事前知識がない状態でこれをされたら、今頃、萌えの境地で倒れていたかもしれない。一織は心の中で、ナギにメッセージを送った。
「……仕方ないですね。逢坂さんの合図まで、一緒に待ちましょうか」
 せっかく来てくれた恋人を追い返すのも忍びない。本当はとても嬉しいのだけれど、一織は「仕方ない」と言い訳をして、陸を部屋へ招き入れた。
「三月が風呂に行ったら、ナギは足止め役で一緒に風呂、その間に大和さんが部屋でこっそり冷やしてるケーキ持ってきて、壮五さんが隠してくれてるプレゼント、環はスピーカーの用意だろ。で、オレと一織で飾り付け……でいいんだよな?」
 作戦概要を陸が指折り数えながら挙げていく。
「えぇ、二十分程度ですべてを完璧に仕上げるにはこの役割分担が最適でしょう。二階堂さんは隠しごとが上手ですから、一番見られては困るケーキの預かり役になってもらいました」
 ふふん、と得意気な顔で一織が言う。隠しごとが上手な人と評したのはわざとだ。もちろん、解決したことだし、あの時、言い争いとなった三月も、大和とは和解している。一織だって、これ以上蒸し返すつもりはない。だから、ただのいじわる心。笑い飛ばしてほしい種類のもの。だから、得意気な顔で語ってみせた。
 陸は、一織のそんな表情を見るのが好きだったりする。
「一織のどや顔だ」
「……なんですか」
 陸に笑われて、一織はきゅっと表情を変えてしまった。今度は恥ずかしそう。これもいいなとは思うけれど、陸はやっぱり、さきほどの表情のほうが好きだ。
「……オレさ、一織の、私の計画は完璧です! って時の顔が好きなんだ」
「は……」
 好きという言葉に、顔が熱くなる。恋人となって、もう何ヶ月も経過しているのに。一織は未だ、陸の真っ直ぐな愛情表現に照れてしまう。恐らく、慣れる日なんてこないだろう。
「一織、何回もオレに言っただろ? 私を信じなくてもいいから私の能力を信じろとか、嫌って憎んでもいいけど疑うなとか。オレにとってはさ、一織は、えっと、その……、恋人、だし。嫌うとか考えられないけど。……あはは、なに言ってるんだろ。えっと、とにかく、オレは、一織が自分に自信持ってて、自分のこれは完璧です! ってしてるところが好きだよ。恥ずかしがり屋なところも好きだけど。あ、そういうところは完璧じゃないか。まぁいいや、どっちも好きだし」
 なんとなく。なんとなくだけれど、陸の言わんとしていることがわかるような、……わからないような? とんでもなく熱烈な告白をされているようにしか思えない。気のせいだろうか。
「いきなりなんですか……恥ずかしい人だな」
 耳まで熱い。そんなところを見られたくなくて、ふいと顔を背ける。
「もう、怒るなよ。照れてるところもかわいいけどさ」
 かわいいのは、あなたのほうだ……なんて、やっぱり恥ずかしくて言えない。
 パーフェクト高校生なんて呼ばれたことがあるけれど、実際のところ、自分は完璧ではないことくらい、一織はとうに、気付いている。陸は、それも含め、丸ごと、好きだと言ってくれているのだ。こんなの、照れずにはいられない。
「……そろそろ、逢坂さんの合図がくる頃ですよ」
 兄の誕生日を祝うために、自分が練った計画。人員配置、所用時間、いずれも完璧だから、滞りなく成功するはずだ。一織は自然と、口角を上げてしまう。それを見て、陸が「あっ」と声を出した。
「うん、その顔。好きだよ」
「……やかましいです」
 ――予定通り。こんこん、と控えめなノックの音。さぁ、作戦開始の合図だ。


    《ひとこと感想》

     



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