一月七日

 一織は記念日を気にする柄ではない。そりゃあ、家族の誕生日や、メンバーの誕生日は特別な日だとは思う。しかし、それ以外は学校へ行く、仕事をする、どちらもなければ貴重な休みで疲れを取る……ただそれだけのこと。どんな日だって、一日が二十四時間であることには変わりない。
 自分たちの名前に数字が入っていること、それが偶然にも誕生月と同じであることには初対面ですぐに気付いたけれど、話のネタになるかなぁというくらいで、それをあちこちで引っ張り出そうとまでは思わなかった。

 共有スペースのリビングに飾られた大きめのカレンダー、今日の日付に、赤いペンで花丸が描かれている。誰がどのペンの色か、入寮してすぐに決めたことだ。時折、オレンジ色のペンで買い出しのメモが書かれてあったり、水色のペンで王様プリンのイラストが描いてあったりする。この花丸は赤色のペンなので、書いた犯人は一人しかいない。今日は夕方から雑誌のインタビュー、そのあとに音楽番組の収録が入っているけれど、それらは七人全員の仕事なので、別途、真っ黒なペンで書き込まれている。では、この花丸は?

「私たちの日、ですか……?」
 全員揃って、マネージャーの運転する車で移動中。なんの気なしに、今日の日付に書かれた花丸について陸に尋ねてみた。
「うん。一と七、一織とオレだろ? だから、オレたちの記念日!」
「きっ……」
 一織の頬に赤みが差す。記念日、だなんて。まるで恋人のような響きではないか。
(まぁ、恋人、なんですけど)
 ひとしきり照れてから慌てて声を潜め、陸の耳許に唇を寄せる。
「なにも、全員が見るところに書かなくてもいいでしょう。私たちの関係は、みなさんにだって秘密なんですから」
 一織は今でも、陸との関係を他のメンバーには伏せている。ひた隠しに……できていると思っている。実際のところは、とうに他のメンバーも把握しているのだけれど、一織はそれに気付いていない。二人の関係に、最初に気付いたのは大和だ。彼曰く、寮の中での一織の態度があまりにもわかりやすかったとのこと。
「秘密、秘密って言うけどさぁ……」
 大和から尋ねられ、陸は一織との関係を認めている。
 一織には「バレてしまった」と明かしていない。しかし、当事者である陸が客観的に見ても、寮内での一織の態度は、日を追うごとにあからさまになっているのだ。外での態度がこれまで通りであることが不思議なくらい。それほどまでの演技力なら、大和のようにドラマの主演オファーがきたっておかしくないと思う。
「……まったく。まぁ、花丸がついているだけなのでいいですけど」
 これでハートマークなんて描いてあったらと想像すると、恥ずかしさで憤死しそうだ。
「けちー。……あのさ、一織」
「なんです」
 いつまでも二人で内緒話をしていては、他のメンバーに怪しまれてしまう。ここは手短に、用件だけ聞いて終わらなければ。
「帰ったら、二人きりでお祝いしよっか」
 記念日。二人きり。お祝い。恋人ならではのフレーズが連発されて、一織の羞恥心が煽られていく。耳まで真っ赤、すっかり涙目だ。恥ずかしいと言ってしまいそうになったのを、陸の顔を見て、思い留まった。陸もまた、頬を赤く染めていたから。あぁ、かわいい人だ……じゃなくて。
「……考えておきます」

 すっかり二人の世界になっているけれど、今はIDOLiSH7全員で移動中、ここはマネージャーが運転する車の中。
「なぁ、あれ、いつ終わるんだ?」
 呆れた表情の大和が、大きな溜息をつく。これから仕事だというのに、早くも疲れてしまった。
「……なんか、ごめんな。兄として代わりに謝っとく」
「ミツキが謝る必要はないのでは?」
 これで二人の関係がメンバーに知られていないつもりでいるなんて、周囲の状況を把握することに人一倍長けている一織にしては珍しい。
「恋はモーモクってやつ?」
「盲目、だね。普通は危険なんだけど、一織くんなら、大丈夫なんじゃないかな……」
 本当に、外ではこれまで通りだから。
「イチが大丈夫でも、見せつけられてるこっちは大丈夫じゃないんだよなぁ……」
 ふと、陸が大和たちを見た。照れくさそうに笑うのを見て、皆が思ったことは同じ。
「イチとリクのためにも、着くまで眠ったふりでもしてやるか」
「賛成」


    《ひとこと感想》

     



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