年越し

 年末ともなれば、テレビ番組は特別番組だらけ。毎週放送されている『魔法少女まじかる★ここな』は休止期間、秋ドラマはとうに最終回を終えて、年明けからは新番組のスタートラッシュ。新ドラマの主題歌、新春からの新CMとのタイアップ曲……音楽業界も慌ただしい時期だ。
 IDOLiSH7も、ありがたいことにスケジュールが詰まっている。とはいっても、メンバーのうち二人が十七歳なので、夜間の番組に出演することはない。年が変わる瞬間も仕事をしているのは、一月から始まる新ドラマの宣伝を兼ねてバラエティ番組に出演する大和のみ。大和が「バラエティって柄じゃないんだけどなぁ」とぼやいていたそれは、五時間という長丁場。他の六人は、寮の共有リビングで大和が出演する生放送番組を見ながら、他愛もない話に花を咲かせている。
 年越し蕎麦は、山村そばの出前にした。さきほど六人前の蕎麦を受け取ったが、相変わらず、配達に来た店員は八乙女楽に似ているなぁと思う。陸がそう言っても、彼は「よく言われます」と、いつもと変わらない返答だった。
「こら、ナギ! ラーメンと蕎麦はすするんだって何度言えばわかるんだよ!」
「OH……やはりコツが掴めません……」
 またやってるなぁと二人のやりとりを横目に、環は壮五を盗み見た。寮で賑やかにしている時の壮五は上機嫌で、かわいらしい表情をしていることが多いからだ。
 しかし、そんな浮かれた気持ちも、壮五の手に握られた小瓶の正体に気付いて吹き飛んでしまった。
「もー! そーちゃんまた! からいのかけて……! 蕎麦はそのまま食うのがうまいんだって!」
 壮五の手から一味唐辛子の瓶を取り上げようとするも、すんでのところで躱されてしまう。
「少しスパイスが効いたほうがおいしいんだよ?」
「限度ってもんがあんだろ。一面、真っ赤じゃんか! かけ過ぎなんだよ、あんたは」
 むっと口を尖らせて、壮五が反論する。出会ってすぐの頃なら、口を尖らせるなんてことはしなかっただろう。仮にも二十歳の男が口を尖らせたところでかわいく……ないと言いたいのに、これが、ものすごくかわいいから困る。他のメンバーもいる時に、そんなにかわいい顔すんな! 環は頬がゆるみそうになるのを堪えるのに必死だ。あとで絶対、あのかわいい口で、いろいろしてもらおう。……いろいろって? いろいろと。
 食事を再開させてからも、環は、ちらちらと壮五の口許を見てしまっていた。

 全員が食べ終えるのを待って、蕎麦が盛り付けられていた器を洗う。
 出前蕎麦だから軽く水で濯いで返却するだけでも問題はない。あの蕎麦屋の店員も「わざわざいいのに」なんて言っていたが、持って帰ってもらうのに、きれいにしておくに越したことはないだろう。それに、天麩羅の油分が残ったままというのも気にかかる。壮五は率先して、六人分の器を洗い始めた。三月は夕方からずっと御節の準備をしてくれていたので、これくらいはさせてほしい。もちろん、御節の準備は他のメンバーも手伝ったのだが、半分以上は三月に任せてしまった状態だ。ナギに至っては、御節自体が初めて目にするものだと、珍しそうに眺める係になっていた。
「俺もやる」
 環が壮五の隣に並んで、シンクの前に立つ。これくらい一人でもできるのにという気持ちは、口に出さないでおいた。だって、他のメンバーはテレビに夢中で、キッチンの流し台にいるのは二人だけ。わずかな時間でも二人でいたいという気持ちで環が隣に立ったのだとわかったからだ。
 ただ、素直に喜んでしまうのは少し照れくさくて、泡立てたスポンジを持つ自分の手に視線を落としたまま、顔を上げることができない。ぬるま湯で泡を流して、指で器をなぞれば、きゅっと小気味いい音がした。いつもなら、泡を流したあとは水切りラックに置くのだが、隣で手持ち無沙汰にしている環が手を伸ばしてきたので、器を手渡す。
「あの、さ」
 食器を拭くタオルを握り締めて、環がゆっくりと口を開く。
「なぁに?」
 まさか、きちんと洗えていなかったのだろうか。確かに、隣に立つ彼のことを意識してしまっていたが、日常的におこなう動作が疎かになるほど、自分は初心ではないつもりなのに。改まった様子で話しかけられると、その真剣な表情に、ときめいてしまう。
「その、……今年も、世話になりました。…………って言おーと思って」
 普段はものごとをはっきりと言う環も、照れが生じると、極端なほど口下手になってしまう。今でこそ、壮五にキスをねだったり、ねだらせたりするようになったものの、以前は「キス」という単語を口にすることさえ恥ずかしいと言って憚らなかったほどだ。
 そして、くしゃみと照れは伝染するものだと相場が決まっているもので。
「…………突然、なにを言い出すかと思えば……」
 壮五の手の中でスポンジが潰され、しゅわしゅわと泡を吐き出す。漂うのは爽やかなオレンジの香り。昨日まではライムの香りだったのにというところまで考えて、昼過ぎに三月が台所の大掃除をしていたことを思い出した。その時にでも交換したのだろう。ちょうど少なくなっていたから。
「そーちゃん」
 顔を上げると目の前に黒い影が見えて、咄嗟に目を瞑ってしまった。直後に、唇に触れるやわらかな感触。
「……? …………えっ」
 一瞬のことだったから、理解するまでに数秒かかってしまった。
「前にドラマで見たやつ」
「ドラマ?」
 メンバーが出演しているものはもちろん、先輩であるTRIGGERやRe:valeが出演しているものも見るし、それ以外だって、ストーリーが気になるドラマは見ている。演技の勉強にもなるから。一体なんのドラマで、今のキスがどうしてそれの真似なのか。キスシーンのあるドラマなんて、毎クール何作もあるではないか。
「~~っ、だーかーらー! 年変わる瞬間にチューすんの……が、前に、あって……」
 あぁ、もう! 環はそう呻いて、その場にしゃがみ込んだ。そういえば、そんなシーンを見た記憶がある。ストーリーよりも主題歌に惹かれてしまったことで失念していた。
 環に言われて時計を見てみれば、いつの間にか、新しい年になっているではないか。共有スペースのリビングを見遣ると、他のメンバーは「あけましておめでとう」とはしゃいでいる。どうやら、自分たちに気を遣って、わざと声をかけなかったようだ。
「……今年も、よろしくね」
 早い話だけれど、来年も再来年も。
「よろしくお願い、します」
 ぶっきらぼうに返してきた環の頬はほんのり赤く染まっていて、照れるなら、年越しの瞬間のキスなんてしなきゃいいのになんて思いながらも、にやけそうになるのを抑えられそうにない。
「おーい、MEZZO”の二人~! そろそろ大和さんの出番だぞ~!」
 共有スペースのリビングから、三月の呼び声がする。いつまでも二人だけでいちゃいちゃし続けるわけにもいかない。だってここは七人で過ごす場所で、我らがリーダーの仕事ぶりを皆で見るのも、大切な時間だからだ。


    《ひとこと感想》

     



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