眼鏡

 眼鏡チェーン店を運営する企業とのコラボレーション企画が持ちかけられ、今日は、その企画発表に使われるメインビジュアルの撮影がおこなわれた。
 この企画に携わっている眼鏡メーカーは、ブルーライトを軽減させるもの、ドライアイを緩和するもの、花粉を防止するものなど、機能性を重視した商品開発にも力を入れている。近年では利用者の瞬きを計測するセンサーを取り付けたものをスマートフォンのアプケーションと連携して数値化するなどの技術も進んでいて、眼鏡ができることはものを見やすくするだけではないといっても過言ではない。数年前には、眼鏡男子や眼鏡女子などという言葉も流行っていたが、その言葉が廃れたあとも、ファッションとしての眼鏡人気は一定のラインを保っている。
 過去にも、長年愛されている漫画キャラクターや、ユーザー数の多いゲームキャラクターをモチーフにした眼鏡が販売されていた。そして今回、白羽の矢が立ったのが、アイドルである自分たちというわけだ。
「ファンの方々だけではなく、私たちと同年代の男性客の囲い込みも狙っているのでしょう。購入にあたっての参考にしやすいですからね」
 そう言うのは、なにごとも情報収集と精査から始める一織。
「それで、なんでスーツ?」
 制服よりも窮屈なそれに、環はやや不機嫌そうな声を上げた。頼むから気崩さないでほしいと、壮五ははらはらするばかり。
「タマ、眼鏡にスーツの組み合わせは、昔っから強いって相場が決まってんだ」
 最年長のありがたいお言葉。どんな強みがあるのか。果たして環がそれを理解したのかはわからなかったが、環が「ふーん」と言うのを見て、壮五はひとまず胸を撫で下ろす。
 それにしても……と、壮五は、指定された並び順で隣に立っている環を盗み見た。
(こんなに格好いいなんて……)
 元々、アイドルになるだけあって、見た目は相当いい。その上、十七歳にして、抱かれたい男ランキング五位となった男。男らしい見た目がその結果を呼んだのだろう。自分にはない男らしさが羨ましいと思ったのは随分前のことで、今となっては、壮五をときめかせる要素でしかない。
 じっと見ていたからか、環と視線がかち合ってしまい、顔にこそ出さないものの、壮五の心臓は跳ね上がった。その時の環の表情といったら。
(なんて、なんてずるいんだ……!)
 唇を薄く開き、髪を掻き上げる。しかも、ウインクのサービス付き。
(こんなの、誰が見たって、好きになってしまう)
 壮五は直視できなくて、思わず顔を逸らしてしまった。その拍子に眼鏡がずり落ちそうになって、慌てて眼鏡のフレームを押さえる。
 ポーズを取るように指示されたところで、隣から、環の視線を感じた。

 ◇

「……ちょっと、環く……っ」
 撮影で使った眼鏡を買い取った環は、寮に帰り着くなり、壮五を自室へと連れ込んだ。
「そーちゃん、ずーっと、ものほしそーに見てたじゃん」
 これ、と言いながら眼鏡を取り出してかけてみせ、顔をずいと近付ける。
「なん、……」
 盗み見るまでに留めておいたはずなのに、どうして気付かれたのか。壮五は頭が混乱してしまう。格好よくてずっと見惚れていた、眼鏡をかけた環の顔が、目の前にある。ものすごく、心臓に悪い。元々格好いいと思っているけれど、今日は一段と……。
「俺のこと、格好いい、好きって思ってくれてる時のそーちゃん、かわいい顔になるからすぐわかんよ」
 でも仕事中にあれはずるいなー、と壮五の耳許で環が笑った。その声に、背筋がぞくぞくする。
「だって……そんなの、環くんだってずるいじゃないか……あんなに……」
 語尾がどんどん小さな声になっていく壮五に、環は心臓がきゅうっとするほどときめいてしまった。
「あーもう、ほんっと……かわいい顔すんのやめて」
 さっきよりもしどけなく開かれた唇が近付いてきて、壮五も受け止めようと唇を薄く開く。初めから食らい付くようなくちづけをするようになったのは、恋人関係になってしばらくしてからのこと。しかし、あとほんの少しというところで、環がかけていた眼鏡が顔に当たり、邪魔をする。
「いって……あー、もう、邪魔」
 乱暴に外された眼鏡はベッドの端に放り投げられてしまったが、いつもならばそれを窘めるはずの壮五には、もうその余裕はないらしい。環はそれが嬉しくて、壮五のお望みのまま、唇にむしゃぶりついた。


    《ひとこと感想》

     



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