「そーちゃん、すげえ! これ!」
 MEZZO”の仕事で訪れた砂浜できゅっきゅっと音を鳴らしてはしゃぐ環に、壮五はまなじりを下げる。
「鳴砂っていうんだよ」
 砂粒の表面が摩擦によって振動することで音が鳴るというのが最も有力な説だが、そのメカニズムまでは未だ解明に至っていないらしい。音が鳴るためには、ごみや砂の出入りが少ないことが必要とされていて、音が鳴る砂粒の大きさも限定的だ。海流の変化で砂粒の構成成分が変わると、鳴らなくなってしまうこともある。一度鳴らなくなると、再び鳴るようにすることは困難。鳴砂はとにかく繊細なしろものだ。
「テストに出たから知ってっし。でも初めて見た。おもしれー」
 夏の日差しの下、環はサンダルを砂まみれにしている。関東には鳴砂がないのか、それともまだ発見されていないだけなのか。仕事でもなければ来る機会のないこの場所で、初めて現物を目にした環は、仕事であることも忘れてはしゃいでいた。
「環くん、そろそろ休憩も終わりだよ」
 少し離れたところでスタッフが自分たちを見守っていることには気付いていたものの、撮影が再び始まる前にサンダルを一度洗っておこうと思い立ち、早めに休憩の終わりを告げる。環の元へ歩いていく壮五の足でも、鳴砂はその音を立てていた。
 日に焼けてしまわないようにと、しっかり塗ってある日焼け止めが少し窮屈だ。せっかく水着を着ているのだから、目の前の海にざぶんと浸かりたい。でもそれは、撮影の終盤までの我慢。
「なー、これ、すり足みたいにしたらもっといい音する!」
 単に踏み締めるのではなく、すり足で摩擦を起こすのが鳴き砂を鳴らすコツ。環ははしゃいでいるうちにそれに気付いたらしい。無邪気に笑う環を見て、壮五は仕事中だというのに、心臓がきゅうっと締め付けられてしまった。
 いつからか、環の一挙一動にときめくようになった。今だって、パーカーの開きから覗く肌に、どきどきしている。でも、自分たちはアイドルで、ファンが恋人でなければならない。そもそも、未成年の彼にこんなことを言えるはずもない。せめて、この気持ちが顔に出ないようにと、壮五は毎日取り繕うので精一杯だ。
 日差しが強いことを言い訳にして、壮五はパーカーのフードを被る。大きめのサイズが用意されていたため、思っていたよりもフードの部分が深かった。これはありがたいかもしれない。目の前にいる環があまりにも魅力的で、直視することができないから。
「あれ、そーちゃん、具合悪い?」
 日差しの下、フードを被って俯いた壮五を環が訝しむのは当然のこと。壮五は無言で首を振り、小声で「眩しいから」と呟く。
 そっか、太陽眩しいもんな。環がそう同調してくれたことに、ほっと胸を撫で下ろす。
「それより環くん、サンダルが砂まみれだよ。休憩が終わる前に洗おう」
 まだもう少し遊んでいたかった環は「えー」と言いながらも、壮五に従った。時間を守ることができるよう、ほんの少しだけ早めに準備することが大事だというのは、壮五に教えられたこと。初めは面倒くさいと思っていたけれど、環がきちんとすれば、壮五は喜んでくれる。優しく微笑んでくれる。それがわかった環は、ほんの少しだけ……五分前は無理でも、三分前行動ができるくらいには、壮五の言うことを聞くようになった。
 かなしそうな表情なんて見たくない。多分、今まで心の底から笑うことなんて滅多になかっただろう壮五を、できることなら、たくさん笑わせてやりたいと思っている。
 壮五が好きな曲について一人で語りつくしたあと、はっと我に返ってから見せる、照れたような笑顔が好きだ。そーちゃん笑えんじゃん。しかも笑ったらすげえかわいい。もっと笑ったらいいのに。環は、いつもそう思っている。
 ……だから、この休憩時間、本当は壮五と一緒にはしゃぎたかった。
「なぁ、そーちゃん」
 サンダルを洗いながら、今もフードを深く被ったままの壮五に声をかけた。
「なんだい?」
「今度、海来よーな。ここじゃなくてもいいし。周りとか仕事とか、なんにも気にしなくていいくらい、人少ないとこ」
 ありがたいことにすっかり顔が知られている自分たちに、そんなところがあるのかは、わからないけれど。
「ふふ、……そんなところがあったら、いいかも」
 忙しい自分たちにそんな日がくるなんて思えなくて、壮五は夢を見るくらいならばいいだろうと、心の中で言い聞かせてから同意した。
「だろ? みんなで海もいいけど、俺は、そーちゃんと二人で海行くのがいい」
「……え?」
 それって、どういうこと? そう尋ねたかったのに、残念なことに休憩時間の終わりがきてしまった。スタッフが自分たちを呼ぶ声に、壮五は慌てて立ち上がる。その後ろ姿を見ながら、環は目を細めた。
(だって、好きなやつと海って、絶対いいに決まってんじゃん!)


    《ひとこと感想》

     



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