NOVELS

ラムネを飲む可不楓



「アッチアチのたこ焼きと冷え冷え〜のラムネをおともに、射的にヨーヨーすくい、それから金魚すくい! これが映画なら、そのあとはいい感じ〜のふたりが手とか繋いじゃってェ……」
「花火……も、いい……」
「そうそう! いざ告白ってタイミングで〜〜……ドォン!」
 あく太の声の大きさに、季肋が肩を跳ねさせる。相変わらず、あの子たちは賑やかだ。
「夏焼さんが屋台で出されたチョコバナナは美味だったな。チョコレートを使った菓子には特にうるさいうーちゃんも喜んでいた」
「特段指摘する点がなかったってだけで、喜んだわけじゃないから」
「はぁ……おいしかったですって言葉すら言えないんだ、相変わらずだよね」
「あまり言ってやるな、斜木。ここではこんな様子だが、夏焼さんにはきちんと感想を述べていた」
 リビングの一角、夏季休暇の課題らしきものを広げたまま盛り上がる高校生たち。いつもみたいに部屋でやらないのは、気分転換を兼ねてるんだと思う。
 明日からの三日間、HAMAツアーズは稼働人数を減らしての夏休みモードだ。明日の夜にでも、ここで小さな花火大会をするのはどうかな。――その場でそう提案したら、あく太をはじめ、みんながぱっと顔を輝かせた。喜びや嬉しさといったポジティブな気持ちがわかりづらい潮も、いつもより表情がやわらかくなってる。
「その代わり、明日の夕方までにその課題を進めておくこと。夕方まで頑張ったら、好きな花火を買いに行っていいからね」
 彼らを観光区長として任命した以上、過度に子ども扱いするつもりはない。それでも、こういうときはちょっと年上ぶってしまう。
「ロケット花火、ねずみ花火、ナイヤガラ……!」
 僕の言葉を聞いて、あく太は俄然、やる気になったみたい。他の子たちも、広げたままの課題に取り組み始めた。
「タイムリミットを明日の十六時頃と仮定して……効率よく進めれば、二教科は完遂できそうだ」
「まぁ、むーちゃんならできるだろうね」

 ◇

 昼班の子たちは――全教科完遂はできなかったものの――夏季休暇前に自身が計画した以上に課題を進められたらしい。ご褒美も兼ねて、お昼には切り上げようかと提案して、昼食後に花火の買い出しをおまかせすることにした。経費処理する都合上、朔次郎には監督者としてついていくよう言っておいたから、予算内でめいっぱい選んでくれそう。
 急ごしらえとはいえ、HAMAハウス花火大会の報せではりきってるのは、昼班の子たちだけじゃない。雪風はさっきからキッチンにこもってひたすら点心をつくってるし、來人はラーメンと焼きそばの材料を買いに出かけた。夜鷹は昼班の子やお酒に弱いひとたちも気軽に飲めるようにと、さっきからノンアルコールカクテルをあれこれ試作してる。練牙からは「撮影が終わったら急いで送ってもらうようマネジに頼んである」ってメッセージがきた。そんなに焦らなくても、練牙が帰ってくる頃はまだまだ盛り上がってる最中だと思うよ。
「ただいま! ……結構、本格的だね?」
 お昼までで仕事を切り上げた楓ちゃんが、みんなの様子を見て目をまるくする。
「お疲れさま。うん、みんなすごくはりきってる」
 今日は業務量も落ち着いてるから、楓ちゃんと入れ替わるようにして仕事に向かった生行も、定時ぴったりで退社できるはずだ。
 僕は朝一番で取引先との打ち合わせを済ませたあと、細々とした仕事はここに持ち帰って、さっき終わらせた。昼班の子たちの様子を見たかったから。
「そっかぁ……、ね、なにか手伝えることない?」
 食べものも飲みものも準備が進んでる。メインの花火も、彼らに任せた。いつも頑張ってくれてるから、こんなときくらいゆっくりしてほしいんだけど……この子がじっとしてる性分じゃないことは、僕が一番知ってる。
「そうだなぁ……あ」
 ひらめいた勢いのまま、楓ちゃんの手を引く。
「ちょっとだけ、デートしようか」

 アスファルトを焼くような強い陽射しの下、先週に比べれば大人しくなったセミの鳴き声を聞きながら、楓ちゃんと並んで境内を歩く。ここのお祭りは夕方からが本番だから、今は準備中の屋台がほとんどだ。それでも、ぱらぱらとお客さんが訪れては、ひと足早く営業を始めた屋台を覗いていってる。今、営業してる屋台は……お昼ご飯候補に買っていってほしいって感じのお店が多い。
「俺たちだけ遊ぶなんて」
「遊びじゃないよ。帰りにみんなへのお土産を買うからね。これも立派な買い出しです。ちょっと遠回りしてるだけ」
 來人が引き受けた屋台の仕事は終わったけど、HAMAのお祭りは夏だけじゃない。HAMAツアーズの社屋がある4区には秋に区民祭りがあって、そこに毎年出店してるキッチンカーの運営会社のひとが、今日はここに屋台を出すらしいんだ。
 というわけで、事前の挨拶を兼ねた遠回りってわけ。——そう説明すると、それならまぁいいかだって。挨拶は今ここで思いついたってこと、言わないでおこう。
「ね、喉渇かない?」
 建前を並べた短時間のデート、せっかくなら思い出もつくりたい。
「言われてみれば、確かに」
「それ、熱中症のサインだよ。言われて気付くようじゃダメ。……ほら、あそこで買おうよ」
「待って、可不可。俺、汗かいてるから……!」
 どさくさに紛れて楓ちゃんの手を引き、十数メートル先に見える涼しげな幟が立った屋台へと駆ける。暑さで少ししっとりしてるけど、全然、気にしないよ。手を繋げることのほうが何十倍も幸せだから。それに、汗をかくのは生きてる証拠のひとつでしょ。楓ちゃんだって、ちょっとくらいなら僕が汗をかいても気にしないでいてくれるくせに。
「もう、走ったら余計に暑いだけなのに」
「そのぶん、飲んだときの多幸感が増すんじゃないかな?」
「だからって…………ラムネ?」
「そう。レトくていいなぁって」
 並んでるのはプレーンなラムネ味だけじゃなくて、ストロベリーやグレープ、アップル、オレンジなんかもあるみたい。さりげなく描かれたフルーツのイラストもきれいで、目移りしちゃいそう。
 でもここはやっぱり、王道のラムネ味だよね。楓ちゃんと顔を見合わせて頷き、まとめてふたりぶんぱぱっと会計を済ませる。
「懐かしいなぁ。子どもの頃、楓ちゃんがお見舞いに持ってきてくれて以来かも」
 あのときは力加減がよくわからなくて、玉押しを一緒に押してもらったっけ。
「あったねぇ。可不可のはうまく手伝えたけど、俺のは失敗しちゃったんだよね」
「あれは手を離すのが早過ぎたんだよ」
 病室でラムネをこぼして顔を真っ青にしてた楓ちゃんのこと、思い出したら笑っちゃいそう。あ、ダメだ、顔に出る。
「……未だに笑うなんてひどくない?」
「ごめんってば。お詫びに開けてあげようか?」
 手を差し出すと、つんと顔を背けられた。怒らせた? ……ううん、これは照れてるだけ。その証拠に、もう数秒見つめてたら、楓ちゃんが瓶を差し出して、もう一方の手を「ん」と開いた。
「可不可のは俺が開けるから」
 はたから見れば、お互いに相手のを開けるくらいなら、自分のぶんを開けりゃいいのにっていわれるだろう。でも、僕はそう思わない。だって、僕がしてあげたいこと、楓ちゃんも僕にしたいってことだ。こんなささやかなおそろいすら、今の僕には宝物だから。
 ぺりぺりっとフィルムを剥がして、あのときはうまく扱えなかった玉押しを手に取る。せーので上から押し当てたら、ビー玉が静かに沈んだ。子どもの頃はうまくできなかったけど、さすがに大人だからね。派手にこぼすなんてこともない。
「あ、このメーカー、ビー玉が取り出しやすいやつだよ」
 お互いのラムネ瓶を交換しながら、楓ちゃんが呟く。同じ味なのに開けるためだけに交換してまた戻すの、ちょっとおもしろい。
「じゃあ、今日の思い出に持って帰ろうか」
 なんの変哲もない透明なビー玉に、このささやかなデートの思い出を閉じ込めてもらおう。……宝物がまた増えちゃった。