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お互いがいれば無敵な可不楓



 主任ちゃんが考えた企画が、ダメになった。アイデアがよくてすごく順調だったのに、商談に入ろうとした矢先に、相手先のトップが社会的に炎上。公開情報の収集分析では、問題はなかった。SNSの投稿を分析した幾成曰く、誰かに嵌められた可能性が高い。ともあれ、今の状況では進められないからと、企画は保留にさせた。ひと晩様子を見て白紙にするかどうか判断しようって説明したけど、うまくいけば大きな企画になると張り切ってただけに、主任ちゃんはかなり落ち込んでる。
 そのあとも、直前まで問題なかった複合機を主任ちゃんが使おうとしたタイミングで故障したり、ランチデートで食べたがったお弁当のおかずがトンビに持っていかれたりと、まるで、凪が日頃経験してるようなトラブルまでもが、主任ちゃんを一気に襲ってきた。お弁当のおかずは僕のを分けて、複合機は幾成がすぐに修理したけど、主任ちゃんの落胆を追い払うだけのものにはなれなかったみたい。
 仕事を終えてHAMAハウスに帰ってきてからというもの、楓ちゃんは部屋に閉じこもって出てこない。心配した雪風が部屋の前に置いた食事はちゃんと食べてたけど、ここまで落ち込むのは珍しいから心配だ。
 できれば顔を見せてほしい。かといって、無理にお願いするつもりはない。
 部屋の前で、楓ちゃんに声をかけようか考えあぐねていると、今日の一件を知ってる凪たちが様子を見にきた。
「今日はオレの頭に鳩のフンが降ってこないばかりか現時点でトラックが突っ込んでくることもなく、このままではせいぜい会社の真ん前の道になぜか落ちてたバナナの皮で滑って転倒しただけの、ありえないくらい平穏な一日で終わってしまう。オレが平穏な一日を過ごしたせいで、主任に多大なる不幸が降りかかってしまったんだとしたら、今からでも卯勢佐木町あたりで黒塗りの高級車に追突してきたほうがいいのかもしれない。うん、絶対にそうだ」
「主任相手に絶妙に通じなさそうなシャレにもなんねぇ寒いネタぶっこむのやめろ。……あー、……まぁ、今回のはご愁傷様っつーか、…………ひと晩ぐっすり寝ろよ」
 早口でなにか言ってた凪を、琉衣が引きずっていく。去り際に目が合ったから、彼なりに気を遣ってくれてるのだろう。相変わらず、糖衣以外には素直じゃないけど優しいな。
 もう少し待って、声をかけようかな。やっぱり、このまま眠らせるなんて心配だし。
 壁にもたれかかって天井をぼんやり見つめてると、スマホが鳴った。
「はい。え、今この場で見たほうがいい? ……あぁ、確かに、SNSでもそうなってるね。わざわざありがとう」
 用件だけ言って切れた電話の相手も、相変わらずわかりづらいけど優しいな。これは早く楓ちゃんに教えてあげよう。待ってるなんてもったいない。
「楓ちゃん、起きてるよね? いい話があるんだ。絶対に今すぐ聞いたほうがいいと思う」
 ドアをノックすると、しばらくして、ドアの隙間が細く開いた。顔を覗かせるなんてとてもじゃないけどできないくらい細い。
「可不可、今夜は」
 楓ちゃんの声も細かった。長い付き合いだけど、今まで聞いたなかで一番細い声だ。目の前のドアの隙間より細いかも。
「いいから。……相手を嵌めた人物、礼光にも手伝ってもらって特定できたよ。炎上した内容も巧妙に捏造されたものだとも証明されて、形勢逆転」
「……本当?」
「本当。dazzleもスピネも、同情票が集まりだしてる。先方にはまだうちがどうするか伝えてなかったし、世間が過度な〝かわいそう〟ムーブになる前にプレスリリースできれば、当初の予想以上のものにできる可能性だってあるよ。明日の午前中がチャンスだ」
「〜〜っ、よかったぁ……!」
 蝶番が悲鳴を上げるんじゃないかってくらい勢いよくドアが開いて、楓ちゃんが抱き着いてきた。楓ちゃんを受け止めた反動で、一、二歩あとずさる。
「わかった、わかったから落ち着こう。ね、部屋に入れてくれる?」
 楓ちゃんはこくこくと頷くと、僕の手を引いた。後ろ手にこっそり鍵をかけたのは、ここで暮らすようになってからできた、僕の秘密の習慣だ。
「前の会社じゃ企画からやるなんてほとんどなかったから……俺が不慣れなばかりに可不可に迷惑かけちゃったって思ってた」
「そんなことないよ。昼間も言ったでしょ、今回のは誰も予想できないって。キミは悪くないし、そもそも、迷惑かけられたことないから」
 自分を過小評価しがち? ……そこまでではないかな。でも、もう少し強気でいってほしい。
 楓ちゃんの両手を握って、こちらに意識を向かせた。
「改めて言うけど、キミが仕事のパートナーになってくれただけで、僕は無敵だと思ってる。それくらい、キミの存在が必要不可欠なんだ。だから、これから先、似たようなことが起きたとしても、絶対になんとかする。だから、もっと僕を頼って」
「可不可……」
 艶やかな瞳がわずかに見開かれる。
「まぁ、そのための社長だからね。いつでも社員を守れるよう、人脈・知識・資金すべてにおいて抜かりはないよ」
 語尾を上げて冗談っぽく言ったのはわざとだ。社長だからなんて言ったけど、仕事じゃなくても、楓ちゃんのためなら、僕はなんだってできるし、やるつもりだよ。この子の隣に立つために生きてると言っても過言じゃない。
 手を握り返されて、はっと顔を上げる。
「俺、可不可がいれば、自分はなんだってできるんじゃないかっていつも思ってる。今日のは予想外のトラブルだったから、びっくりして落ち込んじゃったけどね。心配かけてごめん。ご飯はいつもどおりちゃんと食べたし、明日からまた頑張るから、……だから、見ててね」
 触れた手のあたたかさが同じなことに、心がじわっと痺れた。仕事に対してはおそろいの気持ちだと、自信をもっていえる。
「もちろん、目を離すわけないよ」
 いつか、仕事以外でも、触れ合う手のあたたかさがおそろいになればいいな。