idealism
*kfkeワンドロワンライ第2回から『散歩』『触れる』を選択
十日以上経つっていうのに、未だに、初めてのキスを思い出すのがやめられない。満月にほぼ近いまんまるな月を見ながらの告白も、その日だった。告白してくれたっていうより、可不可がいつもみたいにはぐらかさないよう、ちょっと強引に言わせたみたいになってたけど。
「わー……っ」
じっとしてられなくて、ベッドの上でごろんごろんと寝返りを打つ。今の俺、絶対に変な顔してると思う。口許がもにょもにょするのが抑えられない。こんなの、誰かと相部屋だったら不審がられるよ。本当に、ひとり部屋でよかった。
ひとしきり身悶えて、ぼさぼさになった頭で考えるのは、やっぱり、可不可のこと。
だって、思い返してみれば、きれいな月の下で告白と初めてのキスって、すっごくロマンティックだった気がする。俺も俺でだいぶキザな返ししちゃったけど、大丈夫? 可不可、実は引いてない? ……引かないか。可不可も結構恥ずかしいこと言ってたし。っていうか、最近まで気付かなかったけど、可不可って昔から俺に対してキザなことばっかり言ってた。そのくせ肝心なところではぐらかしてたんだから、ずるいよね。
って、こんなふうにじたばたしてる場合じゃない。そろそろ約束の時間だ。
慌てて飛び起きて、姿見の前に向かう。とはいっても、いつもどおりのラフな格好に上着を羽織って、さっきぐしゃぐしゃにしちゃった髪を櫛でていねいに梳かすだけ。……HAMAハウスで共同生活を始めて、たぶんそこそこの回数、ぼさぼさの頭を見られてたと思うんだけど、俺、よく平然としてたよね。長年の付き合いで今更取り繕ってもって感じもするけど、好きなひとには格好いいって思われたい。こういう意識の変化も、可不可に恋をしたからなのかな。照れくさいけど、悪くない。
約束の時間ぴったりに部屋のドアがノックされて、勢いよく開けた。
「……こんばんは。準備できてる?」
「もちろん。じゃあ、行こうか」
ドアを開けて最初に見た可不可は目をまんまるに見開いてた。開け方、待ってました感出てたかも。がっついてるとかそわそわし過ぎみたいに思われたらどうしよう。
部屋の鍵、持った。財布とスマホ、持った。――頭のなかで素早く指差し確認を済ませて、部屋を出る。
しゅうまいの散歩で午前中にふたりと一匹で出歩くことはあるけど、こうやって夜に出歩くのは、恋人になってから始めた習慣。十年以上の付き合いで、今は仕事も寝起きする寮も一緒の俺たちだから、今までとちょっと違うことを取り入れてみようってことになった。今夜みたいに外に出る日もあれば、仕事で遅くなって眠る前の五分程度だけ俺の部屋で過ごす日もある。今夜は四日ぶりに時間が取れたから、近くの公園まで散歩しようってことになったんだ。
「すっかり秋だねー」
可不可がプレゼントしてくれたジャケットを羽織ってきたんだけど、特になにも言われない。これを買ってくれたときはまだ恋人じゃなかったし、朝晩が冷え込む日とかに可不可の前で何度か着てるとはいえ、恋人になってから可不可の前で袖を通したのは、今日が初めてなんだけどな。さすがに望み過ぎ? 誰かとこういうふうに付き合うのが初めてで、なにをどこまで言葉にするのがいいのか、相手にどこまで期待しても許されるのか、たった十日程度じゃ掴めない。
もう少し早い時間なら夜にランニングするひとたちがちらほらいるんだけど、この時間ともなるとさすがにひとはいない。公園の周りに建ってるマンションを視界の端にとらえて、灯りの数を数えた。数えたところで意味なんかなくて、ただ、ここに来るまでひとことも会話ができなかった気まずさを、他の思考で拭えたらってだけ。あ、上から二番目の角部屋、灯りが消えた。
どちらからともなく、しゅうまいの散歩でいつも座るベンチに腰掛ける。俺は散歩のときと同じように座ったんだけど、可不可が座り直して距離を詰めてきた。と、思ったら、そのまま俺の肩に寄りかかってきた。
「ひゃっ」
本当にごめん、手の甲をくすぐるみたいに触られて、思わず声が出た。
「ひどい。手くらい繋がせてよ」
「い、いいけど」
夜のお散歩デートが始まって最初の言葉がそれ? しかも、その、可不可の触り方がなんか色っぽ過ぎるんだけど。するするっと撫でて、俺が反応するのを楽しんでるみたい。
「ね、前みたいに、楓ちゃんから指絡めてよ」
そう言って手のひらを上に向けてきたから、おっかなびっくりって感じで手をのせて、お願いされたとおりに指を絡める。
「はー……やっと触れた」
可不可がほーっと息を吐く。そういえば、ここ数日は眠る前にちょっと会うのがやっとで、手も繋がずに軽いキスだけしてたんだった。
「キ、キスはしてたでしょ」
「してたけど、楓ちゃんにもっと触りたかった」
もたれかかったままの頭をぐりぐりと押しつけられて身動きがとれない。
「お互い忙しかったからね……」
「そこは僕も反省してる。でも、久しぶりにデートできるって思って迎えに行ったら、かわいいジャケット着てるし。それ、前に僕が選んだ服だよね。このタイミングでそれって、わかっててやってる?」
「え、なに……」
ここまで会話がなかったの、逆に、なに? そう思うくらい、可不可がべったりくっついたまま、一気に話し始めた。
「やっぱり無自覚だったんだ。ジャケットとはいえ恋人から贈られた送られた服をデートで着てくる。それって、つまりそういうつもりなのかなって勘違いしちゃうじゃん。……どきどきし過ぎて、言葉も出なかったよ」
「えーっと……」
「でも、そうだよね、違うよね。楓ちゃんがいきなりそこまで考えるはずないもんね。わかってた」
「ま、待って」
またなんか怒ってる? 大急ぎで状況を整理する。可不可の言葉数が少なかったのはどきどきし過ぎてたからで、その理由は、俺が、可不可が買ってくれたジャケットを着てたせい。……ん?
「たしかに可不可がプレゼントしてくれた服だけど、付き合う前だよね?」
「今、そこは問題じゃないよ。僕はずっと前からキミの恋人になるつもりだったし、交際前であっても、恋人からのプレゼントと同義だから」
そう、なのかな? いや、さすがにそれは強引じゃない? よくわからなくなってきた。でも、俺も言われっぱなしでいるつもりはない。
「俺は、可不可が全然話さないから、どうしたのなかって心配してた。あと、このジャケットは……せっかくのデートだから、着たらなにか言ってくれるかなって期待してたところがあります」
「……どうして敬語?」
「なんとなく……」
可不可もなにか期待しててそれが外れたっぽいけど、俺も、可不可がなにか言ってくれるかなって期待してたから、お互いさまだよね。
「ごめん。僕がひとりでどきどきして勝手に照れてた。……僕の見立てどおり、すごく似合ってる。初めて着てくれた日も言いたかったけど、仕事中だったからね。本当はもっと早くお礼言いたかったな。着てくれてありがとう」
可不可の顔が近い、と思ったら、あっという間にキスをされた。
「外だよ、ここ」
「誰も見てないよ。あと、もうひとつ、さっき言いたかったこと言っていい?」
「なに?」
可不可が耳を貸してって手で合図するから、俺はなんの疑いもなく耳を寄せる。
「~~っ、ひゃあっ!」
なになに、今、耳舐められたんだけど! しかもその前、さらっととんでもないこと言われちゃった! なに、僕があげた服脱がせたいって!
「あはは、かわいい反応。言っておくけど、キスだけで満足するような男じゃないからね。もちろん、楓ちゃんが心の準備してくれるのを待つけど、ちゃんと覚悟してて」
十日以上経つっていうのに、未だに、初めてのキスを思い出すのがやめられない。満月にほぼ近いまんまるな月を見ながらの告白も、その日だった。告白してくれたっていうより、可不可がいつもみたいにはぐらかさないよう、ちょっと強引に言わせたみたいになってたけど。
「わー……っ」
じっとしてられなくて、ベッドの上でごろんごろんと寝返りを打つ。今の俺、絶対に変な顔してると思う。口許がもにょもにょするのが抑えられない。こんなの、誰かと相部屋だったら不審がられるよ。本当に、ひとり部屋でよかった。
ひとしきり身悶えて、ぼさぼさになった頭で考えるのは、やっぱり、可不可のこと。
だって、思い返してみれば、きれいな月の下で告白と初めてのキスって、すっごくロマンティックだった気がする。俺も俺でだいぶキザな返ししちゃったけど、大丈夫? 可不可、実は引いてない? ……引かないか。可不可も結構恥ずかしいこと言ってたし。っていうか、最近まで気付かなかったけど、可不可って昔から俺に対してキザなことばっかり言ってた。そのくせ肝心なところではぐらかしてたんだから、ずるいよね。
って、こんなふうにじたばたしてる場合じゃない。そろそろ約束の時間だ。
慌てて飛び起きて、姿見の前に向かう。とはいっても、いつもどおりのラフな格好に上着を羽織って、さっきぐしゃぐしゃにしちゃった髪を櫛でていねいに梳かすだけ。……HAMAハウスで共同生活を始めて、たぶんそこそこの回数、ぼさぼさの頭を見られてたと思うんだけど、俺、よく平然としてたよね。長年の付き合いで今更取り繕ってもって感じもするけど、好きなひとには格好いいって思われたい。こういう意識の変化も、可不可に恋をしたからなのかな。照れくさいけど、悪くない。
約束の時間ぴったりに部屋のドアがノックされて、勢いよく開けた。
「……こんばんは。準備できてる?」
「もちろん。じゃあ、行こうか」
ドアを開けて最初に見た可不可は目をまんまるに見開いてた。開け方、待ってました感出てたかも。がっついてるとかそわそわし過ぎみたいに思われたらどうしよう。
部屋の鍵、持った。財布とスマホ、持った。――頭のなかで素早く指差し確認を済ませて、部屋を出る。
しゅうまいの散歩で午前中にふたりと一匹で出歩くことはあるけど、こうやって夜に出歩くのは、恋人になってから始めた習慣。十年以上の付き合いで、今は仕事も寝起きする寮も一緒の俺たちだから、今までとちょっと違うことを取り入れてみようってことになった。今夜みたいに外に出る日もあれば、仕事で遅くなって眠る前の五分程度だけ俺の部屋で過ごす日もある。今夜は四日ぶりに時間が取れたから、近くの公園まで散歩しようってことになったんだ。
「すっかり秋だねー」
可不可がプレゼントしてくれたジャケットを羽織ってきたんだけど、特になにも言われない。これを買ってくれたときはまだ恋人じゃなかったし、朝晩が冷え込む日とかに可不可の前で何度か着てるとはいえ、恋人になってから可不可の前で袖を通したのは、今日が初めてなんだけどな。さすがに望み過ぎ? 誰かとこういうふうに付き合うのが初めてで、なにをどこまで言葉にするのがいいのか、相手にどこまで期待しても許されるのか、たった十日程度じゃ掴めない。
もう少し早い時間なら夜にランニングするひとたちがちらほらいるんだけど、この時間ともなるとさすがにひとはいない。公園の周りに建ってるマンションを視界の端にとらえて、灯りの数を数えた。数えたところで意味なんかなくて、ただ、ここに来るまでひとことも会話ができなかった気まずさを、他の思考で拭えたらってだけ。あ、上から二番目の角部屋、灯りが消えた。
どちらからともなく、しゅうまいの散歩でいつも座るベンチに腰掛ける。俺は散歩のときと同じように座ったんだけど、可不可が座り直して距離を詰めてきた。と、思ったら、そのまま俺の肩に寄りかかってきた。
「ひゃっ」
本当にごめん、手の甲をくすぐるみたいに触られて、思わず声が出た。
「ひどい。手くらい繋がせてよ」
「い、いいけど」
夜のお散歩デートが始まって最初の言葉がそれ? しかも、その、可不可の触り方がなんか色っぽ過ぎるんだけど。するするっと撫でて、俺が反応するのを楽しんでるみたい。
「ね、前みたいに、楓ちゃんから指絡めてよ」
そう言って手のひらを上に向けてきたから、おっかなびっくりって感じで手をのせて、お願いされたとおりに指を絡める。
「はー……やっと触れた」
可不可がほーっと息を吐く。そういえば、ここ数日は眠る前にちょっと会うのがやっとで、手も繋がずに軽いキスだけしてたんだった。
「キ、キスはしてたでしょ」
「してたけど、楓ちゃんにもっと触りたかった」
もたれかかったままの頭をぐりぐりと押しつけられて身動きがとれない。
「お互い忙しかったからね……」
「そこは僕も反省してる。でも、久しぶりにデートできるって思って迎えに行ったら、かわいいジャケット着てるし。それ、前に僕が選んだ服だよね。このタイミングでそれって、わかっててやってる?」
「え、なに……」
ここまで会話がなかったの、逆に、なに? そう思うくらい、可不可がべったりくっついたまま、一気に話し始めた。
「やっぱり無自覚だったんだ。ジャケットとはいえ恋人から贈られた送られた服をデートで着てくる。それって、つまりそういうつもりなのかなって勘違いしちゃうじゃん。……どきどきし過ぎて、言葉も出なかったよ」
「えーっと……」
「でも、そうだよね、違うよね。楓ちゃんがいきなりそこまで考えるはずないもんね。わかってた」
「ま、待って」
またなんか怒ってる? 大急ぎで状況を整理する。可不可の言葉数が少なかったのはどきどきし過ぎてたからで、その理由は、俺が、可不可が買ってくれたジャケットを着てたせい。……ん?
「たしかに可不可がプレゼントしてくれた服だけど、付き合う前だよね?」
「今、そこは問題じゃないよ。僕はずっと前からキミの恋人になるつもりだったし、交際前であっても、恋人からのプレゼントと同義だから」
そう、なのかな? いや、さすがにそれは強引じゃない? よくわからなくなってきた。でも、俺も言われっぱなしでいるつもりはない。
「俺は、可不可が全然話さないから、どうしたのなかって心配してた。あと、このジャケットは……せっかくのデートだから、着たらなにか言ってくれるかなって期待してたところがあります」
「……どうして敬語?」
「なんとなく……」
可不可もなにか期待しててそれが外れたっぽいけど、俺も、可不可がなにか言ってくれるかなって期待してたから、お互いさまだよね。
「ごめん。僕がひとりでどきどきして勝手に照れてた。……僕の見立てどおり、すごく似合ってる。初めて着てくれた日も言いたかったけど、仕事中だったからね。本当はもっと早くお礼言いたかったな。着てくれてありがとう」
可不可の顔が近い、と思ったら、あっという間にキスをされた。
「外だよ、ここ」
「誰も見てないよ。あと、もうひとつ、さっき言いたかったこと言っていい?」
「なに?」
可不可が耳を貸してって手で合図するから、俺はなんの疑いもなく耳を寄せる。
「~~っ、ひゃあっ!」
なになに、今、耳舐められたんだけど! しかもその前、さらっととんでもないこと言われちゃった! なに、僕があげた服脱がせたいって!
「あはは、かわいい反応。言っておくけど、キスだけで満足するような男じゃないからね。もちろん、楓ちゃんが心の準備してくれるのを待つけど、ちゃんと覚悟してて」