ラブレター(のつもり)
*月刊かふかえ企画2025年11月号より『カセット』を選択
楓ちゃんは覚えてる? キミが初めてカセットレコーダーを僕に渡してくれたときのこと。いつものように病院の中庭に来たときからずっとそわそわして、僕が「なにかいいことでもあったの?」って訊くのを待ってるんだとすぐにわかった。自分からいろいろ話しかけてくるタイプだったから、そのうち自分から話すだろうと思ってたけど、結構、我慢してたよね。僕が釣りをしてるのもお構いなしにあれこれ話しかけてきては、途中で何度もバッグをちらちら見てたの、ちょっとおもしろかったよ。ちょっとだけね。あの頃の僕はまだ、キミに対して素直になれてなかったから。
半分、仕方なく、半分、興味を惹かれて、僕から「なにかいいことでもあったの?」って訊いたときの楓ちゃんの顔は、今でも覚えてる。カセットテープでの交換日記を提案したキミは、あろうことか「聞いてみて」なんて言い出した。あとでというニュアンスには感じられなかったなぁ。今すぐ再生してといわんばかりの空気を含んだ圧に負けて渋々受け取ったものの、いくらなんでも本人の前で再生なんてできない。だって、聴いたら、僕のなかのなにかが変わりそうな気がしたんだ。あと、その場で感想を求められる気もしたから。
今は釣りの最中だからあとでと言った僕に、楓ちゃんは驚くほど素直に頷いて「返事はカセットに録音してね」と念押しした。困ったなぁ。本当に困った。そう思ってたんだ。
キミが帰ってから再生して……再生したときのことまで話すと長くなるからそこは割愛するね。返さなかったら落ち込ませてしまうのが目に見えたから、半分、仕方なく、半分、僕の返事にどう思うかを知りたくて、吹き込まれてた言葉を頭のなかで反芻しつつ、お手本みたいな会話のキャッチボールを終わらせた。つもりだった。
本当に、自分でも不覚だったよ。そう、楓ちゃんも知ってのとおり、また会いにきてほしいなんて吹き込んじゃったことを指してる。
録音したから。――それだけ言って、押し付けるみたいにカセットレコーダーを楓ちゃんに渡したあとのこと、覚えてる? 正直、僕にとって、あれはちょっとした事件だったな。
キミは「ありがとう! じゃあ、さっそく」と再生ボタンに指をのせたよね。本当にありえないと思った。僕は本人の前で再生するのをためらったのに、どうして目の前で再生できるの? と、混乱した。
いや、渡してきたときに「聞いてみて」とか言ってたし、楓ちゃんのなかでは即再生するのが普通だったのかな。でも、朔次郎や椛ちゃんもいる前で再生しようとするなんて、やっぱりありえないよ。
驚いてる場合じゃない。早くこの子の手を止めなきゃ。――瞬時に判断した僕は、よりによって「今は僕に会いにきてくれてるんでしょ」という、とんでもない言葉でキミの気を引いてしまった。あれは、当時の僕にとって、人生最大の不覚と言ってもいい。まぁ、楓ちゃんは瞳をきらきらと輝かせて「うん、面会時間いっぱいまでおしゃべりしよう!」って、交換日記のことはあとまわしにしてくれたから、結果オーライかな。あのあとも、毎回、帰ってから聞くようにしてくれたし。……って、今思ったけど、帰ってから聞いたのは、ひとりでだよね? まさか家族団らんの場で聞いてないよね?
さすがにそこまでノンデリじゃないよって怒られそうだな。もちろん、僕も、キミがノンデリとは思ってない。楓ちゃんが実は繊細な子だってこと、ちゃんと知ってるよ。
でも、直近で報告が上がってるんだ。
この前、各班リーダーと僕が吹き込んだ、スペシャル仕様の週報。練牙が考案したサプライズだから、練牙が渡したんだけど……その場で再生しようとしたらしいね。無事に渡せたか訊いたら、まっさきにそう教えてくれた。しかも、KOBE研修旅行の週報もそうだったらしいじゃない? あのね、お願いだから、本人の前で再生しないであげてほしい。
ちなみに、これも、部屋でひとりのときに聞いてね。
あぁ、ずいぶん、前置きが長くなっちゃった。僕らしくないって思われてそう。楓ちゃんにこうやってメッセージを残すのが久しぶりだから、緊張してるのかも。
楓ちゃんがスマホを手に入れてPeChatで連絡を取り合えるようになってからは、交換日記の頻度がどんどん落ちてったじゃない? もちろん、レスポンスの早いスマホでのやりとりが増えたのが原因とは思ってない。あの頃は明かせなかったけど、僕は手術が成功したら若いうちに0区長を引き継ぐつもりでいたから、そのために必要な基盤づくりをしてた。JPNを生活拠点にした楓ちゃんも、学業や就職活動で慌ただしくしてた。おとなになるにつれてやるべきことが増えたのが、一番の要因だと思ってる。――って言うと、キミは落ち込むかな。でも、これは哀しいことじゃないよ。それに、楓ちゃんは隙を見てPeChatを送ってきてくれたし、時間が取れるときは病院まで会いにきてくれたからね。
まぁ、それはそれとして、久しぶりにこういうのもいいかなぁって思ったんだ。昔は、お付き合いは交換日記からなんて言葉もあったらしいしね。
……本当は、こんな日がくるなんて夢にも思わなかった。ずっと大好きだったし、いつかはおそろいの気持ちになれたらと願ってはいたよ。でも、キミの性格や僕たちの関係の深さを思うたび、僕がひとこと好きだと告げれば、キミは僕を最優先しようとするのが目に見えてた。想ってもらえるようになりたいけど、一番になりたいわけじゃない。うーん……ひととしては一番で特別がいいよ。そうじゃなくて、旅が好きで、目の前のことにいつも一生懸命で全力な楓ちゃんには、そのままでいてほしい。そういう楓ちゃんを、僕は好きになったから。
優しさや思いやりでそばにいてほしいわけじゃない。って言うと、怒るだろうな。同情でずっと一緒にいたいわけじゃないよって言い返されそうだ。
だから、楓ちゃんから「冗談とか思い込みだとか思わないで聞いて」って念押しされたときは、なにを言われるのか、まったく想像がつかなかった。今にして思えば、初めてカセットレコーダーを持ってきたときみたいにそわそわしてたよね。でも、顔はすごくこわばってたから、もしかして仕事でなにかあったのかと思っちゃって、昔みたいに「なにかいいことでもあったの?」とは訊けなかった。ただ、ただ、楓ちゃんの言葉をじっと待つだけで……僕としては、0区長としてやるべきことをやりきってからのつもりでいたのに、先を越されちゃった。
冗談や思い込みとは思わなかったよ。きっとキミは一途なひとだから。すぐに応えて、捕まえなきゃって思った。
それなのに、楓ちゃんときたら、言うだけ言って逃げたよね。次の日から、寮では顔を合わさないように避けるし、仕事ではなにごともなかった顔で過ごしてるし。仕事をちゃんとしてくれるのはありがたいけど、あの日、突然の告白に驚いた僕がバルコニーに取り残されてどう思ったか、キミは興味を抱かないの? 僕のことを好きと言ってくれたのに?
悔しいから、絶対に逃してあげないって決めたんだ。もともと、捕まえるつもりだったしね。
だから、これを聴き終えたら、ちゃんと僕と向き合ってよ。
「――部屋に呼んでくれたってことは、僕の渾身のラブレター、再生してくれたんだ?」
「これのどこが? 思い出話半分、お説教半分って感じだったよね?」
会社のこの子の席に、カセットレコーダーを置いておいた。冒頭を思い出話にしたのは、万が一その場で再生されてもいいようにだ。週報じゃないとわかれば、さすがの楓ちゃんも〝ここで再生すべきじゃない〟と判断するに違いない。幸い、仕事がばたついてたのもあって、再生しようという素振りも見せず、楓ちゃんはカセットレコーダーをバッグにしまった。お昼休みに聞くのかな? それとも、帰ってから? まぁ、いずれにせよ、聞いたら最後、この子は腹を括って僕に話しかけてくれるだろう。
僕の読みはみごとなまでに当たったみたい。寝支度を済ませて部屋でしゅうまいと練牙に構ってたら、PeChatで『ちょっとだけ出てこれる?』ってメッセージが届いたんだ。
「万が一会社で再生しちゃってもいいようにしたんだよ。っていうのは表向きの理由。録音するのが久しぶりで、初めてカセットレコーダーを渡されたときのことを振り返りたくなったんだ。そうしたら、すぐ再生しようとする癖が今もあるって知ったのを思い出して、今後のためにお願いしただけ」
「今後のため?」
「吹き込んでおいたでしょ。お付き合いは交換日記からなんて言葉もあったらしいって」
確かに言ってたねと、楓ちゃんが頷く。
カセットで伝えるより、PeChatで送ったほうが早い。しかも、PeChatなら送信ボタンを押す前に見直しができる。カセットは声に出したら、それがそのまま、時差で相手に伝わる。言い間違いも、ためらいも、緊張を含んだ声色も、すべて。
そもそも、今は、外が大荒れの天気の日でも、たとえ真夜中や早朝に顔が見たくなっても、たった数十歩の距離で会える距離にいる。顔を見て話せば、表情やしぐさでも相手に気持ちを伝えられる。相手に伝わるまでに時差の生じるカセットは、これから先もずっと一緒にいる僕たちのコミュニケーションツールとしては不適格だろう。利点を挙げるとするなら、声色から読み取れる感情を、何度でも聞き返せること。自分で聞き直せば、自己分析にも使えると思う。
「久しぶりに交換日記がしたいなぁって思ってるんだけど、どう?」
「……いいけど、どんな話をするの? 俺、照れてうまく言えないかも。昔は気軽に吹き込めたのに、今は可不可のこと、こんなに意識しちゃってるし、……」
そうなんだ。まぁ、確かにさっきからずっと照れてるなとは思ってたけど、そんなにも僕を意識してくれてるんだ。
「僕としては、いつから想ってくれてたのかや、伝えようと決めたきっかけを教えてほしいところだけど……その顔だと、すぐには難しそうかな、気が向いたらでいいよ。それまでは、ふたりで行きたいところとか、おいしいご飯やさんの話なんかを聞かせてくれる? そんなに頻繁じゃなくていいから、僕にだけ教えたいことがあるときに使うのはどうかな」
「それなら……、うん、そうする」
好きと言ってもらえたのが嬉しかった。早く、子どもの頃からずっと積み重ねてきた〝好き〟をあますことなく受け取ってほしい。でも、キミは人一倍照れ屋だから、途中でキャパオーバーだとかなんとか言って、顔を覆ってしまいそうだ。
だから、カセットレコーダーに録音できる時間のぶんずつ、ゆっくりと伝えさせてほしい。交換日記というより、ラブレターの交換かな。毎日じゃなくていい。月に一回、なんなら数ヵ月に一回でもいいよ。顔を見て話すより照れが勝っちゃうときに、使えたらいいなと思ってる。声に出すのも照れるときは、少し時間を置こう。できるだけ、自分の声で伝え合いたいな。
ちなみに、今日渡したのは、僕にとっては立派なラブレターのつもりだったんだけど……思い出話とお説教なんて思われちゃった。この気持ちをあますことなく伝えられるように、僕のほうこそ、楓ちゃんへの気持ちの伝え方をもっと考えないとね。
楓ちゃんは覚えてる? キミが初めてカセットレコーダーを僕に渡してくれたときのこと。いつものように病院の中庭に来たときからずっとそわそわして、僕が「なにかいいことでもあったの?」って訊くのを待ってるんだとすぐにわかった。自分からいろいろ話しかけてくるタイプだったから、そのうち自分から話すだろうと思ってたけど、結構、我慢してたよね。僕が釣りをしてるのもお構いなしにあれこれ話しかけてきては、途中で何度もバッグをちらちら見てたの、ちょっとおもしろかったよ。ちょっとだけね。あの頃の僕はまだ、キミに対して素直になれてなかったから。
半分、仕方なく、半分、興味を惹かれて、僕から「なにかいいことでもあったの?」って訊いたときの楓ちゃんの顔は、今でも覚えてる。カセットテープでの交換日記を提案したキミは、あろうことか「聞いてみて」なんて言い出した。あとでというニュアンスには感じられなかったなぁ。今すぐ再生してといわんばかりの空気を含んだ圧に負けて渋々受け取ったものの、いくらなんでも本人の前で再生なんてできない。だって、聴いたら、僕のなかのなにかが変わりそうな気がしたんだ。あと、その場で感想を求められる気もしたから。
今は釣りの最中だからあとでと言った僕に、楓ちゃんは驚くほど素直に頷いて「返事はカセットに録音してね」と念押しした。困ったなぁ。本当に困った。そう思ってたんだ。
キミが帰ってから再生して……再生したときのことまで話すと長くなるからそこは割愛するね。返さなかったら落ち込ませてしまうのが目に見えたから、半分、仕方なく、半分、僕の返事にどう思うかを知りたくて、吹き込まれてた言葉を頭のなかで反芻しつつ、お手本みたいな会話のキャッチボールを終わらせた。つもりだった。
本当に、自分でも不覚だったよ。そう、楓ちゃんも知ってのとおり、また会いにきてほしいなんて吹き込んじゃったことを指してる。
録音したから。――それだけ言って、押し付けるみたいにカセットレコーダーを楓ちゃんに渡したあとのこと、覚えてる? 正直、僕にとって、あれはちょっとした事件だったな。
キミは「ありがとう! じゃあ、さっそく」と再生ボタンに指をのせたよね。本当にありえないと思った。僕は本人の前で再生するのをためらったのに、どうして目の前で再生できるの? と、混乱した。
いや、渡してきたときに「聞いてみて」とか言ってたし、楓ちゃんのなかでは即再生するのが普通だったのかな。でも、朔次郎や椛ちゃんもいる前で再生しようとするなんて、やっぱりありえないよ。
驚いてる場合じゃない。早くこの子の手を止めなきゃ。――瞬時に判断した僕は、よりによって「今は僕に会いにきてくれてるんでしょ」という、とんでもない言葉でキミの気を引いてしまった。あれは、当時の僕にとって、人生最大の不覚と言ってもいい。まぁ、楓ちゃんは瞳をきらきらと輝かせて「うん、面会時間いっぱいまでおしゃべりしよう!」って、交換日記のことはあとまわしにしてくれたから、結果オーライかな。あのあとも、毎回、帰ってから聞くようにしてくれたし。……って、今思ったけど、帰ってから聞いたのは、ひとりでだよね? まさか家族団らんの場で聞いてないよね?
さすがにそこまでノンデリじゃないよって怒られそうだな。もちろん、僕も、キミがノンデリとは思ってない。楓ちゃんが実は繊細な子だってこと、ちゃんと知ってるよ。
でも、直近で報告が上がってるんだ。
この前、各班リーダーと僕が吹き込んだ、スペシャル仕様の週報。練牙が考案したサプライズだから、練牙が渡したんだけど……その場で再生しようとしたらしいね。無事に渡せたか訊いたら、まっさきにそう教えてくれた。しかも、KOBE研修旅行の週報もそうだったらしいじゃない? あのね、お願いだから、本人の前で再生しないであげてほしい。
ちなみに、これも、部屋でひとりのときに聞いてね。
あぁ、ずいぶん、前置きが長くなっちゃった。僕らしくないって思われてそう。楓ちゃんにこうやってメッセージを残すのが久しぶりだから、緊張してるのかも。
楓ちゃんがスマホを手に入れてPeChatで連絡を取り合えるようになってからは、交換日記の頻度がどんどん落ちてったじゃない? もちろん、レスポンスの早いスマホでのやりとりが増えたのが原因とは思ってない。あの頃は明かせなかったけど、僕は手術が成功したら若いうちに0区長を引き継ぐつもりでいたから、そのために必要な基盤づくりをしてた。JPNを生活拠点にした楓ちゃんも、学業や就職活動で慌ただしくしてた。おとなになるにつれてやるべきことが増えたのが、一番の要因だと思ってる。――って言うと、キミは落ち込むかな。でも、これは哀しいことじゃないよ。それに、楓ちゃんは隙を見てPeChatを送ってきてくれたし、時間が取れるときは病院まで会いにきてくれたからね。
まぁ、それはそれとして、久しぶりにこういうのもいいかなぁって思ったんだ。昔は、お付き合いは交換日記からなんて言葉もあったらしいしね。
……本当は、こんな日がくるなんて夢にも思わなかった。ずっと大好きだったし、いつかはおそろいの気持ちになれたらと願ってはいたよ。でも、キミの性格や僕たちの関係の深さを思うたび、僕がひとこと好きだと告げれば、キミは僕を最優先しようとするのが目に見えてた。想ってもらえるようになりたいけど、一番になりたいわけじゃない。うーん……ひととしては一番で特別がいいよ。そうじゃなくて、旅が好きで、目の前のことにいつも一生懸命で全力な楓ちゃんには、そのままでいてほしい。そういう楓ちゃんを、僕は好きになったから。
優しさや思いやりでそばにいてほしいわけじゃない。って言うと、怒るだろうな。同情でずっと一緒にいたいわけじゃないよって言い返されそうだ。
だから、楓ちゃんから「冗談とか思い込みだとか思わないで聞いて」って念押しされたときは、なにを言われるのか、まったく想像がつかなかった。今にして思えば、初めてカセットレコーダーを持ってきたときみたいにそわそわしてたよね。でも、顔はすごくこわばってたから、もしかして仕事でなにかあったのかと思っちゃって、昔みたいに「なにかいいことでもあったの?」とは訊けなかった。ただ、ただ、楓ちゃんの言葉をじっと待つだけで……僕としては、0区長としてやるべきことをやりきってからのつもりでいたのに、先を越されちゃった。
冗談や思い込みとは思わなかったよ。きっとキミは一途なひとだから。すぐに応えて、捕まえなきゃって思った。
それなのに、楓ちゃんときたら、言うだけ言って逃げたよね。次の日から、寮では顔を合わさないように避けるし、仕事ではなにごともなかった顔で過ごしてるし。仕事をちゃんとしてくれるのはありがたいけど、あの日、突然の告白に驚いた僕がバルコニーに取り残されてどう思ったか、キミは興味を抱かないの? 僕のことを好きと言ってくれたのに?
悔しいから、絶対に逃してあげないって決めたんだ。もともと、捕まえるつもりだったしね。
だから、これを聴き終えたら、ちゃんと僕と向き合ってよ。
「――部屋に呼んでくれたってことは、僕の渾身のラブレター、再生してくれたんだ?」
「これのどこが? 思い出話半分、お説教半分って感じだったよね?」
会社のこの子の席に、カセットレコーダーを置いておいた。冒頭を思い出話にしたのは、万が一その場で再生されてもいいようにだ。週報じゃないとわかれば、さすがの楓ちゃんも〝ここで再生すべきじゃない〟と判断するに違いない。幸い、仕事がばたついてたのもあって、再生しようという素振りも見せず、楓ちゃんはカセットレコーダーをバッグにしまった。お昼休みに聞くのかな? それとも、帰ってから? まぁ、いずれにせよ、聞いたら最後、この子は腹を括って僕に話しかけてくれるだろう。
僕の読みはみごとなまでに当たったみたい。寝支度を済ませて部屋でしゅうまいと練牙に構ってたら、PeChatで『ちょっとだけ出てこれる?』ってメッセージが届いたんだ。
「万が一会社で再生しちゃってもいいようにしたんだよ。っていうのは表向きの理由。録音するのが久しぶりで、初めてカセットレコーダーを渡されたときのことを振り返りたくなったんだ。そうしたら、すぐ再生しようとする癖が今もあるって知ったのを思い出して、今後のためにお願いしただけ」
「今後のため?」
「吹き込んでおいたでしょ。お付き合いは交換日記からなんて言葉もあったらしいって」
確かに言ってたねと、楓ちゃんが頷く。
カセットで伝えるより、PeChatで送ったほうが早い。しかも、PeChatなら送信ボタンを押す前に見直しができる。カセットは声に出したら、それがそのまま、時差で相手に伝わる。言い間違いも、ためらいも、緊張を含んだ声色も、すべて。
そもそも、今は、外が大荒れの天気の日でも、たとえ真夜中や早朝に顔が見たくなっても、たった数十歩の距離で会える距離にいる。顔を見て話せば、表情やしぐさでも相手に気持ちを伝えられる。相手に伝わるまでに時差の生じるカセットは、これから先もずっと一緒にいる僕たちのコミュニケーションツールとしては不適格だろう。利点を挙げるとするなら、声色から読み取れる感情を、何度でも聞き返せること。自分で聞き直せば、自己分析にも使えると思う。
「久しぶりに交換日記がしたいなぁって思ってるんだけど、どう?」
「……いいけど、どんな話をするの? 俺、照れてうまく言えないかも。昔は気軽に吹き込めたのに、今は可不可のこと、こんなに意識しちゃってるし、……」
そうなんだ。まぁ、確かにさっきからずっと照れてるなとは思ってたけど、そんなにも僕を意識してくれてるんだ。
「僕としては、いつから想ってくれてたのかや、伝えようと決めたきっかけを教えてほしいところだけど……その顔だと、すぐには難しそうかな、気が向いたらでいいよ。それまでは、ふたりで行きたいところとか、おいしいご飯やさんの話なんかを聞かせてくれる? そんなに頻繁じゃなくていいから、僕にだけ教えたいことがあるときに使うのはどうかな」
「それなら……、うん、そうする」
好きと言ってもらえたのが嬉しかった。早く、子どもの頃からずっと積み重ねてきた〝好き〟をあますことなく受け取ってほしい。でも、キミは人一倍照れ屋だから、途中でキャパオーバーだとかなんとか言って、顔を覆ってしまいそうだ。
だから、カセットレコーダーに録音できる時間のぶんずつ、ゆっくりと伝えさせてほしい。交換日記というより、ラブレターの交換かな。毎日じゃなくていい。月に一回、なんなら数ヵ月に一回でもいいよ。顔を見て話すより照れが勝っちゃうときに、使えたらいいなと思ってる。声に出すのも照れるときは、少し時間を置こう。できるだけ、自分の声で伝え合いたいな。
ちなみに、今日渡したのは、僕にとっては立派なラブレターのつもりだったんだけど……思い出話とお説教なんて思われちゃった。この気持ちをあますことなく伝えられるように、僕のほうこそ、楓ちゃんへの気持ちの伝え方をもっと考えないとね。