NOVELS

麦茶デート



 今日も、部屋のエアコンの温度は二十六度設定。ちょっと低いんじゃない? って言ったら「そんなことないよ」だって。
 こんなに室温を下げるなら、夏場はくっつかないほうがいいかな。冷房が効いたなかくっついて「暑い」なんて言われたら落ち込むし。……うん、控えよう。
 そう思って、先月の初め頃から、眠る前のお部屋デートは早めに切り上げるように心がけてる。いい雰囲気かもって思っても、ハグをするんじゃなくて、手を繋ぐだけ。
「手、冷えちゃってる」
 あたためようと思ってくれたのか、楓ちゃんが僕の指先を何度も握り直してみたり、さすってみたりと、模索しだした。冷房で冷やされた楓ちゃんの指先は、外で手を繋ぐのよりずっとひんやりしてる。
 戯れを予告するみたいな行為に、理性が少しだけぐらつく。
 いやがられないなら、指先が絡んだのをいいことに手を引いて、この子が驚いた隙を突くようにくちづけたい。
 でも、そうすると、僕はもっとほしがってしまう。指を絡めるより、舌を触れ合わせるよりも深いところにあるこの子の熱を、知っているから。
 ……九月に入っても寝苦しい夜が続いてるのに、いつまで、控えめにしなきゃならないんだろう。

 カランという涼しい音に、はっと我に返った。部屋を訪ねてすぐこの子が淹れてくれた麦茶が、氷の角を落としたのだ。限りなく立方体に近かったはずが、いつの間にかこんなにも丸くなっている。
 僕の視線がグラスに注がれてるのを、楓ちゃんは静かに追いかけた。
「まだ飲んでなかったね」
 続く言葉は「飲みなよ」でも「飲まないの?」でもなかった。楓ちゃんは自分のグラスを手に取ると、僕の目をじっと見つめながら口をつけた。
 グラスが離れると同時、僕の視線はどうしたって濡れたくちびるにいく。楓ちゃんは照れたように微笑むと、麦茶の名残を隠すように、わずかに濡れたくちびるを内側に軽く巻き込む。
 きっと、舌先で一瞬だけ、舐めとった。そう予測して、反射的に、こくっと唾を飲み込んだ。飲み込んで、しまった。
「可不可ってば」
 楓ちゃんはそう言うと、もうひとくち、麦茶を口に含んだ。
 あ、これ、ダメかも。
「……っ」
 俊敏さがたりないせいで、まんまと楓ちゃんのくちびるに捕まった。
 流れ込んできた麦茶が、口のなかを一気に冷やす。冷たさだけ感じて味わう間もなく入ってきた舌が麦茶を優しくかき混ぜて、僕の頭をじんと熱くさせた。
 舌に促されるがまま飲み干しても、まだ解放する気はないらしい。それなら応えなきゃと、楓ちゃんの後頭部に手を添えて、ぐっと引き寄せる。
「んんっ……ぁ、かふ、っ……」
 お付き合いを始めた頃は、こんなこと仕掛けてくるような子じゃなかったのに、どこでそんな誘い方を覚えてきたんだろうね。
 ……まぁ、僕しか知らないから、僕か。でも、僕も楓ちゃんしか知らないんだけどな。
「暑がると思って、我慢してるのに」
「いらない我慢だよ、それ」
 楓ちゃんはくちびるをとがらせると、自分が着てるシャツの裾から、僕の手を突っ込ませた。