2026/08/28 Fri NOVELS さみしさについて話す可不楓 「今夜はちょっと夜更かししない?」——楓ちゃんのお誘いに秒で頷いたのが、今日のランチデートでのこと。明日は休みで、特にこれといった用事はない。買い出し当番でもないから、しゅうまいを連れてドッグランに出かけたら、その足で気になってたカフェにでも寄ろうかななんて考えてた。もちろん、楓ちゃんを誘う前提で。 〝ランチデート〟っていっても、単に、一階のお弁当屋さんでお弁当を買って、公園で食べてるだけ。日々のちょっとしたふたりきりタイムをデートって呼び続けてたら、楓ちゃんもそう呼んでくれるようになるんじゃないかという、刷り込み半分・期待半分で、なにかにつけてデートって言ってる。 だから、楓ちゃんからお誘いを受けたときも、思わず「夜のデートだね」って言った。楓ちゃんはちょっと呆れた顔をしつつも、否定はしなかったから、ちゃんとふたりきりってこと。 HAMAハウスでみんなと過ごす時間も大好きで大切だけど、ときどき、無性に、ふたりきりの時間がほしくなる。みんなといるときのほうが圧倒的に大人数なのに、ふたりでいるときよりさみしいなんて思う日すらある。このさみしさこそが、僕の気持ちに恋がしっかり混ざってるという証左なのだろう。純粋な愛だけなら、さみしさはきっと赤子のように庇護され、外に出ることもなかった。 恋のさみしさは独占欲と嫉妬を覚え、たまに、許可なく外に出ていく。身勝手に走り回って、僕を慌てさせるんだ。お願いだから、楓ちゃんの前で騒がないで。おとなしくしてて。楓ちゃんに嫌われたくないでしょ。子どもを厳しく躾ける大人みたいに自制して、自制して、自制して、……基本的にはうまく飼い慣らせてるかなと思えるようになったのは、つい最近のこと。十代の頃はひどかった。楓ちゃんとの日々はそのすべてが宝物だけど、自分の気持ちをじょうずに育てるのに苦戦したことは、ちょっと、思い出したくない。 「ちょっと抽象的だね、その小説。っていうか、可不可ってそういうのも読むんだ?」 「まぁね」 なんとなく、このさみしさを楓ちゃんに伝えてみたかった。とはいえ、自分の気持ちをまだ打ち明ける時期じゃないのはわかってるから、自分のこととしてではなく、読書体験で得た知見のひとつとして比喩表現をふんだんに盛り込んでこれを語った。ずるいことをしてる自覚はある。 楓ちゃんはウーンと唸って、天井の隅を見つめた。そんなところに答えって書いてあるのかな。書いてたら、僕は十年以上もこうして悩まないんだけど。 「さみしさが引き起こす負の衝動とそれを抑えるための自制、かぁ。……うん、難しいけど、わからないわけじゃない。たぶん、きっと」 「そう?」 眉をぎゅっと寄せたまま、楓ちゃんが頷く。何重ものオブラートに包んだせいで要領を得なくなってしまった話でも、この子は真剣に考えてくれてる。 「要は、とんでもなく大好きってことでしょ?」 「え?」 楓ちゃんはこれを〝僕が読んだ小説のワンシーン〟と捉えてるけど、僕にとっては正真正銘自分のことだ。つまり、楓ちゃんに「構ってってこと?」と言われてるのと同義。急速に、頬に熱が集まる。まずい、早くいつもの顔に戻らなきゃ。 「ふたりきりの時間のほうが充実してて、集団でいるとさみしいって思う。つまり、その主人公は、隙あらばふたりきりになりたくてしょうがないくらい、そのひとのことが好きなんだね」 まぁ、そうだね。——平静を装って、これは小説の登場人物という設定を崩さないよう頷く。……僕、主人公って柄じゃないんだけどな。 好きの裏にくっついて離れないさみしさのこと、普段は見ないふりしてるだけで、実はずっと怖いよ。でも、楓ちゃんはそれすらも愛のひとつとして見るんだね。僕のこの気持ちも、同じように見てくれたらいいな。 「主人公、重くない?」 少しだけ声が震えた。本当の本当に少しだけだから、楓ちゃんには気付かれてないと思う。 「うーん、……すっごく重い。そんなことないよって言えないくらいには重い。でも、重いって悪いとは限らないよ。相手も同じくらい重かったって展開もあるし」 「ご都合展開ってやつだ」 「そうそう。でも、ご都合展開って、俺は結構安心できて好きだよ」 「あはは、僕も。シンプルでわかりやすいよね」 楓ちゃんに合わせて笑う。現実はご都合展開になり得ない。フィクションだという前提で話してるから、笑って話を着地させられたに過ぎないのだ。胸の裡で自分に言い聞かせる。楓ちゃんの意見を、僕の好意に対する所感にすり替えるなと。 「俺も読んでみたいな。なんてタイトル?」 「実は、最後まで読んだわけじゃなくて、たまたま見かけたものを試し読みでさらっと読んだだけなんだ。他にもたくさん試し読みしたから、どれがどんな話だったか、わからなくなっちゃった。試し読みしたのも、かなり前のことだし」 自分でも、適当なうそがうまいと思った。ちょっと話し過ぎちゃったから、騙されてくれるかは五分五分ってところだけど、どうかな。 「じゃあ、もしまた見かけたら、今度こそタイトル教えて。……あ、俺も探してみるね」 「別に、そこまでしなくても」 「するよ! 可不可にとって、その小説は強い印象に残ったってことでしょ? そんなに気になったのになんで全部読まないんだタイトルも忘れちゃったんだって思うけど……俺も、可不可が考えたさみしさのこと、もっとちゃんと考えたいんだ」 五分五分なんて全然うそ。僕のつまらない誤魔化しが、意味を持って歩き出した。 他のひとに対してなら架空の作品を話のネタにして最後までやりとおせるのに、これは、テーマがよくなかったな。さみしさなんて、好きな子とのおしゃべりの議題にするものじゃない。 でも、楓ちゃんが、僕が話したさみしさのことを考えたいって言ってくれたのが、無性に、嬉しかった。
さみしさについて話す可不楓
「今夜はちょっと夜更かししない?」——楓ちゃんのお誘いに秒で頷いたのが、今日のランチデートでのこと。明日は休みで、特にこれといった用事はない。買い出し当番でもないから、しゅうまいを連れてドッグランに出かけたら、その足で気になってたカフェにでも寄ろうかななんて考えてた。もちろん、楓ちゃんを誘う前提で。
〝ランチデート〟っていっても、単に、一階のお弁当屋さんでお弁当を買って、公園で食べてるだけ。日々のちょっとしたふたりきりタイムをデートって呼び続けてたら、楓ちゃんもそう呼んでくれるようになるんじゃないかという、刷り込み半分・期待半分で、なにかにつけてデートって言ってる。
だから、楓ちゃんからお誘いを受けたときも、思わず「夜のデートだね」って言った。楓ちゃんはちょっと呆れた顔をしつつも、否定はしなかったから、ちゃんとふたりきりってこと。
HAMAハウスでみんなと過ごす時間も大好きで大切だけど、ときどき、無性に、ふたりきりの時間がほしくなる。みんなといるときのほうが圧倒的に大人数なのに、ふたりでいるときよりさみしいなんて思う日すらある。このさみしさこそが、僕の気持ちに恋がしっかり混ざってるという証左なのだろう。純粋な愛だけなら、さみしさはきっと赤子のように庇護され、外に出ることもなかった。
恋のさみしさは独占欲と嫉妬を覚え、たまに、許可なく外に出ていく。身勝手に走り回って、僕を慌てさせるんだ。お願いだから、楓ちゃんの前で騒がないで。おとなしくしてて。楓ちゃんに嫌われたくないでしょ。子どもを厳しく躾ける大人みたいに自制して、自制して、自制して、……基本的にはうまく飼い慣らせてるかなと思えるようになったのは、つい最近のこと。十代の頃はひどかった。楓ちゃんとの日々はそのすべてが宝物だけど、自分の気持ちをじょうずに育てるのに苦戦したことは、ちょっと、思い出したくない。
「ちょっと抽象的だね、その小説。っていうか、可不可ってそういうのも読むんだ?」
「まぁね」
なんとなく、このさみしさを楓ちゃんに伝えてみたかった。とはいえ、自分の気持ちをまだ打ち明ける時期じゃないのはわかってるから、自分のこととしてではなく、読書体験で得た知見のひとつとして比喩表現をふんだんに盛り込んでこれを語った。ずるいことをしてる自覚はある。
楓ちゃんはウーンと唸って、天井の隅を見つめた。そんなところに答えって書いてあるのかな。書いてたら、僕は十年以上もこうして悩まないんだけど。
「さみしさが引き起こす負の衝動とそれを抑えるための自制、かぁ。……うん、難しいけど、わからないわけじゃない。たぶん、きっと」
「そう?」
眉をぎゅっと寄せたまま、楓ちゃんが頷く。何重ものオブラートに包んだせいで要領を得なくなってしまった話でも、この子は真剣に考えてくれてる。
「要は、とんでもなく大好きってことでしょ?」
「え?」
楓ちゃんはこれを〝僕が読んだ小説のワンシーン〟と捉えてるけど、僕にとっては正真正銘自分のことだ。つまり、楓ちゃんに「構ってってこと?」と言われてるのと同義。急速に、頬に熱が集まる。まずい、早くいつもの顔に戻らなきゃ。
「ふたりきりの時間のほうが充実してて、集団でいるとさみしいって思う。つまり、その主人公は、隙あらばふたりきりになりたくてしょうがないくらい、そのひとのことが好きなんだね」
まぁ、そうだね。——平静を装って、これは小説の登場人物という設定を崩さないよう頷く。……僕、主人公って柄じゃないんだけどな。
好きの裏にくっついて離れないさみしさのこと、普段は見ないふりしてるだけで、実はずっと怖いよ。でも、楓ちゃんはそれすらも愛のひとつとして見るんだね。僕のこの気持ちも、同じように見てくれたらいいな。
「主人公、重くない?」
少しだけ声が震えた。本当の本当に少しだけだから、楓ちゃんには気付かれてないと思う。
「うーん、……すっごく重い。そんなことないよって言えないくらいには重い。でも、重いって悪いとは限らないよ。相手も同じくらい重かったって展開もあるし」
「ご都合展開ってやつだ」
「そうそう。でも、ご都合展開って、俺は結構安心できて好きだよ」
「あはは、僕も。シンプルでわかりやすいよね」
楓ちゃんに合わせて笑う。現実はご都合展開になり得ない。フィクションだという前提で話してるから、笑って話を着地させられたに過ぎないのだ。胸の裡で自分に言い聞かせる。楓ちゃんの意見を、僕の好意に対する所感にすり替えるなと。
「俺も読んでみたいな。なんてタイトル?」
「実は、最後まで読んだわけじゃなくて、たまたま見かけたものを試し読みでさらっと読んだだけなんだ。他にもたくさん試し読みしたから、どれがどんな話だったか、わからなくなっちゃった。試し読みしたのも、かなり前のことだし」
自分でも、適当なうそがうまいと思った。ちょっと話し過ぎちゃったから、騙されてくれるかは五分五分ってところだけど、どうかな。
「じゃあ、もしまた見かけたら、今度こそタイトル教えて。……あ、俺も探してみるね」
「別に、そこまでしなくても」
「するよ! 可不可にとって、その小説は強い印象に残ったってことでしょ? そんなに気になったのになんで全部読まないんだタイトルも忘れちゃったんだって思うけど……俺も、可不可が考えたさみしさのこと、もっとちゃんと考えたいんだ」
五分五分なんて全然うそ。僕のつまらない誤魔化しが、意味を持って歩き出した。
他のひとに対してなら架空の作品を話のネタにして最後までやりとおせるのに、これは、テーマがよくなかったな。さみしさなんて、好きな子とのおしゃべりの議題にするものじゃない。
でも、楓ちゃんが、僕が話したさみしさのことを考えたいって言ってくれたのが、無性に、嬉しかった。