NOVELS

お互いを守れる可不楓



 今日は朝一番で遠方の取引先のところへ出かけてもらっていて、主任ちゃんが社に顔を出したのはついさっき。リニアで一時間の距離とはいえ、先方と約束してた時間に余裕を持って間に合うよう、いつもより二時間早く起きたと知ったのは、移動中の彼から送られてきたPeChatでだった。
「主任ちゃん、ちょっといい?」
 軽く手を挙げ、ミーティングの中断を示す。視線を動かすと、練牙と視線がかち合った。そのまま視線を主任ちゃんのほうへと動かす。練牙はまんまと僕につられてくれて、同じように視線を動かした。すぐに、はっとした顔に変わる。自分のことを頭が悪いだのすぐに気付けないやつだのと卑下するけど、たったこれだけで気付いてくれるんだから、もっと自分が持ってるものを信じてほしいな。
 來人も異変に気付き、すぐに主任ちゃんのもとへと駆け寄り、手首の脈拍を測る。端に控えてくれていた朔次郎が一瞬だけ姿を消して、また、戻ってきた。体温計を渡された主任ちゃんは、事態が飲み込めてないらしい。
「えっと……?」
「主任ちゃんのバカ。体調が悪いのに無理しちゃダメでしょ」
 夕べ、今朝の出張について話したときにはそんなことなかったから、僕も任せっきりにしてた。この子のことは誰よりも近くで見てるはずなのに気付かなかったなんて。自分へのいらだちで、少し、頭が痛む。
 電子音が鳴っても、主任ちゃんはまだどこか他人事みたいな顔をしてる。ううん、それだけ、体調が悪いってことだ。
「朔次郎」
「三十七度八分、早急に休ませなければなりませんね」
 車の準備をしてくるといって、朔次郎がまた姿を消した。主任ちゃんに、咳やくしゃみをしたり、洟をすすったりといった症状はなし。
「小さく首を動かすだけでいいよ。喉は痛くない? 吐き気はない?」
 いずれの質問に対しても、彼はすぐに頷いた。その表情から、頭やお腹が痛むという様子も見受けられない。
「最近、主任はあちこち動き回ってたからな。疲れが出たのかもしれない」
 自販機で水を買ってきてくれた來人が言った。
「熱があるなら、その体勢で座ってるのはつらいだろ」
 練牙に手伝ってもらって、ここから一番近い壁際へと、椅子ごと、主任ちゃんを移動させる。本当は寝かせてあげたいけど、このあと病院に連れていくから、車に乗るまではそんなに動かさないようにしておきたい。
「……僕が気付くべきだったのに」
 きっと、朝起きた時点で兆候は現れてたはずだ。それを気のせいで片付けたか、これくらいなら平気と過信したか。……ううん、この子のことだから、周りに迷惑をかけたくないからと、飲み込んだんだろう。
「可不可は悪くないよ。……いけると思ったんだけどなー」
 背もたれに体を預けたまま壁に寄り添ったら、少しだけ、楽になったみたい。主任ちゃんが、ほうっと息を吐く。
「いけてなかったからこうなってるんだよ」
「うん。ごめん……」
 この子は昔から〝健康優良児〟って言葉が服を着たみたいに元気に見られがちだけど、普通に風邪を引くし、疲れで熱も出す。そして、自分が体調を崩したら、決まって、僕に申し訳なさそうにするんだ。僕が自分のこと以上にこの子を心配するのを、知ってくれてるから。
「ごめんって思うなら、次からはすぐに相談すること。頑張ってくれてるのは嬉しいけど、倒れちゃったら元も子もないでしょ」
 主任ちゃんが頷く。きっと、心配性だとか過保護だとか思ってるんだろうな。自分だって、僕に対してしょっちゅう心配するくせに。
 とはいえ、過度に叱って落ち込ませるつもりはない。社長と部下である以前に、僕たちは幼馴染みなんだから。
「社長、準備が整いました」
「ありがとう、朔次郎。……主任ちゃん、立てる?」
「ん、平気、……っと、びっくりした……」
 主任ちゃんの足許がもつれて、咄嗟に全身で支える。やっぱり熱で頭がぼうっとしてるのか、一拍置いてから、主任ちゃんは自分が僕に体重をかけてることに気付いたらしい。
「わっ、ごめん可不可。重いでしょ」
「まさか。……いざというときにキミを守れるように、鍛えてるからね」
「あはは……俺、そんなに弱くないけどなぁ」
 知ってるよ。昔は僕が守ってもらってた。心も、体もね。
 その強さに憧れたし、なにより、大好きな子を守れる強さがほしくて、……楓ちゃんが知ってくれてる以上に、鍛えてる。気持ちの面ではかなり成長したと自負してるよ。体力のほうも、たぶん、おんぶができるくらいには力がついたと思う。
 まぁ、こんな状態で知ったら驚きで熱が上がっちゃうだろうから、なんてことない日にお披露目したほうがよさそうだけどね。
 熱が下がって元気になったら、リハーサルだよって言って、抱っこしてみせようかな。……なんて、それこそ驚いちゃうか。