2026/07/20 Mon NOVELS お付き合い三箇条 恋人としてお付き合いを始めたときに、いくつかの約束ごとを取り決めた。 ひとつ、公私混同しないこと。 ひとつ、みんなの前で恋人っぽい空気を出さないこと。 ひとつ、ふたりきりで過ごしたいときは素直に打ち明けること。 これまでの人生において公私混同なんてした覚えはない――って言ったら「可不可って結構公私混同してると思うよ」って叱られた――けど、まぁ、結婚はもう少し先だし、今のところは公私混同しないほうがいいのは確かだ。ところで、いつどこで僕が公私混同してたのかな。 楓ちゃん曰く、わかりやすいところでいうと寮の部屋割りがそうらしい。客観的にみてそう受け取られてもおかしくないんだって。どこが? あんなの、公私混同のうちに入らないよ。大事な子を誰かとの相部屋にするなんてとんでもないって思っただけ。 そのあともいろいろ挙げられたけど、どれも普通のことばかり。結局、僕がどう「公私混同してる」かは謎のまま。そのうち楓ちゃんも「もういいか」ってなったから、約束ごとのひとつめはこれまでどおりでいいってことで結論づけた。 みんなの前で恋人っぽい空気を出さないようにというのも、楓ちゃんの案。そもそも、僕たちのお付き合いは内緒にしていたいらしい。僕は堂々と交際したい性分だし、そもそも恥ずべき関係でもないんだけど、照れ屋なこの子が心穏やかに過ごすためならと、受け入れることにした。僕とのことを訊かれて照れる楓ちゃんは絶対にかわいいから、誰にも見せたくないなと思ったんだ。それなら、誰かに追及されないよう、初めから僕たちの交際を伏せておくのが得策だ。 その代わり、ふたりきりで過ごしたいときは、遠慮せずに教えてね。――堂々と逢瀬できないからこそ、そうしてほしいと僕がお願いした。 これが、僕たちの交際における三箇条。 寮で恋人っぽい空気を出さずにどこで恋人としての時間を過ごすのかというと、多いのは、仕事帰り。会社の外で待ち合わせて外食したり、ちょっと寄り道してから帰ったりという、短時間のデート。翌日も仕事や用事があるときはだいたいこうなるし、多いといっても、週に一回、あるかないか。休日は朝からお出かけして、ちょっといいところで〝お昼寝〟してから帰る。仕事帰りのデートと比べて一気に濃密さを増すのは、それだけ、頻度が少ないから。観光区長同士の連携を深める目的で共同生活を送ってる以上、休日も、みんなとの時間を優先すべきだしね。 つまり、一緒に仕事をして共同生活まで送ってるわりに、恋人としての時間はそんなに確保できてないってわけ。 僕は待つことには慣れてるし、楓ちゃんとこうなれただけでもじゅうぶん幸せだから、恋人との時間は今くらいでも、普通に耐えられる。それに、結婚の時期が決まれば堂々と一緒にいられるようになるから、それまでの、ちょっとのあいだの辛抱に過ぎない。 ただ、意外なことに、楓ちゃんはそうじゃなかった。僕が予想してた以上の頻度で恋人モードを提案してくるんだ。そろそろデートしないとさみしいんじゃない? って言ってくる。僕を気遣ってくれてるつもりなんだろうけど……実際にお誘いに応えた結果、さみしいと感じてたのはこの子のほうなんじゃないかと感じることが多い。ずっとくっついてくれてるし、ずっと僕の顔を見てる。なんなら、楓ちゃんから大好きオーラが出てる気すらする。かわいい。 その感情がそのまま、この前のデートで口から出た。 楓ちゃんって意外と甘えんぼうなところあるよね。――ふたりきりでゆっくり過ごしてるとき、髪を撫でながらなんとなくこぼした言葉で、彼がヘソを曲げるのは一瞬だった。甘えてくれるのがかわいくて言っただけなんだけど、ピロートークとしてはダメだったみたい。 楓ちゃんは顔を真っ赤にしながらくちびるをわなわなと震わせてたかと思うと「そんなことない」って言い出したんだ。しかも、つーんと顔を背けてまで。え、今の今まで僕に髪を撫でられて、ちょっとうとうとしてたくせに? 僕も僕でカチンときて、意地張らなくてもいいのにって言い返した。そこからはもう、普通のケンカ。つい数分前までいちゃいちゃしてたはずなのに、どうしてこうなったんだろうってくらい、険悪ムード。どうしてもなにも、楓ちゃん的には僕が失言したからだろうけど、僕としては、楓ちゃんが意地を張ったからだと思ってる。 ケンカしたまま帰路につくのもよくないよねってことで、お互いに「ごめん」とは言ったけど、ちゃんとした仲直りとはいいきれず、ふたりして、もやもやしたものを拭いきれなかった。その証拠に、その日のデートの帰りは手を繋げなかった。 それ以来、恋人モードになれないまま、二週間。といっても、二週間もずっと険悪なわけじゃなくて、お互いの研修旅行や出張、僕の個人的な取引相手との用事が変わりばんこに入ってて、恋人モードどころじゃなくなってる。 通常業務も忙しくて、仕事で顔を合わせても用件のみを話してすぐに終了。仕事帰りに誘うにも、終業後に楓ちゃんを誘えそうな日に限って、投資家界隈のパーティーやら取引先との会食やらの予定が飛び石状態で入ってた。せめてあと一日ずれてくれたら、楓ちゃんとの時間を確保できるのにと、何度、歯噛みしたことか。 そんなわけで、ここ最近、HAMAハウスに帰る頃には時計の針がてっぺんを指したあとだ。次の日も忙しいし、僕の帰りが遅いのを練牙も心配してくれてるから、ささっと入浴を済ませて静かに就寝する日々。楓ちゃんとのPeChatも、業務連絡ばかりが続いてて、プライベートな話なんてできてない。 この時間ならあの子はまだ起きてるかもしれない。眠ってたとしても、明日の朝、すぐに読んでくれる。でも、ちゃんと話せてないからってPeChatでなんて……と、チャット画面を開いたまま、今夜も、眠る前に親指を彷徨わせる。 今夜ダメかな、明日ならどうかな。ぐるぐる考えてたら、僕の悩みを押しのけるかのように、画面の下から『もう寝てる?』と書かれた吹き出しがにゅっと飛び出してきた。 「……あ」 秒で既読にしちゃったいたたまれなさすら押し上げるみたいに、次から次へと吹き出しが飛び出す。 『起きてるんだ』 『早く寝なきゃダメだよ』 自分も起きてるくせに? って、ちょっと、笑いそうになった。 すやすや眠ってる練牙——と、ベッドカーテンの向こうで気配を消してるだけでたぶんまだ起きてる添——を起こさないように、足音を忍ばせて部屋を出る。部屋から一番近い階段の踊り場に腰を下ろして、改めて、画面に視線を落とした。 そのあいだにも増えてた吹き出しの一番下、最新のメッセージに、思わず息を呑む。 「っ、バカ……!」 PeChatの画面にたたたっと文字を打ち込む。すぐに既読がついた。次いで表示された吹き出しには『すぐに行くね』ってある。 そんな〝すぐ〟すら待てなくて腰を上げ、楓ちゃんの部屋へ向かおうと多く一歩を踏み出した、その瞬間。 「可不可っ」 あやうく、曲がり角で出会い頭にぶつかるかと思った。でも、ぶつかる前に、楓ちゃんが抱き着いてきた。 「ごめん、俺、こんな時間に……」 気にしないでと首を振る。くっついてくれるのは嬉しいけど、顔を見せてほしい。 「楓ちゃん」 「……俺、つまんない意地張って、あのときお互いにごめんって言ったのに、なんかちゃんとできなくて、それで」 「それは僕もだよ。本当にごめん」 「ううん、……可不可が言ったこと間違ってないのに、恥ずかしくて、意地張って……あとから認めるのももっと恥ずかしくて……」 抱き締める腕の力が強くなる。……そっか、恥ずかしかったんだ。この強さは、それを僕に打ち明けるために恥ずかしさを抑えてるからなんだ。 「僕こそ、嬉しいって、素直に言うべきだった。意外となんて言い方で傷つけた」 おそろいの気持ちになれたことに甘えちゃいけない。おそろいは同じと似て非なるものなんだから、昔と変わらず言葉を尽くさなきゃ。 腕の力がゆるんだのに気付いて、そっと、体を離す。泣いてはなかったけど、楓ちゃんの瞳は潤んでた。 「さっき、さみしくない? なんて訊いたけど……たぶん、俺のほうがさみしかったよ」 なにげなく親指でまなじりをなぞると、流れるに至らないほどの雫で、指先が濡れた。 「返したでしょ、僕もさみしかったよって。昔と違ってほとんど毎日顔を合わせてるのに、……もしかしたら、子どもの頃以上、だったかも」 「っ、ごめん!」 「謝らないで。おそろいの気持ちだってわかってるから。もう同じ過ちは繰り返さないよ」 頬へと手を滑らせる。キスされるとでも思ったのか、楓ちゃんの頬がふわっと染まって、手のひらがじわじわとあたたかくなってきた。あっという間におそろいの温度だ。でも、残念、こんなところじゃしないよ。 「……可不可、俺たちのこと、みんなに言おう」 「いいの? 」 「あったけど……いつかは言う日がくるからね。それなら、いっそのこと堂々としようかなって」 その〝いつか〟について訊きたい気持ちが胸をそわそわさせるけど、一気にいろいろ詰めるとこの子の心が大騒ぎになっちゃうだろうから、これからの楽しみにとっておこう。 「あ、堂々とっていっても、三箇条のふたつめはこれまでどおりね!」 「わかってる。僕だって、楓ちゃんのこういうとこはひとりじめしたいし」 お付き合いを始めたての頃はそこまで考えが至らなかったけど、恋人モードの楓ちゃんってば、すっごくきれいなんだもん。みんなに見せたくないよ。 「それと……可不可のことちゃんと寝かせるから、ちょっとだけ、いい?」 楓ちゃんに手を引かれる。 「いいよ。……やっぱり、甘えんぼうなところあるよね」 嬉しくて、言うのを我慢できなかった。楓ちゃんは一瞬だけ足を止めたものの「可不可だからだよ」なんて、とんでもない返事をしたものだから、ますます浮かれちゃった。 ちゃんと仲直りできた記念に、今夜ひと晩くらい夜更かししてもいいよ。……なんてね。
お付き合い三箇条
恋人としてお付き合いを始めたときに、いくつかの約束ごとを取り決めた。
ひとつ、公私混同しないこと。
ひとつ、みんなの前で恋人っぽい空気を出さないこと。
ひとつ、ふたりきりで過ごしたいときは素直に打ち明けること。
これまでの人生において公私混同なんてした覚えはない――って言ったら「可不可って結構公私混同してると思うよ」って叱られた――けど、まぁ、結婚はもう少し先だし、今のところは公私混同しないほうがいいのは確かだ。ところで、いつどこで僕が公私混同してたのかな。
楓ちゃん曰く、わかりやすいところでいうと寮の部屋割りがそうらしい。客観的にみてそう受け取られてもおかしくないんだって。どこが? あんなの、公私混同のうちに入らないよ。大事な子を誰かとの相部屋にするなんてとんでもないって思っただけ。
そのあともいろいろ挙げられたけど、どれも普通のことばかり。結局、僕がどう「公私混同してる」かは謎のまま。そのうち楓ちゃんも「もういいか」ってなったから、約束ごとのひとつめはこれまでどおりでいいってことで結論づけた。
みんなの前で恋人っぽい空気を出さないようにというのも、楓ちゃんの案。そもそも、僕たちのお付き合いは内緒にしていたいらしい。僕は堂々と交際したい性分だし、そもそも恥ずべき関係でもないんだけど、照れ屋なこの子が心穏やかに過ごすためならと、受け入れることにした。僕とのことを訊かれて照れる楓ちゃんは絶対にかわいいから、誰にも見せたくないなと思ったんだ。それなら、誰かに追及されないよう、初めから僕たちの交際を伏せておくのが得策だ。
その代わり、ふたりきりで過ごしたいときは、遠慮せずに教えてね。――堂々と逢瀬できないからこそ、そうしてほしいと僕がお願いした。
これが、僕たちの交際における三箇条。
寮で恋人っぽい空気を出さずにどこで恋人としての時間を過ごすのかというと、多いのは、仕事帰り。会社の外で待ち合わせて外食したり、ちょっと寄り道してから帰ったりという、短時間のデート。翌日も仕事や用事があるときはだいたいこうなるし、多いといっても、週に一回、あるかないか。休日は朝からお出かけして、ちょっといいところで〝お昼寝〟してから帰る。仕事帰りのデートと比べて一気に濃密さを増すのは、それだけ、頻度が少ないから。観光区長同士の連携を深める目的で共同生活を送ってる以上、休日も、みんなとの時間を優先すべきだしね。
つまり、一緒に仕事をして共同生活まで送ってるわりに、恋人としての時間はそんなに確保できてないってわけ。
僕は待つことには慣れてるし、楓ちゃんとこうなれただけでもじゅうぶん幸せだから、恋人との時間は今くらいでも、普通に耐えられる。それに、結婚の時期が決まれば堂々と一緒にいられるようになるから、それまでの、ちょっとのあいだの辛抱に過ぎない。
ただ、意外なことに、楓ちゃんはそうじゃなかった。僕が予想してた以上の頻度で恋人モードを提案してくるんだ。そろそろデートしないとさみしいんじゃない? って言ってくる。僕を気遣ってくれてるつもりなんだろうけど……実際にお誘いに応えた結果、さみしいと感じてたのはこの子のほうなんじゃないかと感じることが多い。ずっとくっついてくれてるし、ずっと僕の顔を見てる。なんなら、楓ちゃんから大好きオーラが出てる気すらする。かわいい。
その感情がそのまま、この前のデートで口から出た。
楓ちゃんって意外と甘えんぼうなところあるよね。――ふたりきりでゆっくり過ごしてるとき、髪を撫でながらなんとなくこぼした言葉で、彼がヘソを曲げるのは一瞬だった。甘えてくれるのがかわいくて言っただけなんだけど、ピロートークとしてはダメだったみたい。
楓ちゃんは顔を真っ赤にしながらくちびるをわなわなと震わせてたかと思うと「そんなことない」って言い出したんだ。しかも、つーんと顔を背けてまで。え、今の今まで僕に髪を撫でられて、ちょっとうとうとしてたくせに?
僕も僕でカチンときて、意地張らなくてもいいのにって言い返した。そこからはもう、普通のケンカ。つい数分前までいちゃいちゃしてたはずなのに、どうしてこうなったんだろうってくらい、険悪ムード。どうしてもなにも、楓ちゃん的には僕が失言したからだろうけど、僕としては、楓ちゃんが意地を張ったからだと思ってる。
ケンカしたまま帰路につくのもよくないよねってことで、お互いに「ごめん」とは言ったけど、ちゃんとした仲直りとはいいきれず、ふたりして、もやもやしたものを拭いきれなかった。その証拠に、その日のデートの帰りは手を繋げなかった。
それ以来、恋人モードになれないまま、二週間。といっても、二週間もずっと険悪なわけじゃなくて、お互いの研修旅行や出張、僕の個人的な取引相手との用事が変わりばんこに入ってて、恋人モードどころじゃなくなってる。
通常業務も忙しくて、仕事で顔を合わせても用件のみを話してすぐに終了。仕事帰りに誘うにも、終業後に楓ちゃんを誘えそうな日に限って、投資家界隈のパーティーやら取引先との会食やらの予定が飛び石状態で入ってた。せめてあと一日ずれてくれたら、楓ちゃんとの時間を確保できるのにと、何度、歯噛みしたことか。
そんなわけで、ここ最近、HAMAハウスに帰る頃には時計の針がてっぺんを指したあとだ。次の日も忙しいし、僕の帰りが遅いのを練牙も心配してくれてるから、ささっと入浴を済ませて静かに就寝する日々。楓ちゃんとのPeChatも、業務連絡ばかりが続いてて、プライベートな話なんてできてない。
この時間ならあの子はまだ起きてるかもしれない。眠ってたとしても、明日の朝、すぐに読んでくれる。でも、ちゃんと話せてないからってPeChatでなんて……と、チャット画面を開いたまま、今夜も、眠る前に親指を彷徨わせる。
今夜ダメかな、明日ならどうかな。ぐるぐる考えてたら、僕の悩みを押しのけるかのように、画面の下から『もう寝てる?』と書かれた吹き出しがにゅっと飛び出してきた。
「……あ」
秒で既読にしちゃったいたたまれなさすら押し上げるみたいに、次から次へと吹き出しが飛び出す。
『起きてるんだ』
『早く寝なきゃダメだよ』
自分も起きてるくせに? って、ちょっと、笑いそうになった。
すやすや眠ってる練牙——と、ベッドカーテンの向こうで気配を消してるだけでたぶんまだ起きてる添——を起こさないように、足音を忍ばせて部屋を出る。部屋から一番近い階段の踊り場に腰を下ろして、改めて、画面に視線を落とした。
そのあいだにも増えてた吹き出しの一番下、最新のメッセージに、思わず息を呑む。
「っ、バカ……!」
PeChatの画面にたたたっと文字を打ち込む。すぐに既読がついた。次いで表示された吹き出しには『すぐに行くね』ってある。
そんな〝すぐ〟すら待てなくて腰を上げ、楓ちゃんの部屋へ向かおうと多く一歩を踏み出した、その瞬間。
「可不可っ」
あやうく、曲がり角で出会い頭にぶつかるかと思った。でも、ぶつかる前に、楓ちゃんが抱き着いてきた。
「ごめん、俺、こんな時間に……」
気にしないでと首を振る。くっついてくれるのは嬉しいけど、顔を見せてほしい。
「楓ちゃん」
「……俺、つまんない意地張って、あのときお互いにごめんって言ったのに、なんかちゃんとできなくて、それで」
「それは僕もだよ。本当にごめん」
「ううん、……可不可が言ったこと間違ってないのに、恥ずかしくて、意地張って……あとから認めるのももっと恥ずかしくて……」
抱き締める腕の力が強くなる。……そっか、恥ずかしかったんだ。この強さは、それを僕に打ち明けるために恥ずかしさを抑えてるからなんだ。
「僕こそ、嬉しいって、素直に言うべきだった。意外となんて言い方で傷つけた」
おそろいの気持ちになれたことに甘えちゃいけない。おそろいは同じと似て非なるものなんだから、昔と変わらず言葉を尽くさなきゃ。
腕の力がゆるんだのに気付いて、そっと、体を離す。泣いてはなかったけど、楓ちゃんの瞳は潤んでた。
「さっき、さみしくない? なんて訊いたけど……たぶん、俺のほうがさみしかったよ」
なにげなく親指でまなじりをなぞると、流れるに至らないほどの雫で、指先が濡れた。
「返したでしょ、僕もさみしかったよって。昔と違ってほとんど毎日顔を合わせてるのに、……もしかしたら、子どもの頃以上、だったかも」
「っ、ごめん!」
「謝らないで。おそろいの気持ちだってわかってるから。もう同じ過ちは繰り返さないよ」
頬へと手を滑らせる。キスされるとでも思ったのか、楓ちゃんの頬がふわっと染まって、手のひらがじわじわとあたたかくなってきた。あっという間におそろいの温度だ。でも、残念、こんなところじゃしないよ。
「……可不可、俺たちのこと、みんなに言おう」
「いいの? 」
「あったけど……いつかは言う日がくるからね。それなら、いっそのこと堂々としようかなって」
その〝いつか〟について訊きたい気持ちが胸をそわそわさせるけど、一気にいろいろ詰めるとこの子の心が大騒ぎになっちゃうだろうから、これからの楽しみにとっておこう。
「あ、堂々とっていっても、三箇条のふたつめはこれまでどおりね!」
「わかってる。僕だって、楓ちゃんのこういうとこはひとりじめしたいし」
お付き合いを始めたての頃はそこまで考えが至らなかったけど、恋人モードの楓ちゃんってば、すっごくきれいなんだもん。みんなに見せたくないよ。
「それと……可不可のことちゃんと寝かせるから、ちょっとだけ、いい?」
楓ちゃんに手を引かれる。
「いいよ。……やっぱり、甘えんぼうなところあるよね」
嬉しくて、言うのを我慢できなかった。楓ちゃんは一瞬だけ足を止めたものの「可不可だからだよ」なんて、とんでもない返事をしたものだから、ますます浮かれちゃった。
ちゃんと仲直りできた記念に、今夜ひと晩くらい夜更かししてもいいよ。……なんてね。