イミテーション・ベータ

概要

2019.10.13発行 成人向 頒布終了

文庫サイズ 168ページ(約80,000文字)
頒布価格 800円 通販価格は異なります

カバー:マシュマロ110kg(ホワイト)
表紙:色上質最厚口(コスモス)
本文:書籍用紙57kg(ロゼ)
  ※再版分は書籍用紙62kg(クリーム)
加工:カバーにエンボスPP(クロスライン)

「おまえはアルファの人間として、この薬を飲みなさい」――家の言いつけで第二性を擬態させる薬を服用し、ベータとして生きる壮五。
 アルファの環と出会い、徐々に惹かれ合うようになってしまう。自分はベータだから恋人にはなれないと環の好意を拒絶しながらも、触れ合うことをやめられない。
 自分がオメガだったら、彼とつがいになれるのに。思い悩む壮五に、悪魔が囁いた。

発行にあたって

 ゲーム内カードSSR[君の素顔に花束を]逢坂壮五をひと目見た時に「オメガバースで言うならアルファだけど受け」と感じたのがそもそもの発端です。
「オメガバースの世界でオメガオメガしていない受け:逢坂壮五」について考えた結果、当初浮かんだのはふた通りのパターンでした。実際に本として発行したこの話と、もうひとつは〝アルファ同士なせいでつがいになれない、相手の前にいつ運命のつがいとなるオメガが現れてもおかしくないと怯える環壮〟というものだったのですが、わたし自身が最後まで書ききることができるものをと思い、今回の話を選び取りました。
 浮かんだ時点で最初から最後まで話の筋道がすんなりと定まったのだから、書く時間がないからとフリー素材にしてしまうのは違うなと思ったんです。ここまで強い気持ちで〝思い浮かんだものは自分一人で書くのが一番だ〟と思ったのは、もしかしたら初めてかもしれません。実際に書こうと重い腰を上げる前から話の筋道が最後まで見えていたことがなかったので。
 本編中に登場するオリジナルキャラクター:加茂茂樹医師ですが、これは過去の環壮原稿中にわたしの誤変換「(~~する)かも→加茂」「~~への刺激→茂樹」が頻発したことで誕生したものです。原稿の文字はもちろん入稿前に修正しました。いつか、環壮で名前のあるオリジナルキャラクターが出る時は加茂茂樹の名前を使おうと思っており、ここで使うのが最適だということから、晴れて(?)登場することとなりました。
 ちなみに、原稿をひと足早く読んでくれた友人に「そーちゃんかなりやばい」と言われたのですが、公式でヤンデレ設定のある壮五くんなので、不安定さは全力で出していこうと決めて書きました。
 書きながら悩んだのは擬態薬の取り扱いです。十七歳の環くんと性的なことをする壮五くんを何度も何度も書いておいてどの口が言うかって感じなんですが、アイドルの彼に法を犯させるような話は書きたくない。だから、擬態薬は非合法であってはならない。一般に流通していないという書き方では、恐らく、非合法だと受け取ってしまう人のほうが多いでしょう。非合法ではないことをどうしても作中に盛り込んでおきたかったため、医師による国内未承認薬の輸入・投与について触れました。書いた本人の素人知識ですし、そもそもオメガバース自体がフィクションなので、あまり厳密にし過ぎてもおもしろみがなくなるのかなと、匙加減に悩みました。同時に「安全日」発言についても言及しておこうと判断し、本には下記の注釈を記載しました。

 国内未承認薬における「医療従事者個人用の輸入(一類型)」には、代替の治療方法がないことや、輸入した医師等が自己の責任のもとで自己の患者の診断または治療に供することを目的とすることの他、治療上の緊急性があることが条件として掲げられています。
 オメガバース自体がフィクションなため、作中で投与されていた薬品が要件を満たしているかどうかは敢えて描写しませんでした。
 また、作中で「安全日」という表現を用いましたが、現実世界で言われる「安全日」について、作者は「安全日はなく、絶対に妊娠しない日はない」と認識しております。あくまでも作品の世界観に合わせた表現であること、当作品がフィクションであることをご理解ください。

タイトル

 当初、この本のタイトルはタイトルセンスのある方から『fake』という案をいただいていました。必ずしもこれにする必要はないという言葉つきで。
 途中まではそのタイトルをそのまま使わせていただくつもりで原稿を進めていたのですが、オメガバースという、ある種特殊設定といえる本なので、ひと目見てオメガバース本だとわかるようにしようと思い至りました。
 父に言われた通りにベータとして擬態する壮五くん。環くんと結ばれたいがあまり、オメガの真似ごとをする壮五くん。模倣、偽物、なりすまし、擬態……copy,imitate,impersonate,mimicといった単語がありますが〝アルファではない他の第二性になりすまし、周囲に偽りの第二性を真実と思わせている〟ことから、impersonateがもっとも適切ですが、なにぶん、語呂がいまひとつだなと感じました。背表紙の都合上、カタカナ表記があることは決まっていたので、カタカナで見た時に、なんとなくでも意味がわかるタイトルにしたかったので、イミテーションにしました。
 イミテーション・オメガではなくイミテーション・ベータにしたのは〝ベータに擬態している〟というのがこの話の基盤で、〝オメガへの擬態〟では話の結末と合わなくなるからです。

解説

 音楽で成功するなんてほんのひと握りだ。それくらい、壮五はわかっている。ただ、成功するためならなんだってやってやると決めた。あの社長となら、時間はかかるかもしれないが、必ず夢に辿り着けると思っている。それだけ、壮五にとって小鳥遊音晴との出会いは衝撃的だったのだ。

【序章】-イミテーション・ベータ

 壮五くんがスカウトされた時のこと(ゲーム内カードSSR[屋内フェス]逢坂壮五ラビチャ・ノベライズ[紫青の霹靂])を参考に、けれど二次創作らしく少しわたし好みの〝気の強さがある逢坂壮五〟を想像して書きました。家を出てきた壮五くんですが、スカウトされたことを報告するだけではなく、家を出てやりますくらいのことは宣言しただろうなというのがわたしの理想です。

 メンバーの中で環とナギがアルファ、その他はベータ。陸は元々オメガだったが、喘息治療のために投与された薬によって、偶然、第二性が変異したらしい。滅多に類を見ないケースだからと、陸は今も喘息治療だけでなく、第二性の検査を定期的に受診している。もしもオメガに戻ったら、アイドルとして活動する陸が危険に晒されることのないよう、抑制剤の服用が必要になるからだ。

【渇望】-イミテーション・ベータ

 陸くんが元々オメガだったことがこのあと重要になるため、ここで触れておきました。
 ご存知の方もおられることと思いますが、このジャンル内において、わたしは環壮以外の(環壮の二人には関わらない)カップリングも好きです。ですが、環壮本である以上〝複数のカップリングがテーマとなる話を書く目的でない限りは、におわせレベルでも他カップリングは絶対に出さない〟ということを、本にする作品・しない作品にかかわらず気を付けていることなので、自分のカップリング思考抜きで彼らの第二性を設定しました。

 どんなに思考がオメガのようになっても、身体はアルファのままで、明日からはまたベータのふりをしなければならない。その事実が、壮五はおかしくて仕方がなかった。
(中略)
 環に甲斐甲斐しく身体を清められた壮五は、すやすやと眠る環の腕の中、両手で顔を覆った。泣いているのではなく、喜びのあまり笑いそうな自分を堪えるために。

【偽物】-イミテーション・ベータ

 オメガのふりをして環くんとつがいの真似ごとをし、目的を達成した壮五くんですが、目的を達成するということは必ずしも心まで満たされるものとは限りません。
 このあたりからどんどん思考がおかしくなっていくというのが書きたくて、少しぞわりとする文を混ぜました。

 アルファに安全日も危険日も存在しないのに、自分はなにを言っているのだろうと、熱に浮かされた頭でぼんやりと考える。
(中略)
 環に気持ちを打ち明け、身体を繋いでからというもの、壮五は自分の倫理観がばかになっているのを感じていた。(中略)〝自分はにせもののオメガだ〟という考えが、環とのセックスの際に言動となってあらわれているのだろう。壮五が本当にオメガなら、間違っても「安全日だから中で出して」なんて言葉は使わないし、環がコンドームを使うことに異を唱えることもなかった。本当のオメガが壮五のこの発言を知ったら、オメガをばかにするなと怒り狂うに違いない。

【混乱】-イミテーション・ベータ

 書くかどうかすごく悩んだシーンです。壮五くんの心理状態が尋常であれば絶対に言わないであろう言葉に、かなり迷いがありました。
 ですが、先述の通り、環くんとつがいになることに焦がれるあまり思考が狂っていく様子を書きたい気持ちがあるのは確かなので、自分の中のどこか冷静な部分が発言のおかしさを自覚しているという描写にしました。

 環が大人になったと感じるならば、それは、壮五のためだ。自分は大人だからと肩肘を張っている壮五だが、二十歳という年齢は、世の大人たちの中ではひよっこ同然で、人生経験だって浅い。そんな壮五はいつもどこか危なっかしくて、目が離せない。逆境の中でも背筋を伸ばして立つ壮五のことを、環は尊敬したし、疲れた時は休ませてやりたいと思った。自分が窮地に立たされた時に守ってくれた、このきれいな人を、今度は環が守ってやりたい。仕事中の自分の言動が原因で、壮五が責められるなんて耐えられない。言うことを聞いておとなしくしている四葉環なんてつまらないと言われたって、壮五が傷付かないなら、なんだってよかった。それまでの十七年間で構築された自分を曲げることさえ、環は厭わなかったのだ。

【真相】-イミテーション・ベータ

 この話は壮五くんが小鳥遊事務所に入る前から3部17章2話の少しあとまでの、まだ4部を迎えていない時間軸なのですが、3部からどんどん成長した環くんの真意を4部6章3話で知った気がしたので盛り込みました。
 どちらかの心理描写としてではなく客観的な地の文にしたのは、これがまだ4部を迎えていない時間軸だからです。

 大和の言葉に、ナギも頷く。彼らの隣室に位置する彼らは、時折、それらしい物音を聞いてしまっていたらしい。一応、環も壮五もできるだけ隣室に配慮はしていたのだが、この寮は思っていたより壁が薄いらしい。

【終章】-イミテーション・ベータ

 これまでの話で拾いきれていない部分の集大成としてさらりと書きました。あと、互いの部屋で散々いちゃいちゃしていたであろう二人なので、隣室問題にも触れておきました。なにせ、あの寮の壁は〝部屋でMEZZO”が歌っていたら共有のリビングにまで聞こえる〟レベルなので。

 患者の中には、運命のつがいと思える相手と出会ったことで、それまでのつがいとの関係に亀裂が生じた者や、アルファから一方的につがいを解消されてしまい、日常生活がままならないレベルにまで心身が衰弱したオメガがいる。運命のつがいという言葉だけを見ればロマンチックな響きだが、本当に運命のつがいとやらが存在するのなら、それは自分の力ではどうにもならない、呪いに限りなく近い宿命だ。英語圏で運命のつがいを題材にしたフィクション作品がつくられるたびに”destiny”ではなく”fate”という単語が使われるのも、それが理由らしい。もっとも、この国では前者の単語を英題に掲げていることが多いのだが。

【終章】-イミテーション・ベータ

 加茂医師視点で締め括ったのは、この話には彼が必要な存在だったのだと思っていただけるようにしたかったからです。
タイトルの項でも触れた通り、当初は『fake』というタイトル案をいただいていたのですが、その時に「一文字変えるとfateになる」という説明もありまして。最終的にタイトルは別のものにしてしまったものの、どこかでfakeまたはfateの文字を入れたいという思いから、fateのほうをここで使うことにしました。

おわりに

 誤字チェックという目的だけでなく、pixivにサンプルを公開するにあたってのあらすじ文に迷いがあったため、複数人に初稿を読んでもらいました。話の結末をサンプルとは別のページに書いて、サンプルを見た方が本を手に取っていただく前にわかるようにしておいたほうがいいかという悩みです。
 結果的に、結末を別ページに書くことはせず、pixivの新刊サンプルには当初から考えていた通りのあらすじ文と、本にも掲載した注釈を書きました。

 オメガバース作品において、自分の好きなカップリングが〝運命のつがい〟かどうかは気になるところだと思います。ただ、この話は〝壮五くんの第二性について、話の終盤まで真実が書けない〟という設定上、話の中盤でそのフレーズを出すわけにはいきませんでした。そして、オメガバース抜きにして〝環壮は運命は否か〟と考えた時に、運命という単語で完結させるのは違うかなとも感じました。
〝周りから見れば、たぶん、運命。でも、本人たちにとっては、運命よりももっとすごいもの〟――これがわたしの環壮における解釈です。

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